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コスモナウト 第三章 水の星

しばらく、宇宙をアンドロメダ方面へ向かうため、ワームホールを直進していた。
もともと宇宙船の中は狭く、息苦しいので、その気を紛らわすために渡航した星の日記を見返したり、次の予定を立てるのだが、どうもそれだけでは味気がないので書物でも買おうと考えた。
それで、途中ワームホールを抜け出し、青の世界が広がるこのポラリスという水上惑星へ降り立つ事を決めた。
ビーコンが誘導してくれることなどなく、自分でデータを検証しながら波止場へ降り立つ。
停泊場に何とか着陸すると、すぐさま波止場守が現れた。
「兄さん、船止め料を寄越しな」
その肌を黒く日焼けした小太りの中年が、降りた早々はやし立てるように言った。
「いくら?」
「金貨三枚だ」
金貨三枚、随分と値が張る。金貨一枚で一周間の食事代なので、きついものがある。しばらく、値下げ交渉していると、そこにもう一人の男が現れた。
ひょろひょろとした背の高い男で、彼は指をこすりながら、話し合う2人の中へ入り込んできた。
「兄さん。この男、ダルボアのところはかなり値が張りますぜ、私、オーリリ波止場なら金貨1枚、銀貨5枚で一周間止めることが出来ます」
彼はおどけるように言う。
すると小太りの中年は、舌打ちをすると「なら金貨一枚でいい」と破格の値段を付けたのだった。
その言葉に了承しようとすると、やせぎすの男はさらに値段を下げるので、普段の船止め料とほとんど変わらぬ値段まで落ちたのだった。
結局、この小太りの男の値段が一番安かったので、彼に料金を払う。
「オーリリさえ来なけりゃな」
最後に彼はその捨て台詞を放ち、消えていった。
街へ出るためには水上船を拾わなければならない。
手持ちは潤っているとまでは言えないが、ゆとりはあった。
しばらく波止場で待っているとクジラやイルカに手綱をつける旧式のタクシーが声をかけてきた。
機械式よりも安い値段でかなり助かった。
「この星は資本主義ってやつになったらしいんだな。政府が決めたことにケチをつけるわけではないが、もともと儂はこの水上運送を独占していたのさ。けど、今じゃ船を買ってモーターをつければ誰でもこの仕事を始められる。だから、今じゃ価格競争が厳しくてねぇ」
彼の話を聞く限り、なかなか文明として発達した星であるらしい。この星の事を細かく聞くため、街に着いた時しばらく世間話でもしようとしたのだが、彼はその誘いを断った。
「すまんね、兄さん。儂はまだまだ人を乗せなきゃならんのだ。少ない価格で勝負するからには、その数を増やさなきゃ利益が出やしねえ。こいつらの餌も食わせにゃ、働かなくなるからな」
彼は口をパクパクとさせるイルカに小魚を与えながら言った。
「本当はもっと兄さんと話したいんだぜ」
そういう老人の顔は、汗にまみれだった。

街は開放的で、今まで訪れた中でもかなりの大きさであった。門の近くには、案内人が観光客や私達のような旅人、商人に対して声をかけていた。
それぞれが看板を持ち、「この街で一番安い」、「織物のことならお任せを」など様々な謳い文句で客を招いていた。
今回の渡航の理由は、書物を手に入れることだったので、それに詳しい者を探したが、それらしき人物はいなかった。
さすがに一人でこの広大で見知らぬ街を回るのは気が折れる、そう思い立ち尽くしていると少女が近寄って来た。
「みずのまちへようこそ」
そう書かれた看板を、私に対して向けている。
「いくらだい?」
「1日、銅貨3枚です。けど、チップはいりません。私はこの通り小さいのであまり難しいことは分りませんが、面白い物なら沢山知っています」
「そうか」
面白いもの、なかなかそれこそ面白そうだ。
「じゃあ、おねがいできるかな」
彼女に銅貨をじゃらりと乗せる。
「こんなにいただけません。一日三枚ですよ」
