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組み込みシステムのユーザーインターフェースのデザインの話

こんにちは、トークアンドデザイン合同会社代表の今西(@no_imanishi)です。

組み込みシステムと呼ばれるものがあります。家電製品や産業機器などの中で、特定の機能を実現するために組み込まれるコンピュータシステムです。PCやスマホといった汎用的に利用されるものと比べて、特定の用途に特化したシステムです。

「組み込み」という言葉を使うとその世界にいる人以外には馴染みのない印象になりますが、テレビ・デジカメ・カーナビといった家電も、街中に色々あるキオスク端末も、産業用途や医療用途で使われる様々な機械も、電子楽器も、みんな組み込みシステムで制御されているものです。そして、コンピュータシステムというからには、ユーザーインターフェース(UI)があり、それをデザインする人間がいます。

ここ最近ではUIデザインといえばスマホアプリかWEBサービスかという感じですが、過去から今日まで脈々と組み込みシステムのUIデザインという仕事は存在していて、私もしばしばお仕事させていただいていますので、組み込みシステムのUIデザインという仕事の独特の部分について、私の感じているところをお話ししてみたいと思います。

組み込みシステムのUIデザインは利用状況の把握から

組み込みシステムのUIデザインが、それ以外のUIデザインと何が一番違うかと考えると、私は「利用状況がそれぞれに特徴的であること」かなと思います。利用状況は、利用文脈とか利用シチュエーションという表現の方が伝わりやすいかもしれません。特定の用途の為の機器というだけあって、どれをとっても、固有の利用状況を持っています。

例えばカーナビだと、6インチ〜10インチ程度の画面を目から1m弱くらいの距離で使用します(この距離は設置する車のインテリアの考え方によってかなり変わります。自動車メーカーのこだわりポイントの一つです)。この画面サイズと視距離の組み合わせは結構珍しくて、UIデザインに携わるにあたっては、そのことを頭に入れておく必要があります。他、時速100kmでの移動中に使われるというのはなかなか他にない特徴ですし、直射日光下から真っ暗な夜間まで幅広い光環境下で使用されるのも特徴的な利用状況と言えるでしょう。

インハウスのデザイナーであれば、こうした利用状況に関する知識を、明示的なガイドラインか、あるいはその開発組織の中の暗黙的な共有知として共有しています。インハウスデザイナーの強さが出る部分なので、私の様な外様が入らせていただく場合には、しっかりキャッチアップすることを心がけています。
一方で、全く新しいプロダクトで参照する過去の知見がない場合には、担当するデザイナーは利用状況を精査し、ユーザーインターフェースに求められることを整理しなければなりません。

利用状況を構成する要素は多岐にわたりますが、JIS規格のZ 8521:2020の中では、「利用状況」を

3.1.15 利用状況(context of use)
ユーザ,目標及びタスク,資源並びに環境の組合せ。
注記 利用状況の“環境”は,技術的,物理的,社会的,文化的及び組織的環境を含む。

JIS Z 8521 : 2020

という風に定義しています。特に、環境という言葉の持つ幅広さが印象的です。プラットフォームがPCかスマホかという状況だと、利用状況に思いを馳せることが減りがちですが、組み込みシステムのUIに関わるときには大事なポイントと思います。

ユーザー数の少なさと互助の難しさ

組み込みシステムの特徴として、用途が限定される分、ユーザー数も限定的で、ユーザー間の互助が期待しづらいという点も挙げられるかと思います。

ちょっと極端な例ですが、Microsoft Officeは世界中に膨大なユーザーを抱え、分からないことをユーザー自身がインターネットや書籍で調べて学ぶことができます。つまり、Microsoft以外の企業や個人が使い方を教え学ぶ互助システムができていると言えます。一方で家電や産業機器の使い方をユーザー間で教え合う機会は大変限定的です。その分、解決できない問題はユーザーサポートか、顧客満足度の低下か、いずれかの方向に行き着きます。

ですので、組み込みシステムのUIの場合、時に、学習を要するUIコンポーネントの使用はためらわれたり、保守的なデザインを選択することになる場合もあります。(逆に私から見ると、AppleもGoogleもMicrosoftも、ユーザー数の多さからくる互助をアテにして、ちょいちょい無茶なデザイン突っ込んでくるなぁという印象もあります)

誰もガイドラインを提供してはくれない

組み込みシステムはWindowsやAndoidなどPC・スマホ向けのものとは全く異なるOSで動いていることがほとんどですし、そもそもユーザーからみてOSという存在を意識する機会はありません。これをUIデザインという側面から考えると、OSベンダーが提供するUIガイドライン(Apple HIG, Material Design, Microsoft Designなど)を土台にデザインを進めることができなくなるということになります。

