ニール&ヤングス

哀愁のライター "エンスケドリックス"と 写真家 "ミカ…

ニール&ヤングス

哀愁のライター "エンスケドリックス"と 写真家 "ミカメラ"による記憶の旅先案内ユニット 色、匂い、音、感触、人間、感情、過去、現在。 浮遊する一瞬の瞬きの世界。 そんな世界観の作品を発表します。

最近の記事

永遠

".吹きガラス".とだけ書いた店の軒先から薄暗い店内を覗くと 溶け出したカキ氷のようにクリアに透けたいくつものカラフルなグラスが並んでいる。 去年の秋にこの店を訪れた時を思い返しても、寸分の狂いも無いくらいに 店内は変わらず静かに時を刻々と刻んできたのがわかる。 オレンジ色の控えめな蛍光灯の明かりがボンヤリとグラス達を夕暮れのように照らし、無音のオブラートに包まれたような静寂は温かい優しさに満ち溢れていた。 そんな無人の店内に 『すみません』 と声を入れる。 奥か

    • 疑惑 『秘密』のアナザーストリー

      『なぁ、あれ何だと思う?』 淳二は聡子に聞いた。 『あれ?何かの煙突じゃないの?』 満月の夜。 月明かりはブルーに液状化しながら、 夜も更けた静かな港街に隅から隅まで染み込んでいく。 淳二が指差したその塔は岩場の海岸線に面した30メートルほどの崖の下に、仄かな月明かりを浴び不気味に黒光りしながら聳え立っていた。 『あれな、子供の頃に親父に聞いたことがあるんだ。あれは何だ!って。 どう考えても場違いだろ?武骨だし違和感しか感じなくてさ。 そしたら親父は俺の耳元でコッソリ

      • 秘密

        昼の混み合う中華屋を出た石坂と後輩伊藤は 手前に見えた公園に向かう。 冬の日差しは、まだ若干の強さを残しつつも 優しいショートジャブを撃つように二人に降り注いでいた。 無言のまま二人は相談したかのように 何個か空いていたベンチの中でも一番陽を浴びていそうなベンチに越しを降ろす。 それは仕事上のパートナーとして、阿吽の呼吸というやつだった。 公園には円を描くようにベンチがぐるりと設置してあり、二人の正面には老人が石像のように仲良く3人並び談笑していた。 すぐ真横のベンチには、一

        • タカシと美和

          あれは1年前の夏だった。 湘南の海へと向かう車の中でのことだ。 美和が切り出した。 『私ね、どうしても我慢出来ないことがあって…』 『ん?何よ?』 ジワジワとしか動かぬ渋滞に苛立ちながら タカシはタバコの灰を灰皿に叩き落とした。 『やっぱ、いいや』 『おい、言えよ!気持ち悪いだろ』 苛立ちと好奇心が入り混じったタカシの問いに美和は、少し覚悟したように喋り始めた。 『あのね、私、タカシ君がケンタッキーのチキンの骨までバリバリ食べるの好きじゃないんだ…友達の前とかで

          ネオン街道

          走り出した街道は理想的に流れ、今夜はストレスも無い。 夕暮れの激しい通雨が止み田舎の下世話で派手なパチンコ屋のネオンが並ぶ 街道沿いが、キラキラとまるでカクテルグラスを並べたように 少しだけ上品に栄え映った。 そして、ようやく効き始めたクーラーは、澱んでいた視界を一気にクリアーに塗りかえる。バンドルを握る京子の心臓は高鳴った。 この街を出ることをしなかったことは後悔してはいないし、 さして都会に憧れる若者でもなかった京子にとって、不意に訪れる非現実的な異国の街を模したような、

          ヒロシとアキラの30分間

          ヒロシはベランダに打ち付ける激しい雨を 呆然と眺めていた。 『タイミング悪過ぎるだろ…』 溜め息と同時に漏れた呟き。 アキラは背中を向けて黙々と食器を洗う。 2人は3分前に別れ話をしたばかりだった。 ヒロシの別れを告げ、すぐに部屋を出て行く算段は 突如として訪れたゲリラ豪雨に 意図も容易く崩された。 眼下の車を停めた駐車場には あっという間に茶色い濁流が流れ始め 5分も経たずに大きな沼のような水溜まりが完成した。 その様子をヒロシは窓ガラスにへ張り付き呆然と眺める

