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侠客鬼瓦興業 93話「吉宗くん日本最強!」

「ぐはぁ、ぐはぁ…」
木刀を握り締めた西条竜一は、苦しそうな息づかいでこっちを見ていた。
僕はそんな西条から、必死に目をそらさず
(桃さん…桃さん…)
心の中で、桃太郎侍さんを呼び続けた。しかし桃さんはすでに僕の体から離れ、消えてしまっていたのだった。
(そっ、そうだ…、桃さんはもういなかったんだ)
「小僧~!」
西条は一言つぶやくと、一歩足を近づけてきた。   
「めぐみちゃん!こっち」
無意識に彼女を後ろに隠すと、僕は緊張で震えながらも必死に西条を睨み続けた。

ところが…
カラン!
西条は突然手にしていた木刀を後ろに放り投げると、その場で目をとじてしまった。
「えっ?」
僕達は目を丸くしながら、じっと目を閉じている西条を見ていた。
そんな時、今まで震えていた鉄が  
「おう…、こっ、こらっ!兄貴にやられたくせに、何をすかしてやがんだ。こっ、この野郎!」
「わっ、やめろバカ!鉄!!」
「いやっ、兄貴は黙って見ててください、あとは俺がきっちり落とし前つけてやりますから、おうこら~何黙ってんだよ、このやら~!」
「・・・」
「何シカトしてんだよ、こっ、こっ、こら~!」
調子に乗った鉄は西条の胸ぐらをつかんだ。その瞬間、今までじっとしていた西条がカッと目を見開き
「どけっ!!」
その大きな手で、力いっぱい鉄の顔面を張り飛ばした。
バゴッ!!
「ふんがぁ~!!」
踏み潰された蛙の鳴き声のような声とともに、鉄はその場から数メートル吹き飛ばされ、ボロボロの歯をおっぴろげて気絶てしまった。
(だからやめろって言ったのに…)
僕は情けない顔で鉄を見た後、西条に目をむけハッとした。僕の前に立っている西条竜一の目は、今までの悪鬼のようなものから澄み切った優しい目に変わっていたのだった。

「えっ?えっ?」
首をかしげている僕たちを、西条はやさしい目でじーっと見ていたが、やがて
「参ったわ、あそこであんな鋭い突きを出してくるとは・・・、ほんまに参った、完敗や」
そう言いながら、ガクッとその場に膝を落とした。
「あっ!大丈夫ですか?」
あわてて近寄ろうとする僕を西条は手で静止すると、今度は僕の後ろのめぐみちゃんに目を移した。
「姉ちゃん、あんたこの兄ちゃん以外には、指一本ふれさせん言うたな」
「はっ、はい」
「あんた、男を見る目があるわ」
「えっ!?」
「この兄ちゃん、ほんまもんや、ほんまもんの男や…、ええ男や」
今までとはまるで別人の優しい目で微笑んだ。めぐみちゃんはその言葉に、思わず頬をそめながら
「はっ、はい!吉宗君は世界一なんです」
今まで恐ろしい目にあわされたにもかかわらず素直に微笑み返していた。
「世界一か、ははは」
西条はうれしそうに笑ったあと急に真剣な顔で手をつくと、僕たちに深く頭を下げた。
「詫びてすむもんやないが、ほんまにひどいことしてすまんかった」
「はっ!?」
「ほんまにすまんかった」
「あっ、いや、あの…ちょっと」
急に頭を下げられ、僕はあわててめぐみちゃんを見た。
「あの、手をあげてください」
めぐみちゃんは、そう言いながら西条に近寄ると 
「あなたは最後は私に何もしなかったじゃないですか、だから手をあげて下さい」
「すまんかった、ほんまにすまんかった・・・」
西条はじっと腕をついて頭を下げ続けていた。

「やっぱり僕の思ったとおりでした」
「思った通り?」
「はい、貴方は悪い人じゃなかった…、貴方の目はうちの親父さんや追島さんと同じ、怖いけど奥にやさしさが隠れている気がして…、だから」
僕の言葉に西条は思わず顔を上げ
「ワイが、鬼辰の親父や追島と同じ目?」
そのまま眉間にしわを寄せた。
「ワイが同じ目…、まだ、同じ目しとったんか、ワイが・・・」
ぶつぶつと一人呟きながら、じっと遠くを見つめていた。

