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深夜のアパートでサスペンスした話


2、3週間ほど前。

前日の夕方に降った大雨で僕のアパートの階段はぐっしょりと濡れていた。

かなりの大雨だったので、玄関の前の溝にも雨水がたっぷりと溜まっている。

この溝、どっからどう見ても排水出来そうっていうか排水のためにある溝に見えるのだが、よく見てみると排水溝が無い。

排水溝が詰まっているとかそんな次元ではなく、はなから排水する気がさらさらないのだ。

雨水が溜まったら晴れた日に蒸発させてね、というある意味清々しいぐらいのストロングスタイルなのである。

じゃあそもそも溝いらんやないかと思いながら僕は階段を降りた。

この階段、段数にして全部で14段ある。

何で知ってるのかというと、どこかで段数が13段だと良くないという事を聞き、数えてみたからだ。

僕はこういうオカルト的なものを片っ端から信じていき、気を付けはするが結局ツイてはないという"全然結果が伴わない人"なのである。

と、全14段の階段の13段目まで降りてきた瞬間、僕の目にあるものが映った。


ヤモリである。


ヤモリが階段の上でひっくり返って倒れているのだ。

おそらく昨日の大雨で屋根かどこかにいたのを流されてきたのだろう。

持っていた傘でツンツンと突いてみるが全く反応はない。

これはほぼ間違いなく死んでいる。

かわいそうに。

僕は心の中で手を合わせた。

僕はGやクモなどの虫は大の苦手だが、爬虫類に関しては割と大丈夫なのである。

しばらくひっくり返ったヤモリを見る。

手と足を大きく広げて死に絶えているその姿はなかなか壮絶である。

こいつは一体どんな一生だったのだろうか。

楽しい事はあったのだろうか。

そんな事を考えていると、いつの間にかバイトに遅れそうな時間になっていたため、僕は急いで残り1段の階段を降り、自転車に乗ってアパートを後にした。


その日の夜。

バイトから帰ってきた僕はアパートの階段を登ろうとした。

すると"あいつ"が目に入った。

ひっくり返ったヤモリである。

僕は「そうやった、、、」と小さくつぶやいた。

バイト中忘れていたが、ヤモリはアパートの階段でひっくり返ったままだったのである。

これ一体どうしたものだろうか。

何か凄い気になるが、かといってどうしたらいいか分からないのである。

そのままにしといたらいいの?

それともどっか埋める?

いやだけど、埋める言うてもなあ、、、

と、悩みながら僕はとりあえずそのままにして、家の中に入っていった。


翌日。

朝バイトに行くため階段を降りると、相変わらずヤモリはひっくり返っていた。

それを見て僕は思った。


いや、これどうしたらいいの!?

何か毎日めっちゃ気になるねんけど!!

とりあえずもう一回ひっくり返してうつ伏せにさせる!?

まだ何となくうつ伏せの方がマシじゃない!?

いや、、、

ちょっと待って、、、

うつ伏せにするって、、、

それ何の意味あんの!?

うつ伏せであろうが仰向けであろうが何も変わらんやろ!

快適な睡眠の話してんちゃうねんから!

天国のヤモリも空から見て思うやろ!

「このデブ何故かうつ伏せにしよった!それ何の意味あんねん!!」


そんな風に悩みながら僕はまたそのままにして自転車に乗り、バイトに向かおうとした。

こうやって書くと冷徹な酷い奴の様に思えるが、、、

いや、ほんまに難しいねんて!

階段で死んでるヤモリどうしたらいいか問題!

こんなん約40年生きてきて初めてやし!

NISSHANって初めての経験に滅法弱いし!

大体間違った方選ぶし!


