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大学教員になったとき

大学教員になったとき、初めての教室で、数十人の学生を前に、私の足は震えていました。

母校での教育実習のときは何ともなかったのに、むしろ自信があったのに、ここでは、知らない教室で、10歳しか違わない学生たちを目の前にして、
出産後2か月で十分な準備などできる時間もなく教壇に立って、
教員になろうとする学生に、教員になったことのない自分が授業をするということに恐れおののいていました。
それでも、平気なふりをして、何とか授業を終えました。

そして、最後に、「今日の授業について何か質問やコメントがあればどうぞ」と言ったとき、一人の学生が手を挙げて、こう言ったのです。

「こんな授業うけていられないや」

言葉は正確ではありませんが、こういう内容でした。
血の気が引いて、固まりました。

ワンオペで、2か月の赤ちゃんを初めて預けて臨んだ授業でした。
でも、プロであるならば、そんな言い訳は通じません。
学生たちは、高い学費を払ってきた大学で、授業に期待して座っていたのです。その期待を私は裏切りました。

実は、私は大学教員になりたいと思ったことがありませんでした。
学生目線で見ていて、
「大学ってたいした授業しないし(もちろん素敵な授業や教員にもたくさん出会いましたが、その割合は、全体の中の少数でした)、
教員養成って形だけだし」と思っていました。

でも、成り行きで、東大大学院教育心理学専攻博士課程修了というブランドで、教員経験もないのに教職課程の教員になれてしまいました。
教育心理学という学問をやったからといって、
それを自分の授業で体現できる方法を私は知らなかったのです。
(みんなそうだったと思います)

実は同時に学生相談室を作って運営することも期待されていて、
どちらかと言うとそちらに関心があって、就職を決めたのです。
(そもそも教職課程の担当と学生相談の運営を一人の教員が兼務できると考えるほど、両方が軽視されていた時代でした。今はどうでしょうか)

だから、自分が学生だったときに、もっとこうなったらいいのに、
と思っていた学生相談を、自分はちゃんとやっていこうと思って、
学生相談室の準備はしっかりしていて、相談室はすばらしく順調に動き出しました。

でも、授業準備に手が回っていなかったのです。
大学の授業を甘く見ていたのだと思います。

ネット検索などない時代に、納得できる大学の授業の見本を持っておらず、どうやって授業を作っていいかわかりませんでした。

ずっと批判してきた大学の授業。
自分が大学の教壇に立ったら、その矢が自分にぶすっと刺さったのです。

そこで、いや、授業を理解できない学生が悪いんだ、とか、
学生の主体性がない、いい子で大人しすぎる、とか、
大学教員の本分は研究にあって(研究の方が高尚だから?!)、
自分は教育実践の専門家ではない、とか、
大学の授業は、どんな内容であっても学生が学び取るものだとか、
一教室の学生数が150人もいたら、教育なんて成立しないんだ、とか。

そういう言い訳に逃れられたら、ストレスは少なくなったのでしょう。

(ベテランの教授たちは、授業を終えた控室で、そういうことを話題にして、いかに学生の学びの姿勢がなっていないかをぐちっていました。ストレスを減らし、身を守るためにそうせざるを得なかったのだと思います)

でも、学生たちと年齢の近い若造の私にはそう思えなかったのです。

私が悪い。

そこからが苦悩の連続でした。
(その内容や変化のプロセスは今日は省略します)

だから、言います。

大学の先生たちも、教育の方法を知らないんです。
最近の先生たちは、模擬授業などで授業の仕方を確認してから採用されるようになってきていますが、まだまだ大学内では少数派です。
教職課程の先生も例外ではありません。

(どこの大学でも、いまでも、私のような学生主体の授業は初めてだと4年生にも言われます。ただ、私自身は、大学は、教員主体の伝達型の授業が成立する場合は、それで問題ない、むしろ、そういう大学はすばらしいと思っています。ケースバイケースです。ただ、現在の日本の大学でそれが成立することは多くはありません)

ある教員養成系大学の新進気鋭?の30代の助教授に、
「教育原理を講義しながら、教育原理を体現できる先生っているでしょうか」という話をしたら、「そんなことを求めたら、先生みんな首になっちゃうじゃないですか。そんなこと考えられません(このままでいいんです)」と言われて、話が続かなくなってしまったのは、今から10年以上前のことです。

「うちの学生たちは本当に頭が悪くて、僕の話を全く聞かないんだ」とぼやいていたある私立女子大学の60代後半の教育哲学の教授。
「そういう学生たちだったら、それに合わせた授業が必要になりますよね、大変ですね」という私に「いや、無理だな、そんなことは、彼女たちには、到底、無理なんだよ、君」と続けられて、話が止まりました。 
・・・いや、無理なのは彼女たちでなくて、あなたでしょう・・・
数年前のことです。

大学の先生たちも、どうしていいかわからないのです。
わからない、ということをまず認めなくてはならないけれど、
プライドがそれを邪魔します。
「研究者だから」
でも、学生の前に立つときは「教育者」です。

自分の話を理解してくれるもっと偏差値の高い学生たちがいる大学に行きたいと先生方が言います。
・・・それはいいアイデアかもしれませんが、今、あなたはこの大学で、教育活動も大学運営も含めて、給料をもらっています。教育の力で学生を変え、大学を変えるのが、仕事ではないでしょうか。しかも教職課程だったら、そもそもそれが「教師教育」の分野ですよね。

 記事より)こんなに普通の僕が校長になれば、あいつにできるなら自分にもできると教育界の人たちが前向きになるかもしれないと思ったんです。


学生たちがスマホでゲームをやって、パンを食べて、おしゃべりして後ろ向いているのは、自分の話が学生に合っていないからだと認めるのは、辛いことです。
せっかく教えたのに、ろくな答えが書けていない期末テストの用紙を見て、こいつら何もわかっていないのか、自分の毎週の授業は何だったんだと落胆するのは、いやなことです。

でも、大学の先生たちが周到に準備した入学試験で入ってきた学生たちが、そういう学生たちなのだから、そこから4年間で学生たちを引き上げるのが、大学「教育」です。

もし、それが問題だと言うなら、やるべきことは、文句を言うことではなく、大学のシステムそのものを変える努力でしょう。誰かが変えてくれるわけではないのだから。あるいは、教員分の給料を子どもたちの脳の基礎を作る保育園の先生に回して、地頭のいい子どもたちを増やしましょう。

歳をとっていても、仕事に必要なことはいつからでも学べるでしょう。
時代が変わって新しいことが出てきているのだから、リカレントで学ぶ。
今の学生たちに合う教育方法を、どうやって学べばいいかを聞けばいいのです。でもFD(ファカルティディヴェロップメント)を本気でやろうとすると、微妙に敬遠されます。

 知らないことは恥ずかしいことではない。
 失敗してもやり直せばいい。
 仲間と学び合う。
 生涯学習。

こういう学びの基本を、教職課程では、学生たちに教えているではないですか。子ども主体の授業、と言っているではないですか。

実務家教員の授業はさすがですね、でも、研究ができないからだめです、とか、
大学教員の研究はさすがですね、でも、教育ができないからためです、とか

そもそも両方は無理なんですよ、とか、

お互いに言い合っていないで、
まず、何を変えていけば、みんなが幸せになれるのか、考えるために、

向き合いませんか? 
特に若手の先生方には期待しています。

✳︎ 写真は北海道赤平 中学生に混じって、ロケットを作って、飛ばして、そのロケットを追いかけて走っているところ。

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#教育虐待 #一般社団法人ジェイス #社会的マルトリートメント

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