「あの、鬼辰の親父って・・・、御存知なんですか?鬼瓦のおじさん達のこと?」
めぐみちゃんの問いかけに、西条は静かにうなずくと
「よう知っとるよ、なんせ昔はワイも、この兄ちゃんと同じテキヤやったからな」
「テキヤだった!?」
「ああ・・・」
西条は少し寂しげにうなずくと、そのまま夜空を見上げ
「こんなワイが・・・、まだ鬼辰の親父たちと同じ目をもっとったとは、健太・・・お前のおかげかのう、おまえの」
まるで見えない誰かに話しかけるように、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
僕達はそんな西条のことを静かに見つめていたのだった。

どれくらいたったか、やがて西条は何か吹っ切れた、そんな晴れやかな表情で僕達に顔をむけると  
「やっぱりワイは間違っとった。兄ちゃんに一発もらって、ほんまにようわかったわ…、というか大事なことを教えてもろた」
「教える?」
「ああ、ほんまの愛っちゅうものに勝てるもんは無い、兄ちゃんはほんまに、その愛ちゅうやつで守り抜きおったからの」
「はっ?」
「命をかけて、ほんまに大切なものを守りおったんや、兄ちゃんは守り抜きおったんや」
「あっ!」
僕はめぐみちゃんのことを照れくさそうに見つめた。
「よっ、吉宗君…」
彼女も僕を見てポッと頬をそめてきた。
西条はうれしそうに僕たちを見ながら
「こんなにええ二人に、ワイはもう少しで取り返しのつかんことをしてしまう所やった、ゲホッ、ゲホッ」
深々と頭をさげながら、僕が突き上げた喉元をを抑えてむせかえっていた。
「だっ、大丈夫ですか?」
「だっ、だいじょうぶ、だいじょうぶや、ゲホッ」
「すっ、すいません」
「何で兄ちゃんが謝るんや、ははは…、ゲホッ、ゲホッ、しかしほんまにすごい突きやった。現役から遠ざかったとは言え長いこと棒振りやっとって、初めてやあんあに鋭い突きをくらったのは」
「あっ、あれは僕じゃなくて、僕に憑依した桃さんが」
「桃さん?」
「はい、桃太郎侍さんが僕に憑依して」
「桃太郎侍?憑依?」
西条は驚きの顔で僕を見た後
「ぐはははは、ぐはははっはははっはっは」
おなかを抱えて笑いながら、めぐみちゃんを見た。
「あんたの彼氏おもろいやっちゃな~!がははははは」
「そっ、そうなんです。さっきから彼そればっかり」 
「そしたら、ワイは桃太郎侍に負けたんか?鬼退治されてもうたんか?はははは、そらあ勝てるわけないわ、桃さんじゃ勝てん勝てん…、ははははは」
「あの、冗談じゃなくて本当に桃さんが」
「おもろいわ、ほんまに兄ちゃんおもろいわ、はははは」
「えっ、だから…、はあ、ははは」
いつの間にか、僕たちは今まで起きた事件やわだかまりなどすっかり忘れて笑い続けていたのだった。

そんな時、離れた倉庫の方から聞き覚えのある甲高い奇声が響いてきた。
「ヨッチ~ちゃーーーん!!」
「こっ、この声は!?」
僕は恐る恐る奇声の発せられて来る方角を見た。 
「いたわ~!いたわよ~お慶ちゃん、銀ちゃん、ヨッチーちゃんよ、ヨッチーちゃーん!!」
予想の通り奇声の主は女衒の栄二さんだった。
栄二さんはよほど僕を心配したのか、ぐちゃぐちゃに泣き崩れた、それはすさまじい顔で僕たちの方に向かっておネエ走りで近づいて来ていた。 
「えっ、栄二さん!!」
「あ~!、よかったわ~ヨッチーちゃん、無事だったのね、もう私心配で心配で」
大声で叫びながら僕の体に巻きつくと、得意のオロチのような舌をべろべろさせながら、大きなエラをグリグリと僕の顔面に尽きさして来た。

