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【連載小説】母娘愛 (3)

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 静かな高級レストラン・カミュで、微かに流れてくるワグナーを聴きながら、裕子は、失敗したと思った。資産家だとは聞いていたものの、どうせ!チンケな爺臭い男だろう。成金主義のキンキラキンでやって来て、スタバかファミレスぐらいだろうと、吝嗇家を予想していた。薄手の安もんTシャツに、着なれたジャケット。ヴィンテージモノで値はハルと言えども、デニムパンツに、真っ赤なベレー帽。どこか近場のスーパーへ買い物にでも出かける出で立ちで来てしまった自分を詰った。トイレにでも逃げ込みたい心境で、お尻が椅子から浮いていたのだ。
「裕子さんって、美形で、恵子にそっくりでいらっしゃるから、目印の帽子は必要なかったですね」福田はウインクしながら、黒マスクをはずした。
『恵子?って?』それが母のことだと、裕子が気付くのに戸惑っていたら、福田は表情を固くして、急いでフォローした。「恵子さん!いや!お母様と知り合ってからまだ半年ぐらいですけど・・・」
 その福田の話は、料理が運ばれて来て中断した。裕子は仕事柄、クライアントなどと共に摂る、高級レストランでの食事には慣れてはいるのだが、将来のパートナーがお相手となると、いつもと随分勝手が違う。メインデイッシュの鮭のムニエルが運ばれて来たころ、福田の話は佳境に入っていた。「お母様から、ボクのことって?どんな風に聞かれてます?」「どんな風って、・・・」裕子は、まさか資産家だと聞いたので、二つ返事で食いついた!ともいえず、ワイングラスを唇にあてがい、嗜むふりをしながら、つづきの言葉をさがしていた。

「優しそうな方だと聞いていましたが・・・」裕子はワインを一口味わってから言った。「それで・・・」福田は満足そうな微笑みで食事を進めながら、裕子の表情を伺う。裕子は、その通りだと言いたかったのだが、なんだか安っぽい女に見られそうで、軽い微笑みでそれを躱し、食事を進めることにする。

 いつしか、ワグナーがブラームスに変わっていた。

「そろそろ切り上げますか」福田はナプキンで、唇を器用に軽く拭って、夜の銀座散歩に裕子を誘った。
 銀座四丁目は、すっかり夜の帳が下りていた。そして、驚くほど静寂だった。裕子は福田に勧められるがままに、飲んだワインのセイか、足元の尋常さに少し不安を感じらながら、福田のエスコートに促されていた。
 福田は不意に裕子を、閉店間際のジュエリーショップに誘い、今日の記念にとアクセサリーをプレゼントしてくれることになる。
「コチラなんか?お似合いそうだけど?」福田は、小さなダイヤのネックレスをショーケース越しに指さして薦める。「佐伯さん!どれにします?」「・・・」裕子は、思わず安もんTシャツの襟元を押さえながら俯いてしまった。気を取り戻して顔を上げれば、応対店員の薄笑いが、容赦なく、そして激しく刺さった。
 裕子は、商品より値札の桁数に、まずメセンが行く自分の卑しさに、将来への不安が頭を掠める。福田は住む世界が、あまりにも違いすぎる。福田は、そんな裕子の動揺を見逃さなかった。


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