扇蓮子さんのクリスマス 【3/5】
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マンションの細くて暗い階段は、植木鉢や三輪車がいたるところに置かれていて、登るのに苦労した。
でもあたしが2階につくなり、お爺さんは勢い良くドアを内側から開けてくれた。
「ゆみこ! ……ゆみこなんやなあ……久しぶり……久しぶりやないか」
いきなりおじいさんが抱きついてきた。
えっ……と思ったけど、同時にまあええか、とも思った。
もう死んでもたけど、あたしのお爺さんもこんな匂いがした。
決してええ匂いやないけど……誰だって死ぬのに近づくに従って、だんだん先に体の組織の方が死んでくもんなんやろ?
……とにかくおじいさんはあたしに抱きついて、ぐりぐりと頭をあたしの胸あたりにこすりつける……お爺さんの身長は、あたしの4分の3くらいやったんと違うかな。
「……ひさしぶり……おじいちゃん、ほんま、最近忙しゅうて……元気やった?」
「元気も元気、ほんま元気やで。こうやってゆみこが来てくれたから、元気百倍や」
……その孫だか娘だかわからん「ゆみこ」がどんな声で、どんな喋り方をするのかなんて、あたしに知るよしもないやん。
まあ言うたらなんやけど、あたしは随分てきとうやったわ。
でもおじいさんは、あたしの事を「ゆみこ」やと思い込んでいるみたいやった……いや、どうなんやろ。
ほんまにおじいさんは、本気であたしの事「ゆみこ」やと思い込んでたんやろうか……?
まあこれはカンやけど、「ゆみこ」は何年もこのおじいさんの部屋に来たことはないね。
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昔はどうか知らんけど、ここ何年かは……いや、ここ十何年かかも知れへん。
「ゆみこ」はこの部屋に来たことは無かった。
でも昔は、クリスマスのたんびに「ゆみこ」はこの部屋におじいさんに会いに来てたんやろうね。
もう来えへようになってからどれくらいになるかわからんけど。
おじいさんの部屋は足の踏み場もないくらい狭いワンルームやった。
真ん中にコタツがあって、たぶんおじいさんはそこで寝起きしてたんやろうね。
さっそくおじいさんは番茶を入れてくれた。
出がらしのお茶やったけど、身も心も凍えてたあたしにはめっちゃあったかく感じたなあ……お茶を飲みながらおじいさんはいろんな話をした。
想い出話ばっかりで、当然やけど知らん話ばっかりやったけど……
あたしもそれに調子を合わせて話した。
まあええか、今日はあたしは「ゆみこ」。
おじいさんにとってはあたしが「ゆみこ」。
あたしにとって、その日はおじいちゃんがほんまのおじいちゃん。
それでええんとちゃうかなあ、と思てた。
「最近、どないしてるんや。連絡ないから心配しとったんやで」
とおじいさん。
「うん、仕事が忙しゅうてな、連絡できへんで悪かった。でも、今年は何があっても来よう、と思てて」
「どや、彼氏はできたか。おまえは昔からべっぴんやったさかい、男が放っとかんやろ……いや、わしは見たこと無いけど……」
「そうやったらええんやけどなあ……残念ながら、そうでもないわ」
「お前が幼稚園のクリスマス会の劇でマリア様の役やった時のこと覚えてるか? ……いや、わしは見えへんかったけど、おまえのセリフはよう覚えてるで。ええと、何やったかなあ……『天使がわたしに言わはったんです。生まれてくる子は神様の子なんやって』……ちゃうかったっけ?」
「うんうん、そんな感じ」
あたしはそんな感じで適当ぶっこきまくった。
しばらく話していると、お腹がすいてきたんで、おじいさんと一緒に駅前まで買い物に行くことにした。
あたしとおじいさんが並んで道を歩いてる様は、端から見るとどんな風に見えたんやろうね?
