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ジョゼフィンお嬢さんのお話 ~6. 最後のとき

(1) 22時15分

ワタクシは慌てて風呂から上がり、ダーリンが叫んでいるところへ走り寄った。階段の手すりの横、ジョゼフィンお嬢さんのお気に入りのひなたぼっこスポット。お嬢さんはそこに横たわっていた。

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「急に変な声を出して、倒れたんだ」

ダーリンは、お嬢さんの身体をさすっていた。ワタクシはお嬢さんの首筋に手を当てた。微かだが、ゴロゴロの感触があった。

「助かるかも」

と、思った。思いたかった。
ワタクシはお嬢さんの心臓マッサージを始め、ダーリンに侍医殿2件に電話をするように頼んだ。

「ジョジョ、目を開けて! お願い!」

侍医殿は2件とも留守番電話だったので、ワタクシたちは夜間救急病院へ連れて行く決断をした。ワタクシが電話で状況を伝えている間、ダーリンはお嬢さんに人工呼吸をしていた。

(2) 22時25分

ワタクシは、ジョゼフィンお嬢さんをバスタオルにくるみ、抱きかかえてダーリンの車に乗った。車内でずっと心臓マッサージをしていた。声をかけながら。お嬢さんはぐったりしていたが、タオルを通してお嬢さんのぬくもりが伝わってきた。お嬢さんを抱えている腕が温かかった。ワタクシは、ジョゼフィンお嬢さんはまだ生きていると信じ込もうとしていた。

「ジョジョ、大丈夫。またいっしょにお昼寝しよう」

20分くらいで病院に着いたと思う。電話をしてあったので、急患として待たずに診察室へ入れてもらえた。お嬢さんには、すぐに心電図計が付けられた。

(3) 22時50分

何も反応はなかった。心電図モニターに、波形は現れなかった。
不思議と、ワタクシは冷静だった。ジョゼフィンお嬢さんがワタクシのもとからいなくなってしまったのに。

ジョゼフィンお嬢さんは逝ってしまった。頭ではわかっていたけれど、心の中では信じられなかった。ダーリンもワタクシも、信じたくなかったから救急病院で死亡を確認してもらうことを選んだのだと思う。

おそらく、車に乗せた時点ではもう亡くなっていたのだ。ワタクシが首筋に手を当てたときに感じた微かなゴロゴロが、お嬢さんのお別れのあいさつだったのだ。

(4) 死後検査

「具合が悪そうな様子はありませんでしたか?」

若い獣医師に尋ねられた。ダーリンとワタクシは、健康診断直後であったこと、大病の経験がないこと、一週間前に食欲が落ちて点滴したが、また食べるようになっていたことを伝えた。

「今日はごはんを食べなかったとか?」

それもなかったこと。朝ごはんは残したが、夕ごはんはほとんど完食したこと、つまり、予兆は何もわからなかったことを伝えた。

「そんなことってあるのかな…」

獣医師のつぶやきが聞こえた。そして、X線での死後検査を申し出てくださった。

「結論から言うと、異常らしきものは何も見つかりませんでした。身体の中もとてもきれいなんですよ」

お嬢さんの最後のX線写真をワタクシたちに見せながら、獣医師は説明した。

「ほんとうにごはんを食べたんですね。胃の中に残っていました。急性心不全という診断しか出せませんでした」

(5) この夜の不思議

急性心不全。急に心臓が止まった。止まった理由はわからない。
つまり、原因不明。心筋梗塞だったのだろうか。

お嬢さんが最後のごはんを食べてくれてよかった。オナカが空いたまま逝かなくてよかった。ジョゼフィンお嬢さんは食べるのが大好きだったから、空腹のままだったら悲しくて仕方がなくなる。

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子どもの頃、知り合いのおじさんが自宅の真ん前の横断歩道で車に轢かれて亡くなった。おじさんは会社を出る前に家に電話をして、夕ごはんのメニューを聞いたそうだ。おじさんの大好物だったそうだ。それを一口も食べられずに空腹のまま自宅の前で亡くなった。その話を聞いたとき、子どもながらにとてもかわいそうに感じた。

お嬢さんに、そんな思いをさせなくてよかった。最後の食事をあんなに食べたのは、ちょっと不思議で奇跡だった。おかげで、ワタクシの罪悪感が少し薄らいだ。

他にもある。
お嬢さんが倒れたとき、ワタクシたちは夕食前でアルコールも摂取前だった。いつものこの時間であれば、もう二人とも車の運転はできないのに、この夜は飲んでいなかった。

まだある。
10月半ばなのに例年より暖かく、霜の気配も雪の気配も全くなかった。寒さが早い年なら、初雪が来ていることもあるのに。

もしも二人とも飲酒していたら、もしも早めの雪が降って夏タイヤのままだったら、ワタクシたちは夜間救急へ行くのを躊躇ったかもしれない。そうしたら、いつまでも後悔していただろう。例え間に合わなかったにしても。

事実、間に合わなかった。しかし、「病院に連れて行っていれば助けられたかもしれない」という思いを抱かずに済んでいるのは、全ての不思議のおかげだろう。

不思議なことは全て、賢いジョゼフィンお嬢さんの贈りものだったのだと思っている。

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でもどうしてあの夜、ジョゼフィンお嬢さんの心臓は急に動くのを止めてしまったのだろう。それは結局わからないままだ。

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