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永遠

".吹きガラス".とだけ書いた店の軒先から薄暗い店内を覗くと
溶け出したカキ氷のようにクリアに透けたいくつものカラフルなグラスが並んでいる。

去年の秋にこの店を訪れた時を思い返しても、寸分の狂いも無いくらいに
店内は変わらず静かに時を刻々と刻んできたのがわかる。

オレンジ色の控えめな蛍光灯の明かりがボンヤリとグラス達を夕暮れのように照らし、無音のオブラートに包まれたような静寂は温かい優しさに満ち溢れていた。

そんな無人の店内に

『すみません』

と声を入れる。

奥から、華奢で優しげな声で『はーい』と聴こえ、
奥から然して音もたてずに年老いた女将さんが、ゆっくりと現れた。
私は買うと決めていた赤いグラスを

『これお願いします』

と女将に渡す。

暮れる夕陽を水に浸したような赤いグラデーションを施したグラスだ。

『ありがとうございます』

と女将は小さく柔らかな声でこたえながら和紙の包み紙で
丁寧にグラスを包む。

『去年の秋に初めて寄らせいただいて青と緑のグラスを買ったんですよ。気に入ったんで今日はこの赤を買いに来たんです』

と私が伝えると女将は

『あら、そうなんですか。ありがとうございます』

と白髪の髪をペコリ揺らし微笑んだ。あれこれと品を説明する訳でも無い。

一方的な世間話を押し付ける訳でも無い。
古いガラス製のレジカウンターの中で陳列されたグラスと共に
静かに佇みながらもう何年もここに座りグラス越しの訪れた人達を見てきたのだろう。きっと、その静かなる存在感を愛でたいが為に私は再びこの店を訪れたのだ。

『ありがとうございました』

去る私達の後ろ姿に女将はそっと囁くように言った。

過疎化が進む商店街。

私は店を振り返り想う。
いずれ、この店もシャッターが降りる時がやってくる。

"永遠に思えて永遠ではないもの"

それこそが儚く美しい記憶を更新していくのだと。

文:エンスケドリックス
写真:原田ミカメラ

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