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ホラー官能小説:百目(ひゃくめ)【7/7】

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 幸いにも、僕は正気を失うことは無かった。
 
 それどころかちゃんとセックスを最後までやり遂げた。
 僕と鳴門さんの体じゅうに出来た、無数の充血した目に見つめられながら。
 

 どうなんだろう……?
 僕は人より図太いのだろうか?

 
 少なくとも、鳴門さんのはじめての相手より図太いのは確かだ。

 
「見てないっ………? 見てないよね………?」目かくしをされた鳴門さんは同じことを繰り返し続けた。「誰も……何も見てないよねっ?」

「見ていませんよ」

 僕は明かなウソをついた。
 その間も、僕等の体中にできた目はしっかりと僕らを見ていた。

「ほんとに…………ほ、ホントに見てない?」

「見てませんってば……」

 僕のウソに鳴門さんは安心したらしく……
 まもなく僕を激しく締め付けると、イッてしまった。
 直後、僕も絶頂に達した。
 

 鏡の中の無数の目は、まだじっと僕らを見ている……

 僕は目隠しと後ろ手拘束のまま息も絶え絶えの鳴門さんをベッドに残し、そっとベッドから起きあがると、自分の身体中にできた目に見つめられながら鏡に近づいていった。

 鏡の真正面に立ってみる。
 体中の目は、瞬きひとつしない。
 
 顔には、額に大小の目がいびつにひとつずつ、左頬に大きなのがひとつ、鼻の右横に小さなのがひとつ、唇の両横にそれぞれ目が出来ている。

 確かに不気味だったが、それより僕はその眺めに滑稽さを感じた。
 

 気が付くと僕は声を上げて笑っていた。
 

「え……なに笑ってんの……?」

 ベッドの上から、気だるそうに鳴門さんが聞く。

「……何でもありませんよ」
 

 僕は数百の目に見つめられながら、姿見にもとどおりシーツを掛けた。
 
 
 

 あれから半年になるけど、鳴門さんと僕はまだ続いている。

 それまでどおり僕は……
 というか、あれから以前にも増して、鳴門さんの部屋に通うようになり、そのままズルズルと、今は半同棲状態になっていた。

 最近、ほとんど自分の部屋には帰っていない。

 鳴門さんは相変わらず僕にやさしく、そしてそうあるべき時はちゃんとこれまで通りエロい

 僕にご飯も作ってくれる……
 鳴門さんは料理が上手で、僕はそれにも虜になった。
 
 僕も鳴門さんに料理を習って、いまではなかなかの腕前だ。
 二人で交代して、一日おきに夕食を作っている。

 たまに二人で、近くの居酒屋に飲みに行く。
 
 

 就職を決めて大学を卒業したら……このまま鳴門さんと結婚してもいいと思っている。
 
 

 まだ二十歳前でそんな重大なことを決定するのは早すぎるかも知れないけれど……
 つくづく鳴門さんは僕にぴったりの人だと思う。

 他の人とこんなふうに共に暮らし、寝起きし、食事し、セックスすることは、今の僕にはあまり考えられない。
 
 

 ところで例の“目”だが……今のところ、あれ以来、目にすることはない。
 と、いうのも、あれ以来、僕は鏡をまともに見ることができなくなってしまったからだ。
 

 鳴門さんは、姿見も、テレビも捨て、食器棚からガラス戸を外し、壁時計も取り外してくれた。
 自分用に化粧用の小さな鏡をひとつだけ残したけど、それで僕は自分の顔を見ることはない。

 街を歩くと、これまで感じていたよりもずっと、街は鏡で溢れていることに気づいた。

 僕は街で鏡を見かける度に、それから顔を背けなければならなかった。

 あれ以来、僕は鏡で自分の顔をはっきりと見たことがない。
 最近では自分がどんな顔をしていたのか、そんな記憶すらあやふやになっている。
 

 でも構わない。
 鳴門さんはいつも僕を見てくれている。

 鏡を通して見ない限りは……鳴門さんには二つの目しかない。
 その目が、いつも僕を見てくれていたので……

 じっとそれをのぞき込めば、そこに微かに映る自分の顔を拝むことができる。

 おぼろ気ながらも。
 
 最近では、見ずに手の感触だけで上手く髭を剃ったり、頭をセットしたりできるようになった。
 

 要するに……鏡のない生活に僕はうまく適応した。
 閉鎖病棟へも行かずに。
 

 何にでも慣れることができること……
 これは僕の人格の中の、最大の美徳なのかも知れない。
 
<了>

どういうことこれ? なにこれ? という人はもう一度最初から。


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