「ぐあっ、痛い、痛いです栄二さん」
「何を言ってるのよ、もう!一人で飛び出していって、あたしがどれだけ心配したと思ってるのよ、バカ、バカ!!ヨッチ~ちゃんのバカ~ん!!」
栄二さんは泣きながら首を横に振って、その大きなエラを僕の顔にガンガンとぶち当てて来た。

「ちょっと栄ちゃん!そんな大きなエラ振り回したら、私の吉宗君が怪我しちゃうでしょ!放れなさいよ!!」
「あらっ、誰かと思えばイケメン男にホイホイとお尻を振ってくっついて行った、バカ娘も一緒だったわけ」
「ホイホイお尻を振ってって?何変な事言ってんのよ!」
「あらっ、本当の事言って何が悪いんだわさ、ホホホホ…、イケメン保父にお尻振ってバスに乗り込んだくせに、おかげでヨッチーちゃんが危険な目にあったんじゃないの」
「あったまきた…、栄ちゃんでも絶対に許せない!」
「何よ、どう許さないって訳」
「こうよ!」
めぐみちゃんはグッと爪を立てると、栄二さんの大きなエラをかきむしり始めた。
「きゃー、痛い、痛いじゃないのさ…、このチンチクリン娘が!」
「ちょと、めぐみちゃん…、栄二さん」
僕は額から数本の青筋を垂らしながら、二人の闘いを見ていた。

「ほう、なんや兄ちゃん、かわいい彼女がおりながらオカマとも二股かけとったんかいな、両刀使いとは大したもんやな、はははは」
「えっ!あっ、違います。あの人は栄二さんって言って」
「女衒の栄二やろ」
「えっ?」
「ワイのまぶダチや、残念ながら向こうは今じゃそう思うとらんやろうがの」
西条は寂しげにそう言うと
「おいっ!女衒の栄二!!」
大声でそう叫んだ。

「えっ?私を呼ぶのはどなたかしら?」
栄ちゃんはキリンのように首をぬっと持ち上げると、声の方に目を向け今までのやさしい顔から真剣な顔になった。
「りゅっ、竜一!?」
「ひさしぶりやのう、栄二」
「竜一、あんた」
怖い顔をした栄二さんの後ろから、今度はお慶さんが近づいて来た。
「竜一さん!?やっぱり竜一さんね」
「おっ、お慶ちゃん?何だ、お慶ちゃんじゃないか」
「あぁ、やっぱり竜一さんだったのね」
「これまた久しぶりやなぁ、ここでお慶ちゃんと会えるとはのう、ははは」
「ハハハじゃないでしょ、竜一、あんた」
栄二さんは急にあたりを見渡し、黄色い保育園バスを見た。そして、はっと、めぐみちゃんに振りかえると
「めぐっぺ、そうだわ、あんた大丈夫だったの?」
「えっ?大丈夫って」
「竜一とイケメン保父に、変な目にあわされたんじゃ」
「あー、それ?」
めぐみちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべ、隣にいた僕の腕に手をまわしてきた。
「それだったら大丈夫よ、私の吉宗君が真実の愛で守ってくれたから。真実の愛でね・・・」
「真実の愛?ヨッチーちゃんが守る???」
栄ちゃんは憎らしそうにめぐみちゃんを見た後、西条に目を向けた。
「ああ、始めはこの姉ちゃんを襲ったろう思うたんやがの、この兄ちゃんに、こっぴどくぶちのめされて、哀れこのざまや」
西条は腫れ上がった喉を、栄二さんとお慶さんに向けた。

「ヨッチーちゃんに、ぶちのめされた!?」
「ああ、ワイの強烈な面をかわされ、見事な突きを食らってしもうたんや」
「面に突きって、それじゃ竜一、あんたヨッチーちゃんと剣術で闘ったの?」
「ああ、ワイの得意な棒振りで見事にぶちのめされてしもうた、はははは」
「ヨッチーちゃんが、剣術で竜一を・・・」
「吉宗君が、うっ、うそ」
栄二さんとお慶さんは驚き顔で僕の事を見た。
「えっ?どうしたんですか?お慶さん、栄二さん」
「ヨッチーちゃんが浪速の武蔵を、剣術で負かすなんて」
「浪速の武蔵?・・・???・・・あれ?どこかで聞いたような・・・浪速の?」
僕はそこで子供のころに夢中で見た剣道大会のテレビを思い出した。
(そういえば昔、全日本剣道選手権で連覇を成し遂げた伝説の剣術家が、浪速の武蔵そう呼ばれていた。名前は確か、・・・西条)
「浪速の武蔵、西条竜一!?」
僕は大きな口を広げながら栄二さんとお慶さんを見た。

