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夫人vs駐輪場


数日前の夜。

僕はバイトを終え、足早に駐輪場に向かっていた。

連勤で体は疲れ切っているのだが、歩くスピードは異常に早い。

何故か。

オリジン弁当の半額商品をゲットするためである。

家の近くのオリジン弁当は毎日22時頃になると、ほとんどの商品を半額にしてくれるのである。

非常にお得なのだ。

そしてお得だからこそ、そこにはにっしゃんを含む金欠おじさん達が群がるのである。

熾烈な生存競争が繰り広げられるのだ。

だから急がなければいけない。


僕は息を切らしながら駐輪場に到着した。

僕がいつも停めている駐輪場はラック式で、前輪をカチャッとはめるタイプである。

24時間110円と非常に安いのだ。

自分の自転車を停めている場所を確認し、精算機へと向かう。

ピピッと番号を押して精算していると、ある声が聞こえてきた。

「そんな!?困りますわ!!」

「40分だなんて!そんな待ってられませんわ!」

「何を言ってるんでございますか!」

何やら揉めている。

前を見ると50代ぐらいの女性の方が電話をしながら怒っているのだ。

電話先の相手と何かあったのだろうか。

僕は精算機でロックを解除し、自分の自転車を取り出すため停めている場所に向かった。

僕が停めている場所のすぐ近くに女性はいる。

「全然出ないでございますわよ!!!」

女性はまだ何かに対して怒っている。

僕は「はよここ出たい」と思った。

何せ、狭い駐輪場でブチギレのおば様とにっしゃんの2人っきりなのだ。

どう考えてもよくないシチュエーションである。

とばっちりを受けたらたまったもんではない。

僕は急いで自転車を出そうとした。

しかし、こういう時に限って自転車のカギがすぐに出てこない。

財布の中から取り出そうとモタモタしていると、、、

「ちょっとそこのアナタ」


!?

僕は自分しかいないのに後ろを振り返って誰か探すという古典的なボケを繰り出した。

「いや、アナタですわ。私はアナタに話しかけてますのよ」

"まずい"

僕はそう思った。

この流れは100%僕に何かを頼んでくる流れである。

出せないとか40分とかのワードから考えると、何かしらの理由で駐輪場から自転車を出せなくなったのだろう。

ここの駐輪場は安い代わりに設備が非常に古い。

前からすぐ故障するのだ。

常にいくつかのラックが調整中になっている。

という事はおそらく電話の相手はこの駐輪場の設備関係の人。

直接修理に行くのが40分かかるという事だろう。

なので、僕に自転車を取り出すのを手伝って欲しいとのお願いが考えられる。

言っちゃ悪いが、非常に面倒くさい。

僕はバイトの凄まじい連勤で疲れ果てているのである。

それに

それにやな!

オリジンの半額弁当が待ってるんや!!!

はよ行かなあかんのや!!

とはいえ、手伝ってと言われて断るのもさすがに悪い。

ここは全然違う内容である事を願うしかない。

僕は覚悟を決めて「どうしたんですか?」と聞いてみた。

すると、、、


「アナタにちょっと手伝って欲しい事がございますのよ」


やっぱり。

完全に予想通りやん。

世の中こういう悪い予感だけはよく当たる。

ていうか、最初から気になってたんやけど

このおば様、口調なんやねん。

めっちゃ気になるねん。

何や、この絶妙にちょっとイラッとさせる口調は。


僕は内心イヤイヤながらも

「あ、いいですよ。どうしたんですか?」と言った。

説明を聞くと自転車がラックから取り出せなくなり駐輪場の人に電話したが、言う通りにしても解決せず直接行くには40分かかると言われ困り果ててたそうだ。


ドンピシャ。


僕は昔からこういうどうでもいい場面で名推理を披露してしまう。

続けておば様はこう言う。

「係の方がね、一度ラックに深く押し込めばランプが点滅するから、それで取り出せるって言うんだけど、全然うまくいかないんですの。だけど男の人の力ならいけるかもしれないじゃないですか。だからアナタにやってほしいんでございますのよ」