          ヒロシとアキラの30分間

          六月の雨

          いずれ歳を重ねれば『雨もたまには良いね』 なんて思うのだろうと思っていた。 私の予測だと、既に私は雨好きの人に なっている筈だった。 何処で道を間違えたのだ?とか、そんな大袈裟なものでは無いが、 一向に風流風雅とも思えぬ『雨』に心乱され、 特にこの梅雨入りの時期ともなれば一層のこと梅雨明けの夏の空を、 今か今かと待ち侘びる煩悩の人と成り果てる。 高校1年の梅雨入り。 私は箱根にある美術館で人生初のアルバイトを経験した。 観光地ゆえに時給が高かったのが選択の理由であったが、

          キッチンにて "1997年の忘備録"

          もう、かれこれ1時間以上は 見知らぬ暗い部屋の天井を見つめている。 ベッドで眠る下着姿の女は死んだように動かず、 薄い寝息だけが耳の先をかすめるように流れた。 昨夜、初めて会ったばかりの女だった。 狂乱の宴をウンザリしながら2人抜け出し 夜の東京タワーを観に行った辺までで記憶は途絶えたいる。 一体、どんだけ呑んだのだろう。 いつまでもまとわりつく頭痛がクラクラと続く中で、 ほんの一瞬だけ開く記憶の突破口。 そこから差し込む一筋の光のような記憶にすがりながら、 断片的な

          キッチンにて "1997年の忘備録"

          酒場にて

          カウンターの右隣に座っていた男は正面にいたマスターに言った。 『おい!お前の顔みてると酒が不味くなるんだ、この野朗!』 するとマスターは受け流すように答えた。 『はいはい、そうですね〜』 恐らくだが、日常の習慣的な会話の流れとして、これはこれで成立しているのだろう。 しかし、隣りに座る私は気が気ではなかった。 明らかにガラの悪いその男にいつどのタイミングで悪態を突かれるのか 予測が出来なかったからである。 無意識に握りしめたグラスの氷はいつの間に溶け、 縁に着いた

          晩秋

          秋が去ることを喜ぶ人に 私は逢ったことがない。 夏の終わりを惜しみながらも 鼻腔に微かに引っかかった 金木犀の香りで秋の到着を知る。 そして秋は歓迎ムードの中 香り付けと色付けに 没頭しながら成熟する。 そこには必死さは微塵も無い。 まるでカレーを煮込むかのように じっくりコトコトと 老舗の風格すら漂わせ 街中に馴染んでいく。 鮮やかな赤茶色に染まる山々。 道端に首を垂れるススキを折ながら帰る放課後の帰り道。 子供達は漂う野焼きの噎せかえる香りに燻され、夕飯を想う。 老

          笑いのレコード

          そのレコードは 店の『100円均一』と太マジックで ダイナミックに書き殴った段ボール箱の中に 一際異様なほどの存在感を放ち佇んでいた。 それはヒッピー風の長髪と髭を蓄えた 見るからにドラッキーで怪しい男の コミカルなポーズや変顔ショットが ジャケット両面に、これでもかと散りばめられた サイケ柄のカラフルで古いレコードだった。 私はその怪しい男の呪術に導かれるかのように、 そのレコードを手に取りマジマジと眺めた。 そのアーティスト名に一切の記憶は無く 只々怪しい男のコミカルな

          笑いのレコード

          温もり

          午後10時を過ぎると住宅街は、ゆったりと冷たい ウォーターベッドの上に寝転んだように深く沈み込んだ。 海風を含んだ街の空気は沈黙の隙間を縫い 微量の湿気を含みながら夜風に運ばれ 絹の羽衣を纏ったように肌に触れる。 夜を彷徨う人々は小窓から漏れた部屋の灯りをボンヤリと見つめ、 そこにあるであろう営みを想う。 まだ見ぬ住人 部屋の間取り 香り そこにある物 部屋の灯りは語り彷徨い人は触れる。 営まれているだろう温もりに。 そしてまた家路につく。 心地よい夜風に背

          愛おしきナイト・ピープル

          真夜中の自動販売機。 そして、その蒼い灯りに照らされた人を愛おしいく思う。 何故ゆえに愛おしいのか? それは誰も居ない沈黙が隅々まで深々と浸った真夜中に 確固たる意思を持ってそこに立っているからである。 それが、どうしても欲しかった。大人も子供も。 そんな真剣な眼差しでただ一点を見つめ 欲求を満たそうと無言でそこに立つ。 蒼い灯りに照らされ少し上向きに映し出される横顔は 脂の抜けたマネキンのように無表情に映る。 純真無垢。 そんな言葉が似合う。 夜を潜り抜けて

          愛おしきナイト・ピープル