まあふつうに見ると、孫と娘、ちゅう感じやったんやろうけど、何やかんや言うても、今夜はクリスマスやからね。
クリスマスにお爺さんと歩く孫娘なんか、おらへんわなあ……
少なくともあたしはこれまでに見たことないわ。
駅前のケンタッキーで、バケツ入りのチキンとかコールスローとかビスケットとかを買って、コンビニの前で叩き売られてた安物のクリスマスケーキを買った。
あと、その帰りの酒屋でこれまた安物のシャンパンを。
あ、誤解してもうたら困るけど、払いは全部あたしがしたで。
お爺さんは「わしが払うさかいに……」ってしつこかったけど、あたしはおじいさんを騙してるわけやしな。
しかも散財までさせるわけにはいくらなんでも仁義に反すると思ったし、全部自分で払ろうた。
それに……クリスマスなんやし、それくらい許されるやろ?
部屋に帰って、コタツの上で二人でそんなご馳走を食べた。
お爺さんは見かけより歯がしっかりしているらしく、ケンタッキーの鶏肉をかなりの勢いでがつがつ食べてた。
普段あんまりええ物食べてないんやろうね。
あたしはやったら甘い安シャンパンを飲んで、鶏肉を少しとサラダをつまみ、おじいさんが語る「ゆみこ」の思い出話に耳を傾けた。
安いシャンパンやけど、こういうシチュエーションのせいかね?
あたしはほんの少し酔っぱらってた。
「ええもんあるけど、飲むか?……わし、ゆみこが大人になったらこれを一緒に飲むんが楽しみやったんや」
そう言っておじいさんは台所の流しの下から一升瓶を取り出した。
焼酎らしいけど「鬼こまし」という聞いたことがあるようでないようなラベルがついてあった……たぶん、おじいさんの故郷の地焼酎なんやと思うわ。
「うん。もらう」
おじいさんはコップを二つ出してきて、それぞれに焼酎をなみなみと注いだ。
乾杯して、一口飲んでみる……これが案外いけた。しかもキョーレツ。
あたしはすっかり冷えたケンタッキーの鳥の足をかじりながら、おじいさんと一緒にその訳の判らん焼酎を飲み続けた。
もはやあたしが「ゆみこ」であって「ゆみこ」でない、ということはどうでもよかったね。
あたしと、お爺さんで、メリー・クリスマス。
それでええやないか、と思えてきた。
……飲み過ぎたんかな、あたしはいつの間にかコタツに足を突っ込んだまま、寝入ってしもうてた。
■
それからあたし、どれくらい寝てたんやろうね?
かなり疲れが溜まってたせいか、それともこんなに飲んだん久しぶりやったせいか、ほんまにどこで寝てしもたんかわからんくらいやった。
「んん……」
目を覚ますと、おじいさんがあたしの頭を撫でていた。
ああ、そうか、あたしは今日「ゆみこ」で、おじいさんの孫やったんやな……となんとなく思い出してたら、おじいさんの手がするするとあたしの頭の形を確認するみたいに滑っていった。
ここで、あれ? ……おかしいな、と思てん。
でも、そのままにしといた。
おじいさんはあたしの目の上を触ると鼻を探り、唇に指を当ててきた。
えっ……?と思ったときには、おじいさんの指が口の中に入ってきた。
「んぐっ……」
目を覚まそうかと思ったけど、おじいさんはあたしの口の中で指を動かしてくる。
おじいさんの指は何の味もせえへんかった。
そのままおじいさんは、あたしの舌と指を絡めるように動かし始めた。
と、今度はおじいさんの左手があたしの上半身に触れてきた。
ええ……?
これはちょっと、マズいんとちゃうやろか。
でも何故か、あたしは寝たふりを続けていた。
おじいさんはセーターの上から、あたしのわき腹をすーーーーっと撫でると、左胸を探り当てる。
ほとんど触れるか触れへんかくらいのさわり方で、ゆっくりとあたしの胸を揉んできた。
びくんっ……ってしてもうた。
ああ、これは……やっぱりマズいわ。
おじいさん、あかんて。
孫にこんなこと。
でも、そこでおじいさんが耳元でこんなふうに呟いた。
「みゆき……」
え? ……みゆき? ……あたしは「ゆみこ」やったんと違うん?
おじいさんはさらにはっきりとあたしの左胸を揉み続ける。
ううーん……これはいくらなんでも大声を出すべきなんやろか。
フツーやったら、大声出すわな。
でもなあ……
なんか、ここで大声出したら、おじいさんはどう思うやろう?
