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【書評】中東は我々に接近している│エマニュエル・トッド「グローバリズム以後」【連載2回目:2024/05/27】

著者プロフィール:

 抜こう作用:元オンラインゲーマー、人狼Jというゲームで活動。人狼ゲームの戦術論をnoteに投稿したのがきっかけで、執筆活動を始める。月15冊程度本を読む読書家。書評、コラムなどをnoteに投稿。独特の筆致、アーティスティックな記号論理、衒学趣味が持ち味。大学生。ASD。IQ117。

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 エマニュエル・トッドの「グローバリズム以後」を読んだ。本書は、トッド氏へのインタビュー記事をまとめたもの。

 今回は、中東、イスラーム圏に対するトッド氏の思想について見ていこう。まず、本書の二章において、

広がる国家解体のプロセス―――

たくさんうかがいたいことがあります。(中略)

まず中東についてです。15年前の9・1同時多発テロの後のインタビュー(本書182ペ ージ)で、あなたは、サウジアラビアやパキスタンのような国は近代への移行期間、過渡期のとば口にあるのだけれど、それに苦しんでいると話していました。アルカイダは、近代化で消えようとする社会のある部分の断末魔だと指摘されましたが、「イスラム国」(IS)もその過渡期の社会の苦悩の表れだと思いますか。

(トッド)ええ、もちろんそうです。移行の期間というのはつねに劇的です。欧州の場合、フランスだと数十年にわたって革命と戦争が続きました。ドイツでも宗教改革やナチズムがあり、ロシアでは共産主義革命がありました。その過程の長さで言うなら、中東のケースは驚くには当たりません。まだ数年です。犠牲者の数という点でも、イスラム国の支配による死者数は、欧州で発生した数よりまだずっと少ないのです。フランス革命やナ チズム、ロシアの共産主義による犠牲者を合計したら、中東で起きていることとは比較 にならない虐殺になるでしょう。

p64.65

 つまり、トッドは、イスラーム圏は近代化の過渡期におり、それが「劇的」なものであるので、ISのような国が起こっているとするのだ。彼の見方では、イスラームは新たな脅威ではない。むしろ、駆逐される獣の、最後の足掻きなのである。

 楽観的な視点かどうかは兎も角として、この観点は我々を安心に誘う。なるほど、イスラーム圏も近代化しているのか。確かに、ヒジャブはあれど、女性の地位は高く、出生率は低下している(p70)。我々がイスラーム圏に抱いていたイメージを覆してくれる。

 しかし、単なる女性の地位という観点だけで、文明が接近しているというのは正しいのか。例えば、トッドの指摘では、キリスト教圏とイスラーム教圏の対立の根源である、宗教観についてはノータッチである。

 例えば、預言者ムハンマドを受け入れないのは何故か。キリスト教徒がこう言われたら、どう返せばいいだろう。しかし、当然、反論しなければいけない。こういった、根底で分かり合えないという問題は、中東と西欧の対立の根深い根源ではないか。

 無論、これらの形而上学的な争いは直ちに無益だとして、捨て去って、宗教多元主義を採用すればいい。しかし、顕教的一神教では、そう簡単には行かないのが現実である。

 トッドは、信仰については、他の論者と同じく終焉が既に来たという認識だ。しかし、朝日新聞によれば、アメリカで来世を信じる人の割合は、1978年は約70%、2018年は約74%と、大半が信じている事も考慮しよう[1]。信仰的問題で、他者にとって自分が地獄行きというのは、意外と大きい。

 とはいえ、私はトッドの主張の大半を受け入れたい。イスラーム圏は実際、近代化に向けて進んでおり、今はその過渡期なのだろう。昨今、再び中東と西欧との対立が激化しているが、それも過渡期の事態であると捉えるのは悪くない。

 問題なのは、この過渡期によって、共産主義革命並みの事態にならない事、ではないか。という事で、今後の世界に期待大?だ。それでは。


[1]

(2024/05/27閲覧)


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