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自己概念と邦ロックについてNoteで語る会

今回は「逃げる」という選択肢について語ろうと思う。

皆さんは何かから逃げたいと思ったことは無いだろうか?バイトでもいい、人間関係、課題色々あると思う。そこで実際に「逃げる」ことができた人は居ただろうか?多くの人々は耐えることでその場をやり過ごしたのではないだろうか?

そこで自分は提案したい。

「自分に不利益なら逃げることを模索する」

自分は前にも述べたが基本自己主張しない。
だからこそ他人に仕事を押し付けられたり、嫌味や文句を言われても真に受けたり耐えてきた人生であった。ある日失敗をした時に言われた一言があった。

「お前、言い訳しかしないよな」

ショックだった。確かに自分はミスした時に言い訳することが多かった。そこは否定しない。
でも言い訳する時点で落ち度は自分にあるわけであるが、そのミスのリスクファクターは他にもあったはずである。にも関わらず自分へ負のレッテル一点張りの思考にショックだった。

そこで考えた。「逃げよう」と。

楽しむことが怖いかい プライドが邪魔するんだ 生きることが辛いなら逃げることも選ぶんだ

Half time old / ミニマリスト

そう、誰しもプライドってもんがある。何かから逃げようと思ってもプライドが邪魔する。だからこそ耐えてしまう。プライド故に耐えれてしまうんだと思う。

だからこそ「逃げる」っていう選択肢を選ぶことが大切だと思うな。「逃げるは恥だが役に立つ」っていうけど恥じるべきものではない。

自分が傷ついている状態で真っ向勝負できる猛者が何処にいる?

武士ではあるまいし、逃げるっていう行為は人間に備わった立派なコマンドである。

逃げたら何が生まれるか?

心の余裕、自分を顧みれる、目標点etc...
むしろ真っ向勝負してる時より見えてくる物は多いかもしれない。

つまりは人生生きていく中で「全力前進」する必要は全くなくて、「全力逃避」であってもいいってこと。