なんでかわからんかったけど、あたしは大声を出さへんかった。
いま考えても、それはようわからんわ。
なんでやろ? ……クリスマスやったからかなあ?……
それとも、さっきまでおじいさんを騙して「ゆみこ」ごっこを続けてたことの罪悪感からやろうか。
「みゆき……みゆき……」
おじいさんがコタツの後ろに入ってくる気配がした。
ところで、「みゆき」って誰よ?
「ゆみこ」は孫やろ?
……フツー、孫にはこういうことせえへんわな。
っちゅーことは、「みゆき」は昔おじいさんとこんな仲やった他の女の人なんやろうか。
おじいさんはあたしを背後から抱きすくめるみたいに平行に寝そべって、セーターの裾からそろそろと手を入れてきた。
えええっ……?
て思ったけど、やっぱりあたしはそのままにしといた。
まあ酒のせい?
……そんなとこやと思といて。
セーターに侵入した手は、あたしの背中をつーーっと這い上がる。
で、ブラジャーのホックに指を掛けて、そのまま器用に外してしもた。
……西田君、目つぶってブラジャーのホックせる?
え、できる?
なにニヤニヤしとんねん。きっしょ。
「んっ……」
やっぱり、直におっぱいにおじいさんの手が触ったときは……さすがに声出してしもた。
おじいさん、一瞬びくっと、手、引っ込めたんやけどな。
あたしが寝た振り続けてると、またセーターの中に手入れてきた。
それから……あ、やっぱり聞きたい?
うん、聞きたそうな顔してるわ西田君。
もう一方の手がコタツの中でスカートめくりあげてきた。
でも、あたしは寝たふりしてた。
なんかわからんけど、そのままおじいさんに好きにさせとくんが、あたしにとってもおじいさんにとってもええんちゃうか、と思てしもたわけよ。
なんとなく。
おじいさんは、手探りであたしのストッキングをくるくる下の方に巻き下げていった。
もう一方の手で、あたしのおっぱいゆっくり揉みながらな。
おじいさん、案外器用でな。
しかもテクニシャンなんやこれが!
めっちゃ続き聞きたそうやな、西田くん。きっしょ。
そりゃもう、ドキドキしたよ。
したけど、それでもやっぱり抵抗する気は起きへんかった……
ほんま、なんでやろうね?
それだけやったらまだええけど、あたしは寝返り打つ振りして仰向けになった。
おじいさん、びっくりしたみたいで、ぴょん、と飛びのいてしもた。
「みゆき………みゆき……」
おじいさんが、なんか悲しそうに呟くのが聞こえた。
あたしは薄目を開けておじいさんを見た……まあ、おじいさんには当然見えへんかったやろけどね。
おじいさん、なんか泣いてるみたいやった。
いや、知らんよ。
おじいさんと「みゆき」さんの間に何があったんか。
でも、なんか悲しい過去があるんやろうね。
おじいさんはボケてて、孫娘の「ゆみこ」と、昔ええ仲やった「みゆき」と、「蓮子」であるあたしの区別もついてない。
で、あたしはほーんまに何の意味もなく、こうやっておじいさんと一緒にクリスマスを過ごしてる。
あたし、めちゃくちゃ寂しくなってもてな。
クリスマス直前にあたしに電話してきた、もと彼のこととかも思い出した。
何なんやろうね、クリスマスって。
誰も彼も、ひとりが耐えられへんようになる日なんやろか。
おかしいと思わへん……?
なんでって、世の中、ほとんどの人が一人ぼっちなわけやん……?
普段はみんな、一人ぼっちで生きてることに慣れてしもて、そんなことはほとんど気にすることなんてない。
毎日毎日、忙しく生きて、逆に人と一緒に居ることのほうがうっとおしくなることの方が多いのになあ。
でもクリスマスは違う。
一人ぼっちの人間は、自分が一人ぼっちであることをいつもよりまざまざと思い知らされる日……それがクリスマスなんと違うかなあ……知らんけど。
「おじいさん……」あたしは言うた。「あたしのこと、覚えてた?……みゆきやで」
「え……?」
「あたし、みゆき……」
「み、みゆき……やっぱりみゆきなんやな……?」
あたしはおじいさんの首に手を回して耳元で囁いた
「……今日は好きなことさせたげる。クリスマスやしな…」
【4/5】につづく
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