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生きづらさ=?

みなさんこんにちは、ヨッピーテです。これから書く文章は、愚痴に近いかもしれません、ご了承を。

早速ですけど、いやぁ生きづらいですねー。なんでこんなに生きづらさを感じるんですかね?この文章を書いている今現在はものすごく生き生きしているのに。おそらく、やれって命令されていることではないからですね。僕は現在大学四年生で、卒業論文を書いている最中でございます。

「おまえ、こんな文章書いてる暇じゃねーだろ!」

全くもってその通りでございます、ザッツライト!しかしながら驚くなかれ、現在10月ですけども就活を終えてないんですねぇ。別段、院に進学するだったり、家業を継ぐというわけでもありませんから、どうするつもりなのでしょうか、CMの後驚きの展開に! という風に見出しが出た後に、宝くじでも当たっていればいいのですが、現実は甘くはありません。

まぁそんな浮かれポンチの僕ではありますが、普段から生きづらさをひしひしと感じています。どういうシチュエーションが多いのでしょうか?

生まれてこのかた23年、一番代表的なのは運動に関わることが挙げられます。自慢ではありますが(自己肯定感を保っていく)、僕は身長がそこそこ高いです、三井寿と同じくらいあります。しかしながら運動神経は皆無だったため、運動できそうなのに出来ないというガッカリ感に幼い頃から苛まれてきました。バレーで自分のサーブが入らなくてゲームセット!その後のクラスのため息聞いてごらんなさい。容易に富士山麓の樹海に赴きたくなりますからね。そういうのを気にしない人、運動ができる人、そんな人たちに憧れを持っていた時期もありました。ただ、ミスをして「俺には俺の世界があるんだぜ」みたいな顔してたら、放課後袋叩きに遭いそうではありますが。

生きづらい例は他にも、入ってみたい飲食店があるけど入れないなんてこともあります。どうして入れないのでしょうか。「さっさと入れよw」とお思いでしょう。まぁ逆を言えば、入れる店というのは、勝手知ったる実家感が多少なりともあります。いつものこの席、いつもの頼み方、を把握しているからこそ入れるのですが、知らない店にはそれがありません。知らない店に入る、それは店員や周りの視線が気になって料理どころではありません。「あいつ、一人であそこ座ったぞ」「あいつ、あれ頼んだのかよ、わかってねえなぇ」なんてことを思ってしまうのです。

簡易的な二つの例を見る限り、ヨッピーテ君は自意識過剰なんだね、というひとことで表すことができそうです。僕が高校三年生の時に言われた言葉があります。「ヨッピーテ君のことなんて誰も見てないよ」これは衝撃的な出来事でした。誰かが見ているからこそ、迷惑をかけないように心がけたり、自分のしたいことを押し殺したりしてきたわけです。しかし、この瞬間それまでの苦労はなんだったんだ、という崩壊が起きたわけです、崩壊。ソ連とゲシュタルト、それに並ぶくらいの規模はあったと思います。

崩壊はしたものの、現在でも人目を気にすることは続いています。ただ、人目を気にしない人なんていうのはいないと思います。へずまなんちゃらだったり例外はいるとは思いますが、大抵の人は気にするでしょう。異なっているのは、気にした人目の質と量をどう感じるのか、だと思います。質は長く見た人の印象に残るのではないか、量は多くの人が見ているのではないか、を表しています。

僕の場合は見ている人が多い少ないに関わらず、僕のことを悪く思う人たちのイメージを、脳内で増強させてしまうことが挙げられます。それが先に紹介した、店に入る前からいる謎の視線軍団です。「あいつ、あれ頼んだぞ、素人野郎がよ」なんて考えているやつは、まだ店にも入ってないんだからいる訳ないんです。でも頭の中ではゾロゾロいてしまう、そして自分の行動を制限する。その悪口に対して気にしないという選択肢を取れないところも、僕の弱さ的な面を表していると言えます。しかしながら言葉の強さに関わらず、存在しない僕の敵は、根強く僕を支配しているように思います。キルアの頭に埋め込まれた針みたいなもんです(伝わる人いるかな)

自分の敵は自分、という言葉はここから来ているのでしょうか。自分の敵は、自分の中の負のイメージを生み出す自分。そこまで書いてくれればいいのにと思いますが、詰まるところそんなような気がします。独り相撲を全勝すること、あるいはそもそも参加しないことが、生きづらさの解消に繋がるのかもしれません。

独り相撲なぁ、参加したくなくても参加してるんだよなぁ。言葉で生きづらさを整理してみましたが、なかなか難しいものだと改めて実感します。参加しない、不戦勝など、要領のいい人はこの選択肢を取ることに長けているんでしょう。僕はほとんどの試合引き受けてるんだろなぁ。

自分が感じている状況を書き出すというのは、甘めの裁量になるものです。人目に関しては自信をつければ、ある程度は解決できそうなものなのですから。しかしながら、こうして言い訳染みた文章を書いてしまう。さすがに「自分はダメだ、自分はクズだ」って、建設的でも健全でもないですからね。結論的な回想的な話になってきましたが、現在オチを考えてながら書いています(笑)オチがなければここまで読んで下さった方が、「素人の文章はこれだから嫌いなんだよ」と感じていたらと思うと。。。

と、最後まで人目を気にしてしまうのでした。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。



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