冥道(ハザマ)の世界:第十六章 本当の心
これは、百香がかつていた世界で、今年の梅雨の頃のことの話だ。
小さな男の子が雨の日に買ってもらったばかりのレインコートを着て、横断歩道のない道を走って渡り、事故に遭い亡くなった。母親は傍にいながら助けられなかった自分を許せず引きこもった。夫の両親は初孫を失った悲しみで母親を責め続けた。最後まで夫婦は理解しあえることなく罵り合って別れた。最期には母親は心を失いまるで別人になった。
その母親の両親は、いつまでたっても娘の心を傷つけ続けた夫の家族に徐々に恨みを募らせるようになった。そうして、事故を起こした相手を許すことなく、恨みと絶望の中で今も生きている。
事故を忘れようと仕事に逃げ、働き続けた元夫は突然死し、夫の家系は血が完全に途絶えた。夫の年老いた両親は、老後を見てもらおうとあてにしていた家族を自分たちの狭い心のせいで全て亡くしたのにもかかわらず、まだ全てが元嫁のせいだと言いながら、恨みの中で生きている。
事故を起こした加害者の方の若い大学生は、親に買ってもらったばかりの車を廃車にしただけでなく、残りの自分の人生をも潰し、人を殺した人間として生きることになった。ひき逃げをしなかったことがせめてもの幸いで、心優しかった青年は、自分の過ちを充分に悔いていたのだが、自分の母親があなたは悪くない、飛び出した子供と、ちゃんと見ていなかった母親の方が悪い。あなたこそ被害者だと言い続けた。
そのせいで、青年は相手に詫びに行くこともできず、頭の中で作り上げた亡くなった子供の亡霊と相手の家族の生霊の怨念に日々苦しむようになり、心を病んで廃人のようになっている。
そんな息子の人生を悲観していた父親は、家族を支えようと気丈に頑張っていたのだけれど、遺伝子に組み込まれたプログラムどおりに、とある年齢に達したときに病気になった。息子は悪くないと言い続けた加害者の母親は、ひとりきりの老後をふたりの病人を抱えてこれからも生きることになる。
たったひとりの人間が世界からいなくなっただけなのに、少なくとも九人の人生が大きく変化した。その家族の身内や、会社や、学校、それ以外の場で生きる人にも影響を与えることになり、九人以上の人々が、それまでと違う人生を生きることになっている。
あの交差点のお地蔵様は、地元の町内会の人と男の子が通っていた小学校に通う子供たちの保護者有志によって、男の子への慰霊のため置かれたのだということだった。
「実に興味深いよねぇ。人間って」
お地蔵様、主様は本当に不思議がっているように首を傾げた。百香の話を聞いてひとしきり笑った後、この話をし始めたのだ。
「人間界に生まれた人って、本当に見ていて飽きないよ。相手を自分の側の勝手な理屈で憎んだり、呪ったり、それを生きる目的や支えにして、こっちにやってくるんだ。けれど、いつだって結局は自分が満足することを求めているだけなんだ。
かと思えば、罪悪感に苦しみ自分の心まで失う。で、全然関係ないのに、知らない人のために祈ったり、君のようにお供えを置いて行ったりする子もいるんだもんなぁ。
何のためにあの九人はもう一度あの世界へ戻って行ったのかね。あの小さな子供以外、誰ひとりとして相手を許す心は持てなかったね。自分を許す心もね。自分の求めるものが手に入らないということ、その事しか考えていなかった。手に入っていたものについては、手に入って当たり前だと思っていた。沢山持っていたものがあったのに、足りないことに意識を向け続けた。
何度生まれ変わっても同じってこともあるのさ。
たったひとつのことに気づければ、生きる方向、未来は変わるのに。恨む心に負けてしまうのが人間さ。
私はね、水面にひとつ石を投げるとどうなるか、よく知っているんだ。輪になって水面の波は広がっていく。実に面白い。君は、もう少しでこちらの世界に来るところだったんだけれどね。ちょっと見てみたくなったんだよ。君が自分自身でもう一度石を投げるつもりがあるかをね。
しかし君は不思議な子だね。限りなく純粋な魂の上に、何層にも、どす黒い皮を玉ねぎみたいに自ら重ねていっている。やりたいことがあるのに、他の人が喜ぶことをしようとする。したくないことがあるのに、他の人が望めばやってしまう。
自己犠牲は身を亡ぼすよ。誰も幸せになりゃしないさ。それが好きでやっていることではなくて、犠牲的だと思っている限りね。
自己憐憫も悪霊のおいしい餌だ。
一番驚いたことはね。弟を助けにここへやって来たと君が言ったことだ。何故だか分かるかい?」
主様が何を言わんとしているのか、百香が分からず黙っていると、
