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で、奥さんいつもどんなふうにナニしとんねん 【1/3】

この物語は、実話に基づいています。
会話の詳細などは西田三郎の創作です。




 その日、わたしは参考人聴取で近くの警察署に呼ばれ、聴取室で待たされていた。

 ずいぶん待たされてやっと現れたのは、ハゲた小男の刑事。
 テレビのサスペンスドラマに出てくる、脇役の刑事ふうだ。
 
「よし! 犯人は●●に違いない!」

 とか言って、主人公の刑事の冷静な判断を否定して、どう考えても間違えた方向に突っ走り、最後に大恥をかくタイプ。

 なるほど、刑事とはこんな感じなのかなあ、とわたしは思った。
 そりゃあ、警察の不祥事や誤認逮捕が絶えないわけだ。

「わざわざお越しいただいてすみません……ええと……奥さん、とお呼びしてよろしいでっか?」

「はあ……」

 まあ、わたしはあの男とは正式な婚姻関係にあるわけではないけれども、一応、一緒に暮らしているわけだし、そう呼ばれても仕方ないなあ、とその時は思っ た。
 
 それにしても、いったいなぜあんな男と一緒に暮らしていたんだろう……

 あいつがやったことを思うと、その事実自体を消去してしまいたい気分だ。

「……いやあ、なんといいますか……おキレイな方で……」

「はあ?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 刑事はニヤニヤ笑っている……が、わたしと視線を合わせない。
 目をそらしているのではなく、わたしの脚を見ている。

 今日は仕事の帰りだったので、わたしはスカートを履いていた。
 しかも、少し短めの。
 
 わたしは思わず、机の下の脚を数センチ、露骨に引っ込めた。

「……いやいや、すんまへん。奥さんがあんまりおキレイなんで、ついつい余計なこと言うてまいましたわ……でも奥さん、よう言われまへんか? ……よう街で、男が 声掛けられたりしませんか? ……いやあ、最近の三十代はほんま、魔性で んなあ……」
 
 刑事は、わたしのセーターの胸を見ている。
 眼力で、おっぱいが押しつぶされそうな感じだった。

「あの……」話題を変えたくて、知りたくもないことを聞いてみる。「……で、あの人……どんな様子ですか?」

「ああ、彼ね」と刑事。さもつまらなそうに言った。「……留置所で、大人しゅうしてますよ。多分、夜は自分が服の上からモミシダイた、ホステスさんのおっ ぱいの感じでも思い浮かべて、せんずりでもコイとるんとちゃいますか………へへへ」

「………」

 なんなの。こいつ。
 下ネタのつもりだろうか。

 こんなもんで笑いが取れると思っているのだろうか。

 はやくも、わたしは胃がムカムカしてきた。
 たぶん、恐ろしい顔で刑事の顔を見ていたと思う……が、この男は、まったく我関せず、という雰囲気。

 そして、なおも言葉を続ける。

「僕やったら、ブタバコでせんずりコクんやったら……奥さんのこと思い出してコキますけどねえ……それにしてもあほな男やなあ……こんなキレイな奥さんが おって、なんであんなしょーもないことしたんやろうなあ……いやほんま、僕があいつやったら、絶対そんなあほなことはしませんわ……毎日、仕事が終わった らもう、 ソッコーで奥さんの待つ家まで帰って、一緒にフロ入って……ほん で……」

「あの」わたしはナタでも振り下ろすように刑事の言葉を遮る。「すいません、もう本題に入ってもうていいですか?……わたしも、忙しんで……ほん で、こういう事情聴取って……テレビとかでは、ふつう、女性のおまわりさんが一緒にやってくれはるもんとちゃうんですか? ……ほら、あの部屋のすみっこ で、後ろ向きに座ってノート取ったりして……」

「そら奥さん、それはテレビの中の話ですわ」と刑事。今度は、わたしの首筋を 見ている。「僕らは、テレビの警官とちゃいましてな。レインボーブリッジ封鎖し たり、断崖絶壁で追い詰めた犯人を説得したりはしまへんのんや……まあ、昨今は警察も人員不足やさかいに、合理化が図られとるわけで……奥さんのダンナさ ん、 あっちのほうの取り調べでいま、ウチの署員も大忙しですよってな。ほんで、奥さんのほうは、僕ひとりで聴取させてもらうことになりましたわけですわ……い や、 奥さん、ほんま刑事やっとって、なかなか楽しいことはおまへんけど、たまにはええこともあるもんでんなあ……」

「ええこと?」

 自分の声に、明らかな嫌悪感が表れている。

「奥さんみたいなキレイな人と、二人っきりで時間を過ごせるなんて……ほんま、役得も役得、役得の大海原、出して出してダシマクリマシテは、あなたのその 指で、わたしのこの耳で……」

