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[ショートショート]若者のすべて

「真夏のピークが去った」
 シムラくんが隣で言ってた。

 夏真っ盛りだというのに、シムラくんはいったい何を言っているのだろう。

 空を見上げれば、水色の絵の具をそのまま塗ったような青が輝いている。
 例年よりも十日ほど早い梅雨明けだとテレビのニュースで聞いた。
 入道雲は、まいにち欠かさず僕らの様子を観察している。絵日記でも付けているのかもしれない。
 太陽は真っ黄色に染まり、その姿は日に日に派手になる。夏休み目前にして、既に夏休みデビューをしてしまったみたい。

 シムラくんはよく言っていた。
 ピークなんて来ない方がいいんだ、と。
 ピークが来たら、後は落ちるだけなんだからさ、と。
 これはどうやら僕にはちょっと難しい話のようだぞ、ということはわかったけれど、シムラくんが何を言っているのかはさっぱりわからなかった。

「ピークって何さ」
 シムラくんはちょっと悩んで、それからちょっと笑って言った。
「花火……かな」
 花火はわかる。花火はわかるけれど、それが「ピーク」だという意味は僕にはわからなかった。
「お前にも、いつかわかるよ」
「いつかっていつなのかなぁ」
 シムラくんはいつものようにフッと笑うと、「お前の呑気さが、俺にはちょうど良いよ」と言って、ランドセルを背負う。
「じゃあな」「またね」
 いつものように僕らは手を振って別れる。

 翌日、クラスの女の子が都市部の学校へ転校したことを聞いた。
「悲しくなるから、みんなには言わないでほしいと約束されていたの……ごめんなさい」と先生は言った。
 教室の温度が少しだけ下がるのを感じた。
 クラスでも人気の女の子だった。明るくてよく笑うヒマワリのような女の子。肩くらいまでの髪には、雨上がりの虹のような色のヘアピンを刺していることが多かった。席も近くはないのに、窓際の僕らの席の方に来てはシムラくんや僕にもよく声をかけてくれた。
「いつも二人一緒にいるよね。妬いちゃうなぁ」
 彼女の声がフッと耳によぎる。
 シムラくんは、それからしばらくの間、遠くを見ていた。
 それは、クラスの女の子が行った町の方な気がする。
「真夏のピーク」というのはこういうことを言うのかなと、僕はなんとなくそう思った。

 次の土曜日、毎年恒例の花火大会があった。
 河原で開催される花火大会。
 この町と河原向こうの町で合同で行うもので、打上げ花火の数も種類も大きさも、日本でも有数なんだと聞いたことがある。

 僕は今年も去年と同じくお姉ちゃんと弟と一緒に、かき氷を頬張りながら花火を見る。
 赤緑青黄色。赤緑青黄色。
 かき氷と空に映る花火の色が同じに見えて、僕はなんだか可笑しくなってケタケタと笑った。僕の弟もどうしてだかよくわからないけれど、ケラケラと一緒になって笑っている。

 笑いながらかき氷を食べていたら、突然に頭がキーンとした。
 痛みを和らげるために目を瞑った瞬間、向こう岸にシムラくんの姿を見たような気がした。けれど、目を開ければその姿は見えなくなっていた。
「こんなに暗くて、向こう岸なんて見えるはずないでしょ。バカね」
 お姉ちゃんがアハハと笑う。
「最後の花火に今年もなったな」
 シムラくんが僕の耳元でそう囁いたような気がした。

 次の日、シムラくんは学校に来なかった。
 その次の日も、シムラくんは学校に来なかった。
 その次の次の日も、シムラくんは学校に来なかった。
 その次の次の次の日も、その次の次の次の次の日も。
「シムラくんは、もう学校に来ないんだろう」となんとなく思っていた。
 でも、その次の日、シムラくんは学校にやって来た。

「旅行にでも行ってたの」と僕は聞いた。
 シムラくんは小さい声で「ピークのところさ」と言う。
 その声は少し湿っぽくてなんだか大人っぽくて、僕は妙にドキドキした。

<リスペクト>
『若者のすべて』フジファブリック

#クリエイターフェス  #ショートショート #小説 #短編小説

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