「あらっ、西条竜一って、ヨッチーちゃんも知ってたの?竜一のこと」
「知ってるも何も、子供のころあこがれた伝説の剣士ですよー!」
慌てて西条を見ると 
「それじゃ僕は、日本一の剣術家と闘ってしまったのですかー!?」
「日本一か・・・、遠い昔の話やな」
「うそー!吉宗くんすごすぎるー!剣道部で万年補欠だったなんて言って、あれは嘘だったんじゃない。もう吉宗くんったら嘘ツキ」
「いや、だからめぐみちゃん、さっきのは僕じゃなくて桃さんが・・・」
「もう、吉宗くん、かっこ良すぎ~!」
めぐみちゃんは僕の言葉など聞かず、うれしそうに腕に顔をすりよせた。そんな僕に栄二さんも 
「すごいわ~!すごいじゃないのヨッチーちゃん!現役を離れてるとはいえ、日本一の剣士を打ち負かすなんて、あなたってやっぱりグレイトな子だったのね~!もう、ますます痺れちゃったわ~ん」
ギラギラ燃えるような瞳で強烈な熱視線を浴びせてきた。
僕はそんな栄ちゃんビームにじりじりと焼かれながら感動していた。
(たしかに桃さんの力は借りたけれど、勝ってしまったんだ。僕は日本一の剣士に勝ってしまったんだ)
ポーっとした顔で大きな口を広げ、僕は浪速の武蔵、西条竜一さんの事を見ていたのだった。


そのころ、倉庫街から離れたひばり保育園では・・・
「あら、研二さん、お帰りなさい」
「あっ、ただいま姉さん」
「どうなさったの顔色が優れないけれど…、あれ!それにそのお鼻!?」
「えっ!?」
お慶さんの元婚約者、沢村研二は園長である姉に言われ、玄関横にあった鏡に目をやった。
「あっ!」
そこには、栄二さんの頭突きで鼻を腫れあがらせた無様な容姿が映し出されていた。
「うぐっ!」
沢村研二は、喫茶慶での事を思い出し悔しそうに唇をかみしめた。
「ひどい腫れ方じゃないの、とにかく急いでお薬をつけないと」
園長はそういうと、あわてて部屋の中へ薬箱を取りに入っていった。
沢村はそんな園長の後ろ姿を恨めしそうに見た後、下駄箱にポツンと一つだけ残っている、小さな赤い靴に目を移した。
「あれ?この靴は」
沢村はそっとしゃがみ込むと下駄箱の上に張られた園児の名前に目をとめ、再び怒りに満ちた表情へと変わっていった。
「何をなさっているの研二さん、薬箱を用意したから早く中へお入りなさい」
「あっ、はい姉さん」
明りのついた教室に足を踏み入れながら沢村は鋭い目つきで
「姉さん、あの靴たしか」
「ああユキちゃんの靴ね、あの子のママ、そうだ貴方の婚約者ね・・・、それがまだお迎えに見えてないのよ」
「まだ、来てない?」
「ええ、もう大丈夫だけれどユキちゃんお熱を出してしまってね、奥で眠っているのよ」
園長はそう話しながら薬箱から消毒薬をとりだすと、それを綿にしたし沢村研二の鼻の周りの血をそっとふきとった。
「ひどいわね、本当にどうなさったの?こんなに腫らして」
「あっ、ちょっと木の枝にぶつけてしまって」
「本当?気をつけて下さいね」
「はい」
「これで大丈夫、明日も痛むようだったらお医者さんに行った方がいいですよ」
園長はそう言うと薬箱の中から体温計を取り出しそっとふたを閉じた。そして静かに立ち上がると
「それじゃ私、ユキちゃんのお熱計りに行ってきますね、そうそうもうじきあの子、私の姪っ子になるんですからね、うふふふ」
優しく微笑みながらユキちゃんが眠っている奥の部屋へと入っていった。
沢村研二はそんな園長の後姿をじーっと氷のような視線で見つめていたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

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