「あの」わたしはぴしゃりと言った。「サッサ、と終わらせてもらいます?」

 刑事は好色そうに目を細めて、ここにきて初めて目を細めた。

「ほな、始めまっさ……」

 そして、バインダーに留められた調書?……らしいものをめくるため、わたしの目の前でべろりと親指を舐めた。




「……で、奥さん、ダンナさんとは週何回くらいナニしはりますねん」

「……ええっと」わたしは咳払いして言った。「それって、必要なんでしょうか?」

 刑事はボールペンで暗号のように汚い字……あれは、“字”なのだろうか……を調書らしいものに書き留めながら、10秒に一回は手元から顔をあげて、わたしの全身を舐めまわすように眺める。

 さっきからこの刑事が、事件に関して聞いたのは、一緒に暮らしていたあの男の生活サイクル、普段の帰宅時間、週に何回飲みに行くか……とか、ごくごく簡単なことで……それらの聞き込み自体、実におざなりな感じがした。

「必要も必要、めちゃくちゃ必要でっせ……奥さん、ご存じやと思いますけど(この、『ご存じやと思う』という言葉には、わたしがこれまでに経てきた性経験 の多さ、多様さに対する、思いこみからくる邪推が感じられた)、男っちゅうもんは……溜まったら溜まっただけ、この手の事件を起こしやすいもんでっしゃ ろ?」

「“でっしゃろ?”って言われてもわかりません。そうなんですか……?」

 明らかにわたしが怒っていることは、刑事も十分、理解しているはず。
 しかし、それをこの男は喜んでいる。

「さいだすわ……なんやかんや言うてもね、男は溜まると、余計なとこで出したがるもんなんですわ。そやからお聞きしますねんけど……最近、ダンナさんが奥 さんとナニする回数が極端に減った、とか、増えた、とかそういうことはおまへんか?……ようするに、セーセーカツに変化、というか……」

「ふつうと思います」

「ふつう、ってどんな感じでっか……具体的に、何回でっか?」

「つ、月、2、3回です」

「月、2回?……ほんまでっか?」刑事が大げさに声を上げる。「そりゃ奥さん、ほんま寂しい限りやおまへんか……ほんま、あほな男やで……こんな、べっぴ んさんの奥さんと一緒に暮らしとって……月2回でっか?……信じられまへんわ……僕がもし奥さんと暮らしとったら、毎晩と言わず、毎朝起き掛けにもナニを 欠かしまへんけどなあ……奥さんもその、なんちゅうかその、女性として熟れたカラダをもてあまして……」

「あの」わたしは、“もし僕が奥さんと”のくだりに、吐き気を覚えつつ言った。「そのへん、もういいです」

「ああすんまへんすんまへん……」刑事はボールペンの尻で頭を掻く。「いやそれにしても、月2回とは少ないでんなあ……でも、最初っからそうやったわけや おまへんやろ? ……一緒に暮らし始めた最初のほうは、そんなことなかったんちゃいまっか……あれでっしゃろ?……毎晩でっしゃろ?」

「…………いや、だから、それが、何なんですか」

「毎晩、毎晩、ベッドやら床やら、台所やら、お風呂やら……部屋のいたるところで、毎晩毎晩ヤリまくらはったんとちゃいまっか? ……ああ僕ね、まだ新婚の 頃、嫁はんといっぺん、部屋のベランダでハメてみたことありますねん……いや、なかなかよろしおましたで~……」ここで刑事は、遠い目をした。「あの頃は うちのヨメも、まだ子どもがおらんかったし、それなりにええ乳とええケツしとったし……まあ顔は、奥さんと比べるんも失礼、っちゅうくらいでブッサイクですけど な……へへへ……それに、シコメのフカナサケ、っちゅーわけでもないけど、それなりに好きもんやったさかいに……素っ裸にしてベランダに連れ出して、手す りに手つかせて、後ろからこれでもか、っちゅーくらいに後ろからハメたったら、『あ、あかんっ……近所から見られてまう、聞かれてまうやんっ……』っちゅーて、声ガマンしながらも、メッチャめちゃコーフンしとりましたで~……」

「はあ」耳からラー油でも垂らし込まれているような気分だった。「で、何です?」

「奥さん、新婚セーカツっちゅーたらそんな感じでっしゃろ。最初のころは、毎晩ハメまくってはったんとちゃいますん?」

「だとしたら、それが犯罪ですか」

 液体窒素のように冷たい声で言い放つ。

「ほう! やっぱり毎晩でっか! …………そやろなあ~……いやはや、うらやましい限りでんなあ…………その頃はアレでっしゃろ? ……一回のナニで、何回戦も何回戦もしたりしはったんでっしゃろ?」

「そんなにしてません」

「ベランダでハメはったこと、おますか?」

「ありません」

「奥さん、するたびにイきはりますか?」

「あのわたし、もう帰ってよろしいでしょうか」

 わたしが席を立とうとすると、刑事がわたしの手を取った。

「あきまへんでえ……」刑事の手は、熱く、湿っている。「まだまだ聞かせてもらいたいことが、山ほどおまっさかいなあ……」

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