「いや、いいんだ。なにしろこの街の事は分からないし、しばらく物資も集めたいからどのくらい逗留するか分からないんだ。これは前払いさ」
そう言うと少女は、満面の笑みでそのお金を袋の中に入れた。
彼女はテロン、と言うらしい。まだ11歳であることが分かり、年齢の割に大人びていると感心した。
「私は孤児なんです」
街路を歩いている時に告げられた彼女の一言で、その感心の理由はすぐさま解消された。
しばらく、彼女に連れ回された。
大きな噴水や、聖堂などを案内されていると、あっという間に時間は過ぎ、夕闇が街を支配するようになった。その頃になって書物を買うことを思い出したのだが、店は殆どが閉まり始めていたので明日にすることにした。
「明日も私が案内しますね、今日はどこにお泊りになるんです?」
「そうだな」
いつもならば気が向いたところに泊まるのだが、この街はどうも宿が多く、決めかねていた。
「この辺は、かなり値が張りますからね。迷うのも分かります」
「テロンは今どこに住んでいるんだい?」
「私ですか?家はありませんから、いつも路肩で寝ていますが」
そういえば、この街は表こそ美しくかったが、一つ大通りを外れると、老人や子供が寝そべっているのを思い出した。
彼女もその一人であるという。だがそれもそうかもしれないな、と納得してしまう。彼女は孤児であるからだ。
「じゃあ、君の寝床に案内してくれ」
そういうと彼女は酷く驚いていた。
「本気ですか?」
「ああ。勿論。このまま宿に泊まるのは味気ないしね。それに君は寝込みに物を盗ったりはしないさ」
彼女は「はあ」と難しそうに頷くと、歩き出した。
時折、電気を通している家があるらしく煌びやかに光輝いている。水路が多く見え始めた時彼女は古ぼけた橋を指さした。
「あそこでいつも寝ています」
そこには彼女の他にもう一人の少女がガスランタンを灯し、ちんまりと座っていた。
「あの子は、私と同じ案内人のスルコと言います」
彼女に案内され、橋の下に入ると、水のせせらぎの音がゆっくりと聞こえる存外居心地の良い場所であった。
「この人を泊めるけど、物を盗っちゃ駄目だよ」
テロンはスルコという短い髪の少女に言った。
彼女はゆっくりとうなずく。そしてテロンからは橋下の真ん中で眠るよう言われた。
「お客さんは、この街に何しに来たんですか?」
テロンは尋ねて来た。ごもっともな疑問だ。こうして、案内させ、いざ寝泊まりする時に宿を取らない者など不思議で仕方がないのだろう。
「お客さんは止めてくれないか、まあ、君たちには客なのかもしれないけどね。僕はアポロンと言うんだ。そう呼んでほしい」
「そうですか。ではアポロンさんは何をしに?」
「ううんと、僕は本を買いに来たんだよ」
「本!すごいですね」
「そうかな」
彼女が何に驚いているのか分からなかった。
「字が読めるんですね!すごいです」
スルコという少女はまるで王子様を見るかのように目を輝かせる。
「いいや、そんな事はないさ。学校に昔通っていたからね。けど今じゃコスモナウトなんてやってる。あ、コスモナウトって分かるかな」
彼女達は首をよこに振る。
「コスモナウトっていうより、宇宙人って言った方が分かりやすいかな。ようは旅人だよ。宇宙船の中が退屈でね。本でも読もうかなって」
彼女は納得したのか、よくわからない反応を示した。
「けど、私達も本を買おうと今お金をためてるんです」
「へえ、偉いじゃないか」
「けど字は読めませんから、まずは字をよめるようになりたいんです。この看板だってお金を払って書いてもらいましたから」
そう彼女達は言うとボロボロになり泥まみれの本をみせて来た。
ランタンの光が弱いので、何が書いてあるかわからない。しかし、なかなか厚い本であった。
「この本はお金持ちになれると言われて、大人から買いました。少し高かったですが良い本だって言われて」
テロンは宝物のように本を抱き言った。
