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晩秋

秋が去ることを喜ぶ人に
私は逢ったことがない。
夏の終わりを惜しみながらも
鼻腔に微かに引っかかった
金木犀の香りで秋の到着を知る。

そして秋は歓迎ムードの中
香り付けと色付けに
没頭しながら成熟する。
そこには必死さは微塵も無い。
まるでカレーを煮込むかのように
じっくりコトコトと
老舗の風格すら漂わせ
街中に馴染んでいく。

鮮やかな赤茶色に染まる山々。
道端に首を垂れるススキを折ながら帰る放課後の帰り道。
子供達は漂う野焼きの噎せかえる香りに燻され、夕飯を想う。

老人は道端に置かれた水色に色褪せたベンチに座り
何時間も通り過ぎる全ての物を見届ける。
枯葉色のカーディガンは見事に落ち葉と同化し、
いつも知らぬ間に老人は消えていた。

隣りを歩く彼女の制服は濃厚のブレザーに変わり
髪の毛から少しだけ大人びた柔らかなシャンプーの香りが漏れている。
父親には文化祭の準備で帰りが遅くなると言ってきたと
不意に振り向いて彼女は笑った。

午後5時の霞んでゆく夕陽は
全てのものを満遍なくオレンジ色に色付け
染まりきった街を人を山を香りを
晩秋の情景に焼き写す。

私達はその成熟を無意識のうちに
一つ一つ噛み締めるように
記憶と嗅覚に刻む。
秋の匂いってあるよね?
きっと、そんなことを呟いた時に訪れる
郷愁感は刻み込んだ晩秋の白昼夢のように
永遠にリピートされるのだろう。


文:エンスケドリックス
写真:原田ミカメラ

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