「アナタちょっと係の人と電話で話してくださる?」

何でやねん。

何でワシが係の人と電話で話さなあかんのや。

そもそも何を話すねん。


僕は「スピーカーにしてもらえれば」と言い、試しに自転車を押し込んでみた。

しかし、何も変わらない。

「何もならないですねえ」と言いながら何回か押し込んでみた。

するとおば様は

「もっと強く!もっと強く押し込んでもらえますかしら!!」

と僕に指示を出してきた。

その声を受け、僕はさらにグッと押し込む。

「強く!もっと強くですのよ!!!」

僕はさらに押し込む。

「強く!もっと強くですのよ!!!」

僕は歯を食いしばり、全身の力を使う。

汗がドッと吹き出してくる。

って

何してんねん、これ!!!


何でこんな事せなあかんねん!

何の特訓シーンや!

おば様トレーナーが太った男に自転車押し込むトレーニングやらせてるってどんな漫画やねん!

ちょっと面白そうやな!

読んでみたいわ!

ていうか、あれや!

やっと分かった!

口調、デヴィ夫人や!!!

デヴィ夫人に話し方そっくりなんや!

珍しいな!

デヴィ夫人口調の人と初めて会ったわ!


そんな事を思いながら自転車をぐりぐり押し込んでいると急にランプが点滅した。

やった!と一瞬思ったが、前輪を止めているロックは解除されていない。

デヴィ夫人(口調)は

「ランプは点滅しましたけど、ロックが解除されないでございますわよ!」

と係の人に言っている。

僕はロックされてる部分をガチャガチャ触ってみたが、やはり解除されない。

「ああ〜もうダメでございますわ〜」

とデヴィ夫人(口調)は力なく嘆いた。

僕は「いや、そんな事言わずに!何とか頑張りましょう!」と励まし、さらに自転車を押し込んだりロックを引っ張ってみたりした。

しかし、ロックは解除されない。

そんな頑張る僕を見て、デヴィ夫人(口調)は言った。

「アナタ、もう大丈夫でございますわよ。本当にありがとうございました。凄く助かりました。もう諦めてワタクシ40分待つ事にしますわよ」

それを聞いて僕は逆にやる気が出てきた。

何とかしてあげたい。

乗りかかった船である。

どうにかしてこの自転車を解除したい。

考えうる全てのパターンを試してみる。

しかしロックは解除されない。

やはり無理なのか。

そう思った瞬間、僕の頭の中に光のスジが走った。

コナン君によく走るやつである。

精算機である。

ランプが点滅した状態で精算機を操作したらいいんじゃないだろうか!

僕は自転車をグッと押し込みランプを点滅させた状態で、精算機でそこのラックの番号を押した。

すると、、、


カチャ


開いたのだ!

ロックが解除されたのである!

大喜びするデヴィ夫人(口調)とにっしゃん。

2人、飛び跳ねるように喜ぶ。

「ありがとうございました!アナタ、本当にありがとうございました!!!」

何度もデヴィ夫人(口調)が礼を言う。

僕も達成感に包まれていた。

やはり何事も諦めなければ突破口はある。

やって良かった。

そう思いながら、僕は自分の自転車に乗り、駐輪場を去った。


急いでオリジン弁当に向かう。

かなり時間が経ってしまったが、半額商品は残っているだろうか。

僕は飛び込む様に入店する。

すると思いの外、結構な数が残っていた。

良かった。

僕は安心してゆっくりと選んでいた。

ウイーン。

誰かが入ってきた。

ふと入り口の方を見ると、

そこには、、、


デヴィ夫人(口調)がいた。


そう。

デヴィ夫人(口調)もオリジン弁当の半額商品を狙っていたのだ。

目が合い「あ、先ほどは本当にありがとうございました!」と再度、礼を言う。

僕は「いえいえ!良かったです!」と言いながらふとある事を思った。


そら、40分待ってられへんよな。



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