TabBar、Segmented Control等々といった各種のUIコンポーネントを誰かが定義してくれることもありませんし、ガイドラインに依拠しているからそれでOKという判断をすることもできなくなります。(もちろん、学び参考にすることはとても有意義ですが、しばしば飛び交う「iOS上で動くものだから、Apple HIGにあっていればOK」という判断基準は使えないですよ……という話です)

あらゆる領域のデザインで実サイズ・実環境での確認はとても大事ですが、組み込みシステムのUIのデザインの際は、本当に強くこれを感じます。こうしたガイドラインが無いところから作っているので、頭のなかではうまくいくはずでも、デザイン作業をしているPC上ではいい感じに見えても、実機環境ではダメでした…ということはしばしば起きるからです。

文字サイズから考え始める

それゆえに、組み込みシステムにおいては、デザインの出だしの一歩となる「文字サイズ」も、利用状況を踏まえてよく考えて決めないといけない事柄になります。PCやスマホ上で動作するソフトウェアでは文字サイズもある程度相場がありますが、組み込みシステムはものによって視距離やその他利用環境が異なるからです。

ちなみに、視距離と文字サイズとの関係についてはJIS S 0032(高齢者・障害者配慮設計指針-視覚表示物-日本語文字の最小可読文字サイズ推定方法)という規格で年齢を考慮した文字サイズの指針が定められていますので、これも一つの参考にはできます。
※ただし、JIS S 0032は本来印刷物を想定したもので、ディスプレイは対象外であるという但し書きがあります。当然ながら画面解像度(画面のきめ細かさ)に依存する面もあり、あくまで参考で。

出来るだけ早い段階で、実利用環境を模した画面サイズ、解像度、視距離、光環境で、十分な視認性が得られているか、確認していく必要があります。

操作デバイスの多様性

汎用情報端末のPCやスマホでは、多くのソフトウェアのUIはタッチパネルやマウスポインターを前提として作られています。組み込みシステムの世界では、タッチパネルは勿論のこと、物理的なボタンが併用されたり、十字キーベースのリモコン操作があったりと様々な操作デバイスが使われます。そうした物理ベースの操作デバイスとGUIが一体で使われるときには、今どのボタンを押したら画面内で次に何が起こるのか…という対応付けを明確にユーザーに伝える必要があり、画面の中のどこが操作対象なのか(よくフォーカスと言ったりします)をしっかり表現する必要があります。

こちら↑の記事、とても面白いなと思ったのですが、私からみると、Fire TVのUI上のフォーカス表現の不足が悪影響を与えている様に感じられます。

動作環境は様々

他にも、PCやスマホでは当たり前でも組み込みの世界では当たり前でないことがいくつかあります。

例えば、画面に任意のテキストを表示する機能を持たないシステムもあります。その場合は、画面に表示したい文字は全て画像データとして用意し表示することになります。

液晶画面のドットピッチ(画素の間隔)が縦と横で違っているという画面もあります。この環境でデータの上で正円になっている図形を表示すると楕円になります。表示の際の変形を想定しながら表示を検討することも必要になります。

その他、色深度、解像度、表示速度、容量など、その個別の機器の制約を理解し、その中で適切な解を見出す態度が求められます。

デザインデータの受け渡し方は現場ごとに異なる

デザインしたデータをエンジニアにどう引き継ぐかというのは、どの分野のデザインでも頭の痛い問題ですが、組み込みシステムのUIデザインの現場では、企業ごと機種ごとにやり方は本当に様々だなと感じます。

自社開発した専用のGUIエディタを使う現場もあれば、組み込みシステム向けの汎用GUI構築ツールを使う現場、はたまた古典的に画像データとそれを配置する座標位置を示す資料でやり取りする現場など様々です。

アプリやウェブの開発では徐々にFigmaをベースとする現場が増えている感じがしますが(組み込みの現場でもFigmaを使うという選択肢大いにあり得ると思いますが)、組み込みシステムの量産開発においてはとにかく各現場の流儀を理解し事を進めることが大切と感じられます。

終わりに

サブスクリプションサービスで満足度を上げてチャーンレート(解約率)を下げるのに役立つ…といったビジネス上の要請から、UIデザインに強く光が当たる世の中になりました。過去には「使いやすくしたって売れない」と平気で言われて悔しい思いをした時代もありましたが、組み込みシステムの世界でも産業用機器や医療用機器といった業務機器まで含めて、顧客の満足度を高め競争力を高めるために高品質なUIを競う時代になった……とひしひしと感じています。

最後までお読みいただいてありがとうございました。



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