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『センス•オブ•ワンダー』感想

レイチェル•カーソンの『センス•オブ•ワンダー』(上遠恵子訳 新潮社)を読んだ。カーソンの最後の著作で、70ページほどの短いエッセイだ。カーソンの甥のロジャーとの、自然の中での素晴らしい体験が書かれている。 この本は単なるエコロジストの主張の類ではない。自然の中での体験の素晴らしさをありのままに綴っている。浜辺のカニを探し、雨の森の中の匂い、鳥が奏でる音楽など、カーソンの美しい文章に引き込まれ、まるで自分がそこにいるように感じる。 特に素晴らしいと思ったことは、子どもとの

    • 『レディ•バード』レビュー

      グレタ•ガーウィグ監督『レディ•バード』(2017)を観た。配給はA24。主に17歳の高校生と母との愛情の物語なのだが、それは誰もが経験している人生そのものだった。 特に心を惹かれたシーンはプロムに来ていくドレスを選ぶシーンで、娘が試着室の中で母に言ったのは「私のこと好き?」だった。ただ素直に褒めて欲しい娘と、娘の幸せを願うあまり娘に否定的になってしまう母の微妙な心情が、あの、何か言おうとして口をつぐむシーンに込められている。大学に行くために家を出ていくとき、本当は母は娘を抱

      • タカサカモト『東大8年生 自分の時間の歩き方』感想

         今回は本の感想。タカサカモトさんの『東大8年生』を読んだ。自分も色々な事情で今大学を休学しているのだが、時々周りの世界と自分の内的時間とのギャップに疲れを感じることがある。そのような状況でこの本と出会えたことは嬉しかった。自分の人生を前向きに考えられるようになった。  この本を読むと、最初から最後まで旅をしているような気分になれる。人生というのは計画だらけではなく、ほんの些細な偶然の(それは必然なのだが)出会いに左右される。そしてそのためにはIQなどの頭の良さではなく、嗅覚

        • 『パラサイト 半地下の家族』レビュー

           今回はポン•ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019)のレビュー。  韓国の映画を見たのは今回が初めてだった。最初から最後まで衝撃な映画で、かなり深く共感してしまった。半地下に住む貧困な家族が、とても緻密で巧みな計画を立てて、裕福な家で働き、ある意味住み着くのだが、その家の地下には自分たちと同じ境遇の家族が住んでいた。後で調べたのだが、韓国は朝鮮戦争の影響で裕福な家には一時的に避難する核シェルターが置いてあることが多い。「半地下」というのも、住居不足によりシェルター

        『センス•オブ•ワンダー』感想

          『ベルファスト』レビュー

           今回は、ケナス•ブラナー監督『ベルファスト』(2021)のレビュー。北アイルランドでのカトリックとプロテスタントとの内戦を背景にした映画だ。最初と最後以外は全てモノクロ映像であるが、とにかく描写が美しい。屋根から滴り落ちる雨や校庭のグラウンド、ストリート、バディ少年の眼差しなどが繊細に撮られている。また、この映画で特に印象的だったシーンは、おじいちゃんが病院で少年に語るシーンだ。言葉が通じないかもしれないイングランドへの移住が不安な少年に、「言葉が通じないのは相手が聞こうと

          『ベルファスト』レビュー

          『万引き家族』はじっくり見て分析する必要がある。レビューの分量だけじゃ書ききれないくらいのすごさがある。

          『万引き家族』はじっくり見て分析する必要がある。レビューの分量だけじゃ書ききれないくらいのすごさがある。

          『万引き家族』レビュー

           今回は、是枝裕和監督『万引き家族』(2018)のレビュー。これは夏が近くなると見たくなる映画で、2回目、3回目となると、あぁここでこうだったのか、と新たな発見がある。最初に見た時は、家族の繋がりが不明だったが、今回見て、はっとしたことがたくさんあった。  特に印象的だったのは、安藤サクラさん演じる信代のセリフで、事情聴取で死体遺棄について聞かれた際、「捨てたんじゃないんです、拾ったんです。捨てたのは他にいるんじゃないですか」(正確には引用していない)という言葉である。この家

