見出し画像

トータルな子ども理解のために必要な学問 覚書

一人の子どもを理解するために、いろいろな視点を持ってみる。
自分の今、持っている軸とものの見方の傾向を確認する。
他の人に教わって、その軸を増やしていく。
多職種連携が必要なのは、一人ではどうしても視野が狭くなるから。


小学校の先生たちから、子ども理解のために子どもの発達を学びたいというご要望をいただきました。文献をご紹介しようと思ったのですが、どれか一冊これをという紹介が難しく、それはどうしてかと考えたところ、私は自分が子どもたちを理解する際に、いくつかの学問を援用して総合的に理解しようとしているからなのだと思い当たりました。そこで、学級にうまく適応できずにいる小学校2-3年生の生徒をイメージしながら、それぞれの学問についての簡単な説明と、その生徒への対応の考え方を列挙してみることにしました。
(それぞれの分野の専門家の方からすると、ちょっと違うというご指摘があると思います。これは私の理解です。わかりやすくまとめようとして、正確さに欠けてしまった部分があるかもしれません)

精神分析学:
 乳児期からの心の成り立ちの上に心が発達すると考える学問。特に、心の安定に困難を抱える人の理解と治療のため、主に精神医療の分野で発展し、一般的な人間の心を理解するためにも用いられてきた。小さい頃からのできごとは、自分では認識が難しいさまざまな感情を伴って心の奥底にしまわれていくが、それらの中でネガティブなものが自分で安全に受容できるようになると心が健康になると考える。精神分析理論は、人間の心の複雑な機微の理解に役立つ。

「この生徒には、乳幼児期の不安定な家庭環境から愛着の障害をはじめとした生育上の問題が生じ、それが担任やクラスメートとの関係の中で再燃して適応不全が起きている。愛着形成を促す働きかけから徐々に対人関係の形成を試みよう」

脳科学:
 感覚入力の処理、認知、記憶、学習、思考、言語、問題解決などの高次認知機能、情動、情報処理などを対象として、分子レベルから高次の脳機能をつなぐ神経回路まで、脳の生物学的な機能とその仕組みを研究する学問。薬物や外的刺激などによる脳の働きを探究し、脳の病や障害の原因を解決しようと試みてきた。人工知能の研究などもこの分野である。患者の症状からの推測の理論である精神分析理論の知見が、脳科学の研究成果とどう関連付けられていくか興味深い。

「一部の脳機能に障害があり、現実生活に十分に対応できない状態である。脳機能回復のためのICTの活用や環境改善あるいは投薬が効果を奏するだろう」 

臨床心理学:
 日本ではクライエント中心療法を中心に、心理カウンセリングを通して発展してきた。脳の重篤な機能障害というよりは、いわゆる悩みや苦しみを現実的に解決するために、神経症レベル(薬物が効かない認知のあり方のレベル)の患者の治療を軸として研究されてきた。さまざまな治療法や研究がなされているが、現在は、認知行動療法、アドラー心理学など、今、生じている現象を現実的・具体的にどう変化させるかを考えることに一般の関心が集まっている。

「学校文化と家庭文化のミスマッチが子どもの混乱を招き、それが一因となっていじめられている。プレイセラピーを通して子どもの安心感を取り戻し、課題を整理して、より適切な生活環境を用意する必要がある」

発達心理学:
 主に幼児期の子どもの観察から発展した学問。実験や観察にもとづき、子どもの発達を個人や集団(幼稚園や保育園などの集団)の中でとらえる。いわゆる正常児がどのように心を発達成長させていくかというプロセスの理論化を図っている。乳幼児心理学・児童心理学・青年心理学・高齢者の心理学、読みの発達、知能の発達、というように、年齢層や機能により研究分野が細分化されている。

「発達が遅く、他の生徒と行動の差が生じてさまざまな葛藤への対処を乗り越えることができずにいる。発達検査を行い、得意不得意を掌握して、親、担任やクラスメートが本人の特性を理解できるように情報提供し、本人に合わせた対応をしつつ成長を支えよう」

