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【連載小説】母娘愛 (2)

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「その人って牛田に住んどる資産家なんよ・・・」母は少し控えめに言った。「あの牛田の?資産家なのかぁ~?」復唱する裕子の身体に、激しく稲妻が走る。静かで落ち着いた住宅街として、広島で断然人気のある牛田。その街並みを思い出してみる裕子。心の色は、ブルーからピンクに変わろうとしていた。
「会うだけでもいいの?」裕子は、高鳴る感情を隠すように淡々と問う。
「そうなの!会うだけでもいいのよ!」母の声は不思議と強気で、とても乗り気で、柔らかな優しさに満ち溢れていた。
 裕子はベランダへ出るガラス戸を姿見にし、見繕いしながら母の言葉を聞いている自分に気づき、自分自身に微笑み返ししていた。
 折り返しの電話で、先方さんは東京へ行く用があるので、来週の水曜日の夕刻に会いたいと言ってきた。東京駅の銀の鈴広場を指定。お互いの目印を確認し合って携帯を切った。
 一瞬、独り住まいのリビングが、花畑のようになり、裕子の右手で指パッチンが炸裂した。その余韻を聞きながら、独身貴族卒業の予感を味わう裕子であった。

 その日がとうとう来た。

 裕子は、目印にと聞いていた、黒のギンガムチェックシャツとベージュのチノパンにパナマ帽のシニア男性を探すのだが、なかなか見つからない。何か変更連絡でも入っていないかと、スマホを取り出してみるが、着信履歴には連絡はなかった。
「佐伯さんですね?」裕子の背後から、ふいに低い男声が話しかけてきた。振り向きざま、その男性は、裕子が目印にと被ってきた、真っ赤なベレー帽に、自分のパナマ帽を重ねるようにして、「福田です!」と軽く会釈した。 
 その瞬間、裕子は『まさか!』とつぶやきそうになった。黒マスク姿から窺えば、髪形もさることながら、同年配か自分より年下のような容姿。裕子は心の中で、大きなOKマークを出したのはいうまでもない。
 古めかしい言い方だが、これが一目ぼれっていうことなのだろう。裕子は浮き上がってしまいそうな気持を、抑えるのに苦労していた。歳のクセに安っぽく軽い女に見られそうで、努めて平静を装っていた。
 その男性はマスクを外しながら、改めて挨拶する。「福田誠と申します。この度はお忙しい中、時間を割いてくださいまして・・・」「いえ!こちらこそ!」裕子はタジタジしながら、そう応えるのがやっとだった。
 裕子はマスクを外した福田を見て、『マコトに福だ!さんだわッ!』と、場違いなギャグを心で思うほど、福田が自然に醸し出す品の良さに、平常心を奪われ酔いしれていた。彼が何げなく時刻確認する腕時計が、多分数十万はするだろう高級品であることに、裕子は軽い眩暈を覚えていた。
「軽くお食事でも」と、福田が誘ってくれた、銀座の高級レストランへ向かうタクシーの窓から見る八重洲界隈。裕子には、年甲斐もなく、白馬に乗った王子さまと、進む薔薇が咲き乱れる街道に見えた。


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