「じゃあ、教えてあげよう」
そう言ってお地蔵様は、あっという間に津曲先生の姿になった。
透ける真っ白なシャツが淡く金色に光って見える。百香が呆然としていると、津曲先生はその低い落ち着く声で話し始めた。
「君はねぇ、自分を正当化したいんだよ。自分は間違っていないってね。
いやいや、君は君の母親にそっくりのコピーだよ。君は本当は勉強は大嫌いだ。人に言われて仕方なくやっている。本当は怠けるのが大好き。できるだけ楽に人生を過ごそうと思っていた。
君の母親も全くそうだった。他人を喜ばせているつもりだろうが、それは偽善だ。相手が何を望んでいるか、本当の心を見ようとせず、自分の想像で相手が喜ぶだろうと思ったことをしている。
ほら、これであなた嬉しいでしょと、相手に汚れた刃を向けている。
だから相手が喜ばないと怒りだすんだ。やりたくないことをやるのは、頑張ったことを人から認めてもらいたいという浅はかな欲だ。
だから報われないとがっかりする。
この先、親の望むように生きたら、君、壊れちゃうよ。あの母親だもの。君がどれだけ稼ごうが褒めたりしないさ。もっともっと自分の考えを押し付けてくるよ。君以上に素晴らしい人間がひとりでも周りにいる限りね。
君のやっていたことは自己犠牲以下だね。弟を助けたいのは、弟の為じゃない。そのあとの自分の生活を想像したからだ。心が壊れる母親と暮らすことを心が拒否しただけだ。
今回は試しに、君と弟を同時に危うい状況にしてみたが、案の定、母親は弟しか見ていなかった。弟の名前を呼んだ。それを聞いて、君は完全に絶望したんだ。
どんなに頑張っても、相手のことを考えて行動しても、私は愛されない。私を見てくれる人はいない。かわいそうな私。
この世からいなくなってもきっとすぐに忘れられる。これも全て父親のせいだ。自分のことしか考えない母親のせいだ。
なんでこんな両親のもとに生まれたんだ。私はこんなに頑張った。なのに愛されなかった。
友達だってうわべだけだ。こんな世界、嫌いだ。こんな世界にいて何になるの。ここから離れたい。遠くに行きたい。
《このまま倒れたらどうなるんだろう》
それが君の最期の心の声だ。そういう自分の心に気づかなかったとは言わせない。何かきっかけさえあればよかったんだよ。だからきっかけを与えてあげたよ。
弟を助けにここに来ただと、笑わせるなよ。あちらの世界にいたときに、自分なんていなくていいのだと、自分は愛されていないのだと、生まれて来てごめんなさいと、何度自暴自棄になっていたか教えてやろうか。
君自身が何度もこの世界に来たいと願っていたから、この世界が君に近づいて来たんだ。
覚えているかい。特級の鬼に連れていかれた女。あれはまさに君だよ。君も気づいていたよね。因みに、悪霊に連れていかれた男性も君だ。ハザマの間にいた人間はみんな君だ。
誰もいなかったんじゃない。君のコピーがいくつにも姿を変えていただけだ。まだ続けるかい? 君の本当の姿」
「違う……私は、本当に弟を……」
「やれやれ、まだ分かってもらえないなら続けるしかないね。君はね、弟が生まれなければ良かったのにとまで思っていたよ。弟が生まれるまではそこそこ幸せだったのにとね。そういう醜い心を隠すために弟を可愛がっていたんだ。
学校では、人の家庭と比べて自分の家庭環境が劣っていると思って殻に閉じこもった。全てを周りのせいにしてね。本当に心配してくれていた友もいたのに、下に見られるのが嫌で心を閉ざした。彼らに嫉妬してね。
下に見られると君が思ったのは、君がそういう家庭の子供たちをもともと下に見下していたって証拠だ。
さらにやりたくもない勉強で上がった成績でもって、心配してくれていたかつての友達も見下した。成績を上げることの本当の意味、何故勉強するのかも分かっていやしなかった。
人から羨ましがられたり、褒められたりすることが喜びの強欲の塊だ。母親が、身を削って学歴だけは君に残そうとしているが、おかげで君は高学歴が何より尊いことだという固定観念を母親から植え付けられてしまった。
何のために学歴が必要なのかもわかっちゃいない。
君の母親は学歴があった方が、お金に困らないからと思いこんでいる。が、本心では人から馬鹿にされないためという単なる見栄だ。学歴があるからお金に困らないんじゃない。多くを学んだことで、人と違うことができることへの報酬なんだよ。だから学歴なんかなくったって、人と違うことができるまで努力して突き抜けた人間には報酬がついて来るんだ。
