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侠客鬼瓦興業 86話「悪鬼西条竜一の真実・・・」

「なんや?おい姉ちゃん、どないしたんや?」
西条竜一はあわててめぐみちゃんの顔に耳を近付けると
「あかん、気失ってもうたわ・・・」
渋い顔でつぶやいた。
「まあ、暴れる中服脱がす手間が省けたってもんかの、悪う思うなや姉ちゃん、恨むんやったら追島の野郎を恨みい」
ふてぶてしく笑うと、めぐみちゃんのブラウスのボタンをはずし始めた。ひとつ、ふたつ、西条の太い指によってボタンが外されると同時に、中から彼女の綺麗な白い肌と白いブラが姿をあらわした。
「ほう、何や三波の奴、テキヤの三下の女言うとったが、こいつ処女かもしれんぞ、こらあほんまにとんだ拾いもんかもしれんな」
西条は悪魔のような笑みですべてのボタンを外した。

やがて、めぐみちゃんの透きとおるような肌がさらけ出したその時だった・・・。
シートの背もたれにかけられていた、さっきまで西条がかぶっていた保育園児の黄色い帽子が不自然に落ちてきたと思うと、めぐみちゃんのはだけた素肌を覆い隠したのだ。
「んっ!?」
西条はその帽子を見た瞬間、顔をゆがめた。
そしてあたりをキョロキョロと見回すと、ふたたびめぐみちゃんの肌の上の帽子に目を落とし 
「そんなアホなことあるか・・・、まさかお前が?」
突然体を震わせながら目を閉じた。そして唇をかみしめながら天を仰ぐと
「やっぱり、おまえか?ここにおるんか?・・・こんなワイでも、まだそばにおってくれたんか?おまえ」
苦しそうな顔でつぶやき無言で立ち上がると、バスのシートにもたれかかり、床で気を失っているめぐみちゃんの事をじーっと静かに見つめた。

「ふー、追島の名前聞いてかっとなってもうたが、この姉ちゃんよう見ると、まだ十七八のガキやないか」
西条はめぐみちゃんの顔をしばらく眺めたあと
「まったくアホらし」
何故か彼女を抱きかかえて後部座席にそっと寝かせた。そして自分が羽織っていた上着を脱いで気絶しているめぐみちゃんのはだけた素肌の上にかけると
「これでええんやろ、これで・・・」
不思議な一人ごとつぶやきながら落ちていた黄色い帽子を片手に、バスの出口へと歩き始めた。

「あれ?西条さん、もう終わったんっすか?」
バスの入り口で三波が首をかしげながら西条に声をかけた。
「アホ、そないに早く終わるかボケ・・・、ちっと小便ついでに涼んでくるだけや」
「小便ついでに涼むって?それじゃあの女は?」
三波はバスの中を覗き込むと、後部座席で横になっているめぐみちゃんを見てハッと驚きの顔を浮かべ
「さっ西条さん、まさか殺しちゃったんじゃ!?」
「アホー、気うしなっとるだけや」
「びっ、びっくりしたー」
「ほんまにアホやな、お前は」
「でも、それだったら、そのままやっちまえばいいじゃねえすか、なんで涼みにって?」
「気絶してる女なんぞ犯して何がおもろいんやアホたれ。それやったらダッチワイフと変わらんやろうが」
「で、でも」
「ええか三波、わいが戻るまであの女しっかり見張っとるんやで」
「は、ハア」
「よう考えるとあの姉ちゃん、追島のガキおびき寄せるための大事なネタに使えるからの」
「ネタって、それじゃ西条さん、やらねーつもりなんすか?あの女」
「アホ、誰がやらん言うた、やるやらんは目が覚めてからの事や」
西条はそう告げると、手にした黄色い帽子を見ながら倉庫街の奥の海辺に向かって歩き出し、ふいに振り返って三波を睨み据えた。

「おい、わいが戻る前にあの女に手だしおったら、我ぶち殺すからの」
「えっ!あっ、はい」
西条の言葉に三波はしぶしぶうなずくと、チッと舌うちをしながらバスの奥へ歩いて行った。そして後部座席で静に眠るめぐみちゃんの前にしゃがみこむと、そっと彼女にかけられた上着の中を覗きこんだ。
「おうおう、可愛いブラが丸出しじゃん、へへへ・・・、しっかし、ここまで脱がせといて急に涼みにいっちまうなんて、西条さん何考えてんだか」
「あの人が、さっさとすませてくれねえと、何時までもお預けじゃねえか、まったくたまんねーぜ」
三波はよだれをすすりながら、めぐみちゃんの寝顔を恨めしそうに眺めていた。


