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で、奥さんいつもどんなふうにナニしとんねん 【3/3】

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「奥さん、尺八されまっか」

「…………」

 わたしは、うつろな目で部屋の汚れた天井を見上げていた。

「ああ、尺八って、ちょっと言葉が古すぎやったかもしれまへんなあ……おしゃぶり、ナメナメ……まあようするに、うまいこと上品に言う表現が出てきまへんけど、ようするにフェラチオのことですわ」

「……オーラル・セックス……って表現もありますよね」自分の声に、生気がない。「で、それ聞いて、何をどうしよう、と思てるんですか?」

「“オーラルセックス”かあ……」刑事が好色そうに上目使いでわたしを見る。その視線は、わたしの唇を捉えている。「……いやあ、奥さんの口からそういう言い方が出てくると……なんか変な気分になってきまんなあ……ほお……へええ……なるほどなあ……その口で………」

「あの、もういいですか?」帰れば誕生パーティーが待っているわけではないが、帰りたくて仕方がなかった。「……もう、帰らせてもらえます?」

「……いやいやいやいやいやいやいや……こんなことをお聞きするのにも理由がりましてな……」

 刑事が、噴飯ものの説明を始めた。

 曰く、かいつまんで言うと、女性が男性の性器を見ていなければ分からない事実で、性器の形状を供述すれば容疑内容を特定する上での判断材料になるそうだ。

 性器を見る、というのと、フェラチオがどう結びつくのかわからない。
 高校の物理のときに先生から説明された、ホーキング博士の宇宙論くらいわからない。

「ほんで、いつもナマでっか? ゴムありでっか? ……それともナシでっか?」

「………………………………」

 答えなった。
 それ以降、わたしはその刑事に向けて、一言も言葉を発しなかった。

 しかし、刑事はまた、その質問の理由について、途方もない説明を始める。

 曰く、コンドームをつけるか否かは、性交意欲の強さや事件当時に冷静だったか、慌てていたかを判断する材料になるそうだ。

 それは、犯罪現場のハナシやろーが。
 普段のセックスと、何のカンケーがあんねん。

 あの男(檻に入ってる男)が事件当時、冷静だったか慌てていたか、って、そんなもん、普段ゴムつけるかつけへんか、うちに聞いて何がわかる、っちゅーねん。

 ちゅーかもう、うち、あの男のことなんか、ほんまマジでどーーーーーーーでもええねんけど。

 わたしが無反応でいるのに、刑事は質問をやめない。

「で、ゴムなしでシタときは、フィニッシュはどないしまっか?……(フィニッシュ、て)……どこにかけられまんねん? ……お腹でっか? ……おっぱいでっ か? ……それとも、そのお口ででっか? ……最近、流行りまへんけど、奥さんのその綺麗なお顔にでっか? ……いやあ、そうやったらほんま、ほんま、ほんっま にけしからん話でんなあ……ああ、最近の流行りは中出しだすけど、奥さん、中出しされると、やっぱり何か感じちゃいまっか?」

 これは悪い夢だ、とわたしは思った。
 わたしは今、悪夢にうなされているんだ。

 その、いわゆる『フィニッシュ』(それにしても、フィニッシュて)に関する説明も、悪夢じみていた……というか、ほとんど狂気の世界だった。
 曰く、それを聞く理由は『性欲が満たされているかという動機の指標になる』そうだ。

 なに言うとんのかさっぱりわからんわ。
 あんたとはやっとれんわ。

 その後、刑事は延々としゃべり続けたが……わたしはもう、彼が何を言ったのかいちいち記憶していない。

「はあああ………なるほど、なるほど」ひとしきり、一人でしゃべり終えた後、刑事は大きく頷いて、腕組みをした。さも満足げな顔で。「いや奥さん、ホン マに参考になりましたでえ……いやほんま。ご協力感謝します……いや あ、スバラシイ、ほんまスバラシイ」
 
 そう言って刑事は調書のバインダーをぱたんと閉じると、前かがみでそ そくさと部屋を出て行った。
 
 わたしは、ぐったりとパイプ椅子の上に身を投げ出して、しばらく呆然としていた。
 たぶん、もう帰っていいはずだと思うが、立ち上がる気力が起きなかった。

 どれくらいそうしていたかわからない。

 やがて、ドアの向うからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
 さっきとは違う刑事が入ってくる……これもまたサスペンスドラマでは、脇役レベルの顔立ちだった……さっきの男とコンビを組まされてい る、使えない部下、という感じ。

「だ、大丈夫でしたか?」

「……はあ?」

 船酔いしたような気分だったが、なんとか答える。

「さっき、あの男がこの部屋から出て行くとこを見たんです……もう、我々が確保したから安心してください……無事ですか?」

「確保? ……無事? ……ああ、はい……いや、まあ……」
 
 無事?……どういう意味で言っているのかわからないが、メンタル的にはまったく『無事』ではない。

 それにしても……どうなっとんねん。話が読めへんやんか。

「まことに申し訳ありません……ちょっと目を離したすきに、署員の目を盗んで……そのまま署内を徘徊していたみたいで……何か、妙なことをされたり言われ たりしませんでしたか?」

「いや、めちゃくちゃ言われましたけど……あの……ちょっとワケわかんない感じなんですけど、確保、とか徘徊、とか、いったいどういう事ですか?……てか わたし、もうさっきの刑事さんとおもいっきり、お話したんで……もう、帰っていいですよね? ……もう、『参考人』の役目、果たしましたよね?」

 新しい刑事が、深々と頭を下げる。

「大変申し訳ありません……こちら側の不手際で……あの男は、警察官ではありません

「ええ?」

「今朝、この近くの女子高校の前で、ズボンを下ろして着て突っ立っていたところを、保護したとこでして……少し精神に変調をきたしてる様子で、今のとこ ろ、わけのわからないことしか言わず、身元も何もわからない状態なんです……本来なら留置所に入れておくか、聴取室で話をきいておくべきところなんです が……部屋がいっぱいでして……署内の事務所で事情を聞いていたんですが……わたくしどもがちょっと目を離した隙に姿が見えなくなって……」

「ダメじゃなですか」声に力が戻ってきた。「ダメダメじゃないですか。大問題じゃ ないですか」

「いやほんんとうに、誠に申し訳ありません……こちら側の不手際で、まったく返す言葉も……」

 その後は、いかにも役人らしい空疎な言い訳がつらつらと並べられた。
 とりあえず、わたしは耳をOFFにして、その国家公務員の口の動きが止まるのを待った。
 
 刑事が繰り言を終える。

「……じゃあ……わたし……今日はもう、帰っていいですよね? ……てか、帰らせてください」

「いや、ちょっとお待ちください」わたしが席を立とうとしたら……刑事がそそくさと真正面……さっきの男が座っていたのと、同じ位置に腰を下ろした。「ま た日を改めてお越しいただくのも、何かとご不便かと思いますので……いえいえ、お時間はそんなに取らせません。ほんの10分、いや、5分程度で終わります ので……」

「いやです。帰ります」

「では、ほんと手短に……ひとつだけ……」

 そしてその刑事は、わたしの内縁の夫の『性器の形状』に関して質問 をはじめた。

<了>

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