          『万引き家族』レビュー

          『ドライブ•マイ•カー』レビュー

           濱口竜介監督の『ドライブ•マイ•カー』(2021)を見た。原作は村上春樹『女のいない男たち』である。  私が最近考えていた問題が、他人の心という問題である。その中には統合失調症やサイコパスも含まれる。特殊な事例を考えることで、典型的な我々の意識や心が分かってくると思うからだ。この映画に登場する、ドライバーのワタリ•ミサキの母親は多重人格な傾向が見られる。ワタリは虐待をした母親を憎んでいたが、もう一人の人格、サチを愛していた。母親の大切な部分が彼女に表れていたという。  主人

          『ドライブ•マイ•カー』レビュー

          ふと思ったこと

          5月の夕方、部屋からひとり、薄暗く青い空を見て、ふと思ったことがある。 人生は短い 家族のいるリビングで、くだらないテレビをぼーっと見ながらバカな話をして、ご飯をだらだら食べていたら気がつかなかった。 朝起きて、学校へ行くのがだるかった。長い長い1日がまた始まると思って、家でゆっくりしようと思ってしまったことがたくさんある。でも、長いと思っている1日は一瞬で、だから人生も一瞬で、人との出会いも一瞬の出来事に過ぎない。 今までの失われた時を、今度は失わないように。 青色

          ふと思ったこと

          『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』レビュー

          レジス•ロワンサル監督『9人の翻訳家 囚われたベストセラー(Les traducteurs)』 (2019)のレビュー。 この映画は、複雑で美しいミステリー映画だ。 文学を愛する者と金儲けが全ての出版社との闘い。本が燃えるシーンは心が苦しい。トリックが複雑なミステリー映画であるが、いくつかの文学作品が背景に重なり合い、この映画を成り立たせている。 単に作家と出版社の関係に留めずに翻訳家の立場を入れることで、この物語は深みを増す。各国の翻訳家たちの交流はシニカルで面白い。 あ

          『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』レビュー

          ウィトゲンシュタイン 語りえぬもの

          星川啓慈『宗教者ウィトゲンシュタイン』(法蔵館文庫 2020)を読んだ。特に印象的だったのは、ウィトゲンシュタインの語りえぬものは、神であると言っているところだ。自分が神に語ることと、他人に神について語ることを区別し、神については沈黙しなければいけないというウィトゲンシュタインの考えを草稿や日記から読み解いている。この日記は大変興味深くまた読みたいと思う。

          ウィトゲンシュタイン 語りえぬもの

          『Derry Girls 』レビュー

          90年代北アイルランドの高校生たちの青春を描くコメディドラマで、とにかく素晴らしい。題名に「デリーガールズ」とあるが、5人のメンバーのうち、イギリスの男の子が1人いる。日本のドラマではそのような部分をシリアスに描いてしまうが、そこをコメディとして表現する文化が良い。この高校生たちは毎回何かをやらかしてしまうのだが、最終的にはそのことを通して、学校の勉強だけでは得られない、人生の大切なことを見つける。一人ひとりに個性があり、高校の頃の友達を思い出した。とにかくコメディなので、見

          『Derry Girls 』レビュー

          小林秀雄『モオツァルト』

          読み始めたら止まらなくなって、最後まで一気に読んでしまった。小林秀雄の文章をしっかり読んだのは今日が初めてで、表現の鋭さに感動した。自分ではどれだけ言葉を尽くしても到底言い表せない、ただすごい。流れるような文体で、落ちていくような感覚がある。批評というのはこういうものなのかと感動した。批評というのは、堅苦しくて、まどろっこしい文章か、柔らかすぎて子供っぽい文章しか読んでこなかったので、こんなに難解でかつ流れていく文章は初めてだった。 次は『考えるヒント』を読んでいく。

          小林秀雄『モオツァルト』

          CODA あいのうた レビュー

          これは最高に素晴らしい映画だ。絶対に見た方がいい。 主人公ルビーは家族で1人耳が聞こえる。漁師の家に生まれた彼女は、歌が大好きだが、家族はそれを知らなかった。ルビーはいつも通訳係となり、漁師の経営を支えていたが、歌手としての才能を発揮したルビーは音楽大学へ行きたいと願う。しかし、漁師の経営が困難に陥り、音楽大学への進学を閉ざされるが、ルビーの歌を初めてきいた家族は、彼女を突然オーディションへ連れ出す。ラストシーンで、家を立つ時、ルビーの I love youのサインが映画の

          CODA あいのうた レビュー