「お慶ちゃん、ヨッチーちゃん見つかったかしらー!」
「それがさっぱり」
お大師さんへ向かう大通りでは、お慶さんと栄二さん、それに銀二さんらが、自転車で消えた僕と黄色い保育園バスを探していた。
「バスはともかく、追いかけて行ったヨッチーちゃんまで消えちゃうなんて、ああどうしよう、私の大切なヨッチーちゃんの身に何かあったら」
女衒の栄二さんはふりふりのついたハンカチをかみしめながら目をうるませた。

「バスはともかくって、なんて事言うのよ栄ちゃん、中にはめぐみちゃんが乗ってるのよ」
「めぐっぺなんてどうでもいいのよ、イケメン保父に誘われてホイホイケツ振ってついて行った罰なんだから」
「なんてこと言っているのよ栄ちゃんったら」
そんな、二人の言い争いの横で、銀二さんは携帯を耳にあてていた。
「はい、はい・・・、分かりやした、どうもすんませんっす」
銀二さんは携帯を閉じると
「おかしいな、この先でテキヤ仲間連中も探してるんだけど、黄色いバスも吉宗の姿も見てねえらしいって」
渋い顔で栄ちゃんとお慶さんを見た。
そして何かを思い出したように
「お慶さん、西条って野郎知ってるでしょ?」
「西条!?銀ちゃん、それって竜一さんのこと?」
お慶さんは、さっきまで喫茶慶で話していたその男の名前を耳にして驚きの顔を浮かべた。

「はい、今聞いたんですが、熊井さんを襲ってバスに乗ってる男、その西条って野郎らしいんですよ、このあたり仕切ってるテキヤ、川龍一家の元幹部で俺がこの世界はいる前に破門になった、西条竜一って男です。たしか追島の兄いの兄弟分だった人っすよね?」 
「竜一さんが、熊井さんを!?嘘よ、どうしてあの竜一さんが」
お慶さんは、栄二さんを見た。
「さっきも話したでしょ、お慶ちゃん、今の竜一は、あんたの知ってるやつじゃないって、全く別人になったって」
「ど、どうして・・・?」
「あの事件よ、あれが竜一を別人に変えたのよ」
栄ちゃんはそう言うと同時に眉間にしわを寄せた。お慶さんは栄ちゃんの表情からハッと思い出したように目を見開くと
「健太君!健太君のこと!?」
栄ちゃんは静にうなずいた。
そんな二人の様子を見ていた銀二さんは、首をかしげながら 
「俺の聞いた西条って男は、どうにもならねえ悪で有名だったって、破門された後もふてぶてしく関西で悪どい金貸しやってる男だって…、そうじゃねえんすか?なあお慶さん、事件って何よ?」 
「そうか、銀ちゃん知らないのね、竜一さんのことも、事件のことも」
お慶さんは目を潤ませると
「追島と西条が学生時代から親友だったことは知ってるでしょ」
「あっ、はい…。実は不思議だったんっすよ、何で追島の兄いがそんなタチの悪い野郎とまぶだちだったのかって?」
「竜一さんはタチの悪い男なんかじゃないのよ、とても優しくて思いやりのある人なのよ」
「・・・?」
「私と追島が結婚した時も本当に自分の事のように喜んでくれてね、それにユキが生まれた時も・・・」
お慶さんは静に夜空を見あげた。
ユキが生まれた時、小さな産婦人科だったけど、竜一さんったら大きなリボンの付いた箱を抱えて大声で叫びながらあらわれてね・・・


(おーい、追島ー、慶ちゃん!)
あんまり大きな声だから、竜一さんったら、看護婦さんに…
(ちょっとあなた、ここは病院なんですよ、そんな風に走って危ないでしょう)
(いやあかん、えらいすんまへん看護婦さん…。何しろ、未来のうちの嫁さんが生まれたもんやから、ハハハ)
「そんなふうに頭をかきながらすごくうれしそうに竜一さん、私たちの病室に来てくれたの」

