見出し画像

【連載小説】母娘愛 (4)

👈 【連載小説】母娘愛 を 初めから読む

「今日はごちそうさまでした。素敵なプレゼントまでいただいてありがとうございました」佐伯裕子はJRの有楽町駅を背にして、別れの挨拶を始める。「では、ここで失礼・・・」福田は淋しそうな目をして、裕子の言葉を遮り、パナマ帽を被りなおした。「まだ、こんな時間じゃないですか?裕子さん!」福田は高級腕時計を裕子に見せて、ウインクする。「でも、福田さんも、今日は広島からで、お疲れでしょうし・・・」裕子の心の中で燻っている、まだ別れたくないという未練が、福田の誘いを待っていたのだろう。おいしいカクテルを、一杯だけ付き合ってほしいという福田の誘いに付き合うことになった。
 福田誠が広島から上京したときの定宿は、有楽町駅から歩いて5分。日比谷公園に面した有名な「日本ホテル東京」である。「いつもボクが泊まるホテルに、雰囲気のあるバーがあるんだ・・・」福田は先月上京した時、そのバーで来月には、ご婦人向けの創作カクテルが用意されている情報をつかんでいたらしい。


 そのバーはガス灯風のオレンジ色の柔らかい照明で、10人ほど掛けられるカウンターと、四人で囲む椅子席が二つだけで、こぢんまりとしていた。でも、福田が言うように、とても雰囲気のあるお店だった。福田は、そこのバーテンダーと顔見知りのようで、カウンターの中ほどの席に裕子を座らせ、その隣に掛けながら、バーテンダーに二本の指を立てる。空のグラスが二個用意され、福田がリザーブしているのだろう、年代物のウイスキーが注がれていくのを、裕子は少し微睡ながら眺めていた。
「今日は、愉しい時間をありがとうございました」福田は、自分の鼻先にグラスを持ち上げて乾杯の仕草を取ったので、あわてて乾杯のポーズをとる裕子。「今日はボクばかり、独りで喋っていたようだったね~」福田は謙遜しながらも、幼い頃からの自分史を裕子に話したことに満足そうだった。「いえいえ、わたしも結構、お喋りしました・・・」「ボクたちって、ウマが合いそうですよね・・・」福田はそういって一気にウイスキーをあおった。ラストオーダーだというバーテンダーに、福田は話していた、女性好みだという、季節のカクテルをオーダーした。
 そのカクテルは、お米を主原料とした国産の「季の美京都ドライジン」をベースに、国産のカシスリキュール、ダークチェリーを使い、 月明かりに照らされた美しく輝く稲をイメージしたカクテルだった。

「裕子さん!裕子さん!大丈夫ですか」

 福田の呼ぶ声で、裕子は微睡かけていたことに気づく。「ボクの部屋で、少し休んで行きますか?」そんな福田の誘いの言葉を、耳の奥でとぎれとぎれ聞く裕子であった。


【連載小説】母娘愛 (5) へ 読み進める 👉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?