「本を読めるようになれば、お金が沢山手に入ると聞きます。この本も読めればきっとお金持ちです。今まではその日の食事でなくなってしまいましたが、今日アポロンさんに会って思いました。色々我慢して、字を読めるようになる本を買います」
「そうか。じゃあ明日、文字の勉強になりそうな本でも見に行こう。僕も本屋に行きたかったんだ」
2人は手を叩いて喜んだ。その日は、彼女らの将来の夢と、水の音、街の喧騒を聞きながら眠りについた。

次の日彼女らは急かすように自分を起こした。
寝ぼけ眼をこすると、お金を沢山もった袋を手
に持ち楽しそうに笑っていた。
案内人としての仕事を忘れているようであったが、それは彼女達の笑顔が見れただけよしとした。
日の光の中、街を三十分ほど歩くと書店に辿り着いた。もともと貸本屋であるらしかったが、売り出しもしているようなので、とりあえずこの店に入ることにした。
カウンターには一人の眼鏡をかけた、初老の男が忙しそうに金勘定をしていた。
「主人、簡単な小説とかはあるかな」
彼はその言葉を聞くと、たいそう驚いた。
「小説、そんなものをお求めになるんで」
「ああ。そうだが。何か問題でもあるのかい」
「小説ですか。すいません。生憎置いていないんです。最近置いてあるのは資本主義関係の本で、利益の出しかたとかそういった本しか売っていないんです」
「そんな、馬鹿な。そんな本屋があるわけないじゃないか」
「いいえ。本当なんです。こないだ、小説は新しい本を仕入れるために売ってしまいました。それに、その本も今じゃ木炭と一緒に燃料で売られているか、燃やされてしまってると思いますが」
「そう、なのか」
「そうなんです」
そういう店主の顔は寂しそうだった。
「なら、別に小説はいい。字を読めるための本。ほら、音声付きの学習本があるだろう」
「ああ」
彼は再び悲しそうに返事をする。
「この子たちが買いたいようなのだ」
2人の少女はきれいな瞳で沢山の書物を眺めている。
「すみません。それも置いてません。なにしろ売れませんから」
そんな、と思った。
「売れないから置かないのか。どうかしてるぞ。本屋っていうのは、そういうものじゃないだろうに。知を欲しがるものに与えるのが本屋の務めじゃないのか」
自分が大声あげていることに少女達も驚いていた。
「そんな事は知っていますよ。知っています」
彼は涙目になっていた。
「仕方ないじゃないですか。私だって、そう思って本屋を始めたんです。けど、それだけじゃあ食っていけないんですよ。食っていけないんです。家族も養えません。売らなきゃ飯も買えないのです」
「仕方がない、か」
そういうしかなかった。なにしろ彼もその自己葛藤に苦しんでいるのだから。
「ねえ、アポロンさん。本は買えないんですか?」
「ああ。どうやらそうらしい」
そんな、と彼女達は嘆いていた。
「すみません本当に。私は......私は」
店主は、出る時には泣いていた。
「どうしよう」
テロンは言う。
「分かった。僕が字を教えるよ。その持っている本で勉強しよう」
「そんなことはできませんよ」
「遠慮しなくていいんだ。そのお金で、僕を雇えばいい。時間はあるんだ。昼は稼ぎに出ればいい。夜に僕が教えるよ。なんなら読み聞かせてもいい」
2人はとても居心地が悪そうにした。きっと、高い料金をふんだくられると考えているのだろう。
「お金は心配しなくていいんだ。銅貨1枚でいいから」
2人はわあ、と喜んだ。
「この本が読めるようになる!」
「ああ、そうだとも。どんな本なんだ?見せてくれないか」
彼女はとてもその大きな瞳を煌めかせ、その本を差し出した。
ボロボロの本を手に取る。そのかすれた表題を見て愕然とした。
「ねえ、アポロンさん。どんな内容なの?」
2人は期待する。しかし、その内容を教えることはできなかった。
彼女達の宝物の表題は、「濡れる女」であったからだ。

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