認知心理学
 様々な刺激を個人がどう受け止め、どう処理を加えるかを研究する。同じ現象があっても、人によって見え方、受け止め方は異なる。認知に他者との相違や歪みがあると、日常生活に困難を生じることもあれば、特殊な才能と認められることもある。学習心理学は認知心理学の中でも学びに焦点を当てた心理学である。

「認知発達上の問題を抱えていることが周囲に理解されず、怠惰であるとか知能が遅れているとか思われて、不利な状況で生きてきたのではないか。本人の認知パターンや学習上のつまずきを確認した上で、本人の自己理解をも発達に合わせて深めつつ、適切な学習支援を受けられる条件を整えていく必要があるだろう」

子ども家庭福祉学:
 すべての子どものウェルビーイングのために、子どもとその養育家庭を支える社会をよりよくすることを目的とする学問。子どもの発達を外界である社会環境の影響を強く受けたアウトカムとしてとらえ、社会変革によって不平等をなくしていこうとする。日本では特に養護分野が発展している。エコロジカルな(生態学的)ものの見方が特徴的である。

「シングルマザーの貧困家庭に育ち、社会的資源によるサポートが少ない。母親を支える仕組みを作り、本人にも自治体の制度を活用して特別な支援をすることで成長を支えよう」

身体運動科学
 身体運動発達を研究する学問。実験、測定など、科学的な手法を用いて、筋肉や自律神経など、身体機能の年齢による変化や、社会の変化に伴う変化、スポーツ選手の心身の状態と機能促進・回復のためのアプローチなどを調査研究している。近年は学校体育を、競技技術の習得中心から生涯の健全な身体発達に重点を置いたものにしようという動きが生じている。

「本生徒は、自分の居場所が学級内になく、代替の場としてメディアを用いており、依存が生じている。高次神経活動を調べてみると、前頭葉の発達が年齢に比して不十分(不活発そわそわ型)である。自然の中でのキャンプ体験をさせてはどうだろうか」

⇒上記に挙げたような子どもの状態に対し、広く「発達障害」と名付け、本人の生まれつきの問題として、周囲の人々を責任感から解放し「本人の状況そのものは改善困難である。現状にどう対応するか特別な支援を考えよう」とするのが最近の傾向です。これにはメリットもデメリットもあると考えられます。回復できないほどの脳機能の障害を持って生まれてくる子どもの割合が以前に比べて多くなったかどうかはわかりませんが、それを自然に回復できる機能を持った社会環境、自然環境の中での養育が困難になって、むしろ悪化させる働きかけが行われているのが、先進国、特に日本の問題ではないかと私は思います。

なお、今回、この文章では、「子ども理解」を中心としましたので、学校、学級等に特に問題があることを想定せずに書きましたが、実際には、日本の教育制度の中で、学校や学級に課題があって、子どもが問題を抱えてしまうということはごく一般的にあることです。

たとえば、

社会心理学
 社会的な現象が生じる原因となる人間の心理を考える学問で、集団心理、群集心理から、社会の中の個人の心理まで対象とする。一見、個人の問題に見えることも、学級や学校の中でのダイナミズムによって起こっているとみることができる。生態心理学的に考えれば、それらはまたより大きな社会の中で起きていることとみなされる。

「支配的な傾向の強い学級担任のふるまいが、クラス全体を委縮させ、中でもこの生徒があるきっかけからターゲットになっていて、そこから抜け出すことができなくなってしまっている。学級への介入が必要である」

というような場合です。
まだまだ多くの視点があると思いますが、とりあえず、ここまでとしておきます。

#子どもの心理 #児童心理 #子どもの発達 #発達障害 #精神分析 #脳科学 #臨床心理学 #発達心理学 #身体運動科学 #子ども家庭福祉学 #トータルな子ども理解

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?