葛藤しながら僕は自転車のペダルを漕ぎ始める。

その日は雨で、僕が家を出た瞬間から雨が強くなってきていた。

何やねんと思いながら、僕は履いているズボンを気にする。

その日、僕はおニューのズボンを履いて出かけたのだ。

ユニクロの感動パンツである。

バイト用に履いていたチノパンがボロボロになっていたので、金欠ながらも新たに感動パンツを購入し、店舗受け渡しや裾上げを済ませ、いよいよ本日初陣となっていたのだ。

やや裾を上げすぎた気もする。

とはいえ履き心地はいい。

そんな事を考えていた瞬間、、、

裾を見ていた事や段差があった事、雨が強くなっていた事などが重なり、僕はバランスを崩し、、、

自転車ごと転倒した。


先週のnoteにちょっと書いていたやつである。

左側に倒れた瞬間に左膝を強くすりむき、それと同時に感動パンツが破れた。

そう。

破れたのである。

感動パンツが破れたのである。

左膝にガッツリ穴があいたのである。

感動パンツは

履いて1分でその役割を終えたのである。


1分て。

酷すぎるやろ。

ワシどんだけツイてへんねん。


バイトの時間がギリギリだったので、僕はそのまま行こうかとも思ったが、何せ左膝から血が流れている。

このまま電車とかに乗るのは厳しすぎる。

なので一旦家に帰り、消毒等治療をする事にした。

玄関のドアを開け、感動パンツを脱ぎ、救急セットを探す。

膝からは血が流れている。

確かテレビ台の下に置いていたはずなのだが、見当たらない。

バイト遅れる、膝痛い、感動パンツ破れる。

そして救急セットも見つからない。

そもそも前日からとんでもなくツイていなかった。

僕はフラストレーションが溜まりに溜まり、とうとう吠えてしまった。

「どこや!!どこや!!!どこにあるんやーーー!!!」


早朝7時前の閑静な住宅街に響き渡る爆音。

本当に申し訳ない。

特にお隣さんには何と言ったらいいのか。

隣から朝の7時前に「どこにあるんや!!!」という叫びが聞こえたら恐怖でしかないだろう。

一体早朝に何を探してんねん。

怖すぎるやろ。

お隣さん、すいません。


そしてどうにかこうにか消毒とガーゼを見つけ、僕は再びバイトに向かった。

しかしその後も何ともツイてない事が重なり、僕は心底ゲンナリしていた。

何やこれは、、、

いくらなんでもツイてなさすぎやろ、、、

俺が一体何をしたんや、、、

ん?

まさか、、、

もしかして、、、

ヤモリをちゃんと埋葬してないからか??


僕はかわいそうと思いながらも結局ヤモリをそのままにしてしまっていた。

それが良くなかったのではないだろうか。

いや、きっとそれだ。

これはやっぱりちゃんとしなければ。

そもそもあのまま放置するのも嫌だった。

この機会にちゃんと土に埋めてあげよう。


そう決意した僕はその日の夜、早速行動に出る事にした。

深夜0時過ぎ、用意した簡易的なスコップ片手に玄関を出る。

本当は明るい昼間の方が良かったのだが、その日バイトが終わるのが遅く、どうしてもこの時間しかなかったのだ。

スマホのライトで照らしながら階段の横あたりの地面を少し掘る。

雨が多かったせいか土が柔らかく掘りやすい。

そして階段でひっくり返っているヤモリを掴み、もう一度ひっくり返してうつ伏せにし、土の中に入れてあげた。

最初からこうすれば良かったのだ。

あとやっぱりNISSHANのうつ伏せへのこだわり何やねん。

何でそんなにうつ伏せにさせたがるねん。

自分がよくうつ伏せで寝るからだろうか。


と、とりあえずいい感じに土の中に入れてあげ、後はもう一回土を被せて、埋めるだけという状態になった瞬間、

僕は突如、人の気配を感じた。

屈んだまま、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。

するとそこには、、、

帰宅したお隣さんが立っていた。


固まる2人。

お隣さんの表情は恐怖で歪んでいる。

無理もない。

隣に住んでいる太った男が0時過ぎに何かを埋めているのだ。

そして振り返っているのだ。

いくらなんでもサスペンスが過ぎる。

絵に描いたようなサスペンス。

僕の状態を整理してみよう。

スマホで照らした地面、屈んだ背中、振り返った横顔、ギロっとした目。

サスペンス全部のせ。

何かヤバい事してるの確定のやつ。

怖がるなという方が無理がある。

しかもこの太った男。

数日前、早朝に「どこにあるんや!!!」と何かを探しながら吠えていたばかりなのである。

何かを探し、そして埋める。

答えは自ずと見えてくる。

それは「証拠隠滅」である。

この太った男は自分が犯人だという事が分かる重要な証拠を隠蔽しようとし、お隣さんはその現場に出くわしてしまったのだ。

お隣さん、大ピンチ。

絶対絶命の巻。

実際は感動パンツが破れて、ヤモリを埋葬しているだけなのだが。


お互い目を離す事が出来ない。

見つめ合う2人。

数秒が永遠の様に感じる。

誰かこの2人を撮ってバラードのジャケ写に使ってくれないだろうか。

ギロっと目を輝かせながら僕はどうにかこの状況を打開する方法を考えた。

そして一つの答えに辿り着いた。

古から伝わる、ご近所付き合い定番の"あれ"である。

僕は震える声を絞り出してこう言った。

「こ、こ、こ、こんばんは〜」


するとお隣さんも震える声で

「こ、こ、こ、こんばんは〜」

と返してくれた。

こうして世界一不穏なご近所付き合いが0時過ぎの練馬に爆誕した。


あれから1週間と少し。

僕は今、比較的穏やかな日々を過ごしている。

あの一連のヤモリが不運に関係あったのかは分からないが、とりあえず心のつっかえがとれたのは間違いない。

やっぱり気になった事はそのままにしておいてはダメなのだ。

今はただ、ヤモリが安らかに眠ってくれる事を祈っている。

そしてこれからもお隣さんとは何もなく過ごしていける事を願っている。

いつの間にか溝に溜まった雨水は乾いていた。



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