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【連載小説】母娘愛 (1)

 佐伯裕子は、アラフォーも峠を越えかけている、ベテラン女性の一人だ。何にベテランかと言うと、もちろん特別なスキルなどあるわけでない。筋金入りのベテラン独り者である。いわゆるひと頃、流行った「独身貴族」なのだ。東京は品川の高層分譲マンションの自宅を、勲章のひとつにしている。いわゆる「勝ち組」なのだ。
 ところが、数少ない苦手なことのひとつ。それは、広島で一人暮らしをしている母親からの「ゆうちゃん!まだ結婚せんの?」や、「ええ人おらんの?」コールを、携帯に受けること。それも、仕事が立て込んでおり、気持ちが落ち込んでいる時に受けると、より一層ブルーな気持ちになる。
 無視して出なければ、出るまでしつこく何度もかけてくる。携帯には気安く居留守が、使えない不便さがある。気軽に居留守対応ができたイエデンの時代が懐かしい。
 ところで確かに、母娘のテレパシーなるものが存在する。そろそろかかって来るころかと思うころ、どこに居たって、マナーモードの携帯がブルブル唸る。液晶画面に、母、佐伯恵子の文字が踊れば、裕子の気持ちは、パブロフのワン公状態である。条件反射で、気持ちが真っ青に染まってしまう。
「三回目済んだの?」いつもそうだ。いきなり話しかける母の無頓着さにも閉口する。ところが、ワクチンの三回目接種が済んだのか?は、あくまでも、単なる枕詞のようなものだ。
「ええ人が見つかったんじゃけど・・・」やっぱり今回も、母、恵子の話はそう続いた。うざったいばかりだ。


 裕子は自宅マンションの窓に展開する、大都会の夜景を眺めながら、黙ったまんまスマホを握りしめていた。「ゆうちゃん!聞いとるの?」「聞いとるわよ!」裕子は不機嫌に応える。「感じがええ人でね、優しい人なんよ!ゆうちゃんも、きっと気にいってくれると思うんよ・・・」恵子はいつになく、気合いが入っている。そんな母の圧力に、そろそろ年貢の納めどきかなと心が靡く。「で、幾つぐらいの人なん?」裕子の問いに、母の応えがワンテンポ遅れた。
「うん・・・五十・・・六・・・歳」「ひェ~!」裕子は、腰が折れるかと思うほど仰け反りながら、声が裏返る。「歳の差なんて関係ないじゃろ?ええ人じゃけぇ!」「だって!一回り違うジャン!」「大袈裟なッ!十歳だけじゃないの」
 裕子はこれじゃあ最初のハードルが越えられない!このオハナシは、なかったことにしようと考えていたら、母の次の言葉で、楽々とその高いハードルをクリアしてしまったのだ。


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