(追島ー、慶ちゃん、おめでとうー!)
(あら竜一さん来てくれたんだー、ありがとう)
(来てくれたってあたりまえやろ、慶ちゃん、何しろ未来のうちの嫁はんが生まれたんやからな、はははー)
(おい竜、未来の嫁、嫁って、勝手に何言ってやがんだ)
(勝手にって何いっとるんや?これは慶ちゃんとわいとの間に結ばれた約束なんやで、女の子が生まれたら、うちの嫁にするって)
(お前の嫁って、ふざけんな竜、おい慶、お前もなんて約束してんだこら!)
(わいの嫁?・・・追島お前何訳の分からん事ぬかしとるんや?)
(えっ?)
(やだーあなたったら、健太君よ、竜一さんの息子さんの健太君のお嫁さんにって話なの)
お慶さんは生れたばかりのユキちゃんを抱きながら、笑顔で追島さんを見た。
(健太?なんだ健太のことか)
(まったく、そそっかしいわね)
(ほんまやアホ、それやからゴリラの脳みそ言われるんや)
(ゴリラってこら!)
(竜一さん、それじゃゴリラに失礼よ)
(慶、お前まで!?) 
(そんなことより慶ちゃん、赤ちゃん見せたってやー、実はワイ楽しみで楽しみで、ここんところ眠れんかったんや)
西条はうれしそうにはしゃぎながら、お慶さんの手の中にいる小さなユキちゃんを覗き込んだ。そして幸せそうに微笑むと
(かわいいのう、慶ちゃん、あんたそっくりの美人さんやないか、なあ抱っこさせてくれんか?)
(あっ、はい)
(おーおーほんまにベッピンさんや、よかったなーお父ちゃんに似ないで、おっちゃんそれだけが心配で心配で眠れんかったんや、おい追島、名前は?名前は考えとるんか?)
(あ、ああ、今ん所ユキってつけようかって)
(ほう、ユキちゃんか・・・、ええ名前や)
(ユキちゃん、ええか、ユキちゃんは将来うちの倅の健太の嫁はんになるんやで、約束やで)
(勝手に決めるなって言ってるだろ、竜!)
(勝手やない、慶ちゃんと約束した言うとるやろうが、アホ)
(慶、お前勝手に)
(あら良いじゃない健太君だったら、この子より三歳年上でつりあいも良いし、それに可愛いし、竜一さんと君江さんに似てやさしくて思いやりもある子なんだから)
(でも、それは大人になってユキが)
(アホ、うちの健太が大人なったらどれだけええ男になるか、なあ慶ちゃん)
(そうよね、すごいモテモテになるんだろうね健太君、だからこっちからも今のうちに予約しておかないとね)
(そやろ、そやろ、慶ちゃんもそない思うやろ、ワイも実はほんまに楽しみでな、あいつの成長した姿想像すると、うれしくてうれしくて、ハハハハ)
(竜一さんの命だものね、健太君)
(ああ、あいつのためやったらワイは何でも出来る。どんなに仕事がしんどくても、親分にこずかれても耐えられるんや、ははは)


「あの時竜一さんは、うちのユキを優しく抱きながら、本当にうれしそうに笑っていた。彼本当に心から健太君の事を愛してたの」
「なのに・・・」
お慶さんは急にやりきれない表情になると、瞳にいっぱいの涙をうかべていた。
「なのに健太君・・・、健太君、あの火事で・・・」
そう言ったままうつむき、ポロポロと涙を流した。
「あの火事?」
「・・・」
お慶さんは静にうなずいたまま言葉を失っていた。そんなお慶さんの肩をそっと支えながら栄二さんが
「健太ちゃん、火事で小さな命を奪われたの、それも受験に失敗した学生がその腹いせに放った火のせいで・・・」
そうつぶやいた後、悔しそうに夜空を見上げた。


「健太……」
多摩川と東京湾をつなぐ海岸わきで、黄色い帽子を握り締めた男の影が苦しそうに震えていた。
それは西条竜一その人だった。

「何でや…、何でお前が、何の罪も無いお前が…、うぅぅ」
西条は海岸のコンクリートの壁にもたれると、帽子を胸にかかえて一人苦しそうに唸り声を上げ続けた。
「健太、父ちゃんあかんのや、お前が熱い火の中で苦しんで泣いてる姿を・・・、うぅぅぅ、父ちゃんその事考えると、もう胸がぐちゃぐちゃなんや!もうほんまにあかんのや…、うぅぅ、うぅぅぅぅぅ」
しばらくの間、壁にへばりついたまま唸り声を上げ続けていた。

どれくらいたったか、コンクリートの壁の上にぐしゃぐしゃに握りつぶされた小さな帽子が無造作に置かれ、今まで聞こえていた悲痛の唸り声は消え、あたりはシンと静まり返っていた。
そして、それまで苦しみの声をあげていた西条竜一の顔は、すべての世を呪った悪鬼の顔に戻っていたのだった。

つづく
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この物語はフィクションです。登場人物、団体はすべて架空のものです。

前のお話はこちら↓

第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓

侠客鬼瓦興業その他のお話(目次)「マガジン」

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