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前坂 治臣/合同会社つむぎ果樹園

法人名/農園名:合同会社つむぎ果樹園
農園所在地:岐阜県高山市
就農年数:12年
生産品目:桃(早生から晩生まで年間30品種)、桃を使ったアイスクリーム
HP:https://tsumugiff.base.shop/

no.185

飛騨という地域の魅力を打ち出すために、桃をブランド化。2023年は飛躍の年

■プロフィール

 1960年代に始まった減反政策により、水田から転作し果樹栽培を始めた農家の3代目。初代はリンゴや梨など果樹全般を生産していたが、2代目の父の代で桃1本に絞る。

 3代目の治臣さんは、陸上競技と学業の両立を目指し、東海大学に進学するも、選手への道はケガで断念。大学では建築設計を学び、卒業後は地元の設計事務所に就職。

 社会人2年目で、建築業界の仕事の方法に不安や迷いを感じていたころ、父から桃の生産を継がないかと声をかけられて2012年4月に就農。果樹組合や農作業に追われる一方、ギネスが認めた糖度の世界記録を持つ大阪・岸和田の松本隆弘さん(マルヤファーム)の元などを訪ねるうちに、苦労して作った美味い桃をきちんと評価してもらいたいと言う気持ちが強くなる。

 就農して7年目の2019年、幼馴染の舩坂康祐氏とともに桃のリブランディングを進め、「飛騨のたからもも」をプロデュース。光センサーの糖度計で糖度12度以上を計測した桃を“たからもも”、15度以上であれば“プレミアム”として限定パッケージで販売。

 2021年には法人化して「飛騨のたからもも」がふるさと納税の返礼品となる。2022年には冬の農閑期の収入源として桃を使ったアイスの試作を開始し、2023年クラウドファンディングに挑戦。目標額の1022%超えで200万円を超える支援が集まった。

 また同年、8年がかりで開発してきた新品種「つむぎ」を出願公表。

■農業を職業にした理由

 陸上競技と学業の両立を目指して進学した大学では、建築設計を専攻し、卒業後は地元に戻って設計事務所に就職。子供の頃から大工への憧れがあり、古い自宅にコンプレックスを抱き、自分で自宅の設計したいという夢を持っていたが、次第に建物そのものより、「自分がおかれた環境を作り変える」ことに関心を向けるようになった。

 しかし、朝から未明まで働く毎日が続くなか、「自分が本当にやりたかったことはこれか?」と、先が見えない建築の仕事に不安を募らせるようになる。

 そんな時に、新たに畑を借りないかと打診を受けていた父から相談を受ける。「おまえが後を継ぐつもりがあるなら承諾するが、そのつもりがないなら事業規模は縮小する」という話を聞いて、いつかは農業を継ごうと考えていたが、そのタイミングは今ではないか、と考えるようになる。

 父の「桃をやってみたらどうや?悪くはないぞ」と言う言葉も後押しとなって、「農業には経済的な未来が開けている」と確信。「おかれた環境を作る」という意味なら、果樹生産を引き継ぐだけでなく、そのための環境をより良くしていくことも重要だとして、2012年に就農へ…。

 飛騨地域は山梨、福島、岡山などの特産地に比べると、桃の生産のイメージがなく、時間と手間暇をかけて作っても、毎年値段が変わらないことに不満を感じていた。

 「桃に足らないものはなんだろう?」「ちゃんと品質を評価して欲しい」と焦燥感を募らせるなか、ECサイトのコンサルタントである幼馴染の船坂康祐氏が地元で起業したことをきっかけに、一緒に桃のブランド化に着手し、2019年「飛騨のたからもも」を作りあげた。

 インターネット販売もスタートし、2021年には法人化、組合を抜けて独立。現在は収穫期間を長くするために、早生から晩生まで年間30品種を栽培。桃の特徴やレア度などを記載した「ピーチカード」を同梱することでファン獲得も狙う。

■農業の魅力とは

 農地が限られた日本で、広い土地を利用する米に比べたら、果樹は生産効率がよく、農機具も少なくて済みます。温暖化が進んで昔ながらの適地適作が変化していくなか、果樹には可能性を感じています。

 個人的に食べるのはそれほど好きではないのですが(笑)、農業の観点から見ると、桃は優れた作物です。腰をかがめたりする重労働も少ないし、直売しやすいので販路を開拓できる可能性に満ちています。商材としてのポテンシャルが高いと思います。

 飛騨はもともと海の底の土地が隆起してできた地方なので、土壌のミネラル分が豊かですし、寒暖差が大きいので、糖度が高い桃ができます。桃の美味しさは「品種5割、環境3割、技術2割」と考えていますが、飛騨は品種と環境で8割はクリアできるので、あとの2割は自分の腕次第。

 美味しい桃を作っているのだから、しっかり売ることで、飛騨という地域の魅力を打ち出そう、そう考えて2019年からは「飛騨のたからもも」のブランド化に力を入れています。

 昔は飛騨地域の桃農家はお中元の時期しか売れないので、2つの品種しか作っていませんでしたが、父の代からは色々な品種に挑戦。僕が事業を承継してからは、今まで出しきれていない桃の可能性をさらに広げて、もっときちんと評価してもらおうと、さまざまなことに取り組んでいます。

 法人化してからはネット販売やふるさと納税の返礼品として、注目される機会が増えました。それまでは家族経営でしたが、2023年4月には新たに3人の従業員を雇用しました。    

 今後は、若い世代を育成しながら、彼らの独立を応援して「飛騨のたからもも」を地域の特産として育てていきたいと思います。

 果樹栽培は働き方の面でもポテンシャルを持っていて、会社員と兼業しながら、出勤前に収穫したり、作業の一部を委託して生産を続けることもできると思います。働き方、生き方、ライフワークバランスをデザインできるという意味でとても魅力的です。これは、僕が考えていた環境づくりに通じる部分です。

■今後の展望

 樹木は非常に示唆に富んでいて、教わることがたくさんあります。例えば、木は大きく育ちすぎると先端まで面倒が見られないし、栄養が行き届かずに実が落ちてしまうこともあります。

 これはビジネスも同じで、一企業として農家ができる範囲は限られています。つむぎ果樹園は現在、僕を含めて社員は5人。「飛騨のたからもも」の売上は将来、企業単体で年間1億5,000万円〜2億円までは見込んでいますが、それ以上を目指すのは単独では厳しく、地域で連携する必要があります。

 今後は独立を目指す若い世代を育てて地域全体が活性化する仕組みを考えていきたいと思っています。1つの組織が突出するより、成長力のある小さな組織が集まっている地域のほうが魅力的です。

 若手の育成は栽培技術を細かく教えるのではなく、外からどう見られるのか、視座を高くして、自分が目指す目標を定めるように伝えたい。ゴールに向かう道筋は、それぞれが自分で考えればいいので、まずは僕自身が彼らのロールモデルになれたら、と思っています。

 今後は「生産」という目に見える部分だけではなく、目に見えない根っこの部分までしっかり作っていきたい。事業を通して、そのことを広く伝えたいのです。

 2023年10月には法人化して4期目に入りました。今年は桃を使ったアイスクリームを販売するためのクラウドファンディングにも挑戦しましたし、8年かけて開発した新品種「つむぎ」を登録しました。

 今後もビジネスを広げつつ、将来的にはサービス業も構想しています。これがうまく広がれば、農業の取り組みそのものが変わっていくと思います。(記:沼田実季)

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