見栄っ張りの愚かな母に育てられ、君は生きていくうえで一番大切なものを見失っていった。母親は、学歴を君に与えるよりも先に教えなければいけないことがもっともっとたくさんあったんだがね。
このままでは君は自分が壊れるか、他人の人生を壊すかの二択しかなかったね。
もう少ししていたら、君は同級生をいじめる集団に加わっていただろうよ。君が犯罪でも犯したりしたら、親はどんな育て方をしたんだと世間からバッシングされるが、下手に学歴があれば、親はもっと非難されるよ。学歴を与えるより、もっと教えておくべきことがあっただろうにってね。
母親が悪く言われるのを見て、親思いの偽善者の君は、心を痛め自らの罪を申し訳なく感じるかもしれないが、あの母親は、自分のどこが間違っていたかなんて死んでもわからないだろうさ。あの子は変わってしまったと言われて終わりだよ。君はそれを直観的にわかっていたようだがね。
それでも君はそんな親に頼らないと生きていけないんだと思っていた。
そんなことあるわけがない。母親以外と生きていく方法を、自分の力で探そうとしなかっただけだ。考える力が無かっただけだ。頼るべき人間は、他にも大勢いたのにね。全くの赤の他人だって、君が本心から助けを求めれば、助けてくれていたさ。
こういうのを思考停止、って言うんだ。周りの意見が無いと動けないのさ。ひとり目に否定されても、ふたり目に否定されても、本気でその状況から脱出したいなら、訴え続けるべきだった。声に出してね。
そのうち、たったひとりの理解してもらえる人に出会えたかもしれなかったのに、君はそのチャンスも無駄にした。害にしかならない親なら、どうにかして早く離れた方がいいに決まってるさ。
親不孝を罵られても、それは相手の考え方だ。君自身が、自分はこう思うと言えればいいだけのことだった。
最悪なのはね、そんなに親に頼りながら、一緒にいる時のみすぼらしい母親を君は恥ずかしいとさえ思っていた。自分で稼いで生きていく方法は微塵も考えもせず、君は思考停止したまま他人の金で生きている寄生虫さ。
きらびやかで華やかな女性こそ素晴らしいと思っている。人を外見や条件でしか判断できない人間だ。お金があって着飾っている人が素敵な人だと思っていた。お金があれば何でも解決すると思っている強欲な人間さ。高級な食事をしたり、美しい容姿を持つ人や、高級な服を着ている人はそうでない人よりも上だと思っている。
上に立つ人の方が立派だと考えるのも、独りよがりの考え方しかできない親と、周りから与えられた固定観念だ。お金がいくらあったって、格が下の奴は下さ。
お金がある時には神社に行くけれど、自分の欲しいものを買ってお金を使い果たしていた時には、お賽銭を投げられないからという理由で神社にはいかなかった。お金がないとお祈りをするのは恥ずかしいと思っていたんだ。
何たる見栄っ張りだろうか。神様を冒涜するにもほどがあるね。神様たちは優しいから善行を褒めてはくれるだろうがね。私には、「神様はお金が多い方がたくさん願いをかなえてくれる」という考え方をしている君の底の浅さしか見えなかったよ。君は人よりもたくさん施しをできる人が立派だと考えているんだね。
おまけにその施しの理由は、願いをかなえてもらうという見返りを期待してのことだ。自分がして来た悪いことを全てチャラにするための罪滅ぼしときた。施しをいくらしたところで、色々な理由を作り上げて意思の弱い自分を正当化し、悪いことを隠すためにするような根っこの部分が腐った施しには、どんな金額を積もうが何の価値もないね。
自己満足っていうんだよ。そういうの。「ね、あなた嬉しいでしょ?」って、また汚れた刃を向けてね。君の世界の金やモノの尺度は、こっちじゃ無意味で無価値だ。
英語を学びたいのは人からかっこよく思われたいからというこれまた見栄っ張りな理由だ。だけど、かっこいいこととは程遠いことを平気でできる人間だ。
誰も見ていなければ、どこにでもゴミを捨てていける下品な心を持っているからね。そして黙っていれば何でも隠し通せると思っている。君の霊格のメモリは生まれながらに低いのに、それ以上、下げてどうするんだい?
君は自分のために何時間もかけて料理を作ってくれたおじいさんに、ありがとうのひと言も言えない傲慢な人間だ。食事が食べられて眠る場所があることが当たり前だと思っている。自分では1ミリも苦労していないくせにね。
そして心配してほしいから態度で示して、わかってくれアピールをする。口に出して言えばいいことを態度に出して周りを不愉快にしていることに気づいていないふりをしているが、実はわかっていてやっている迷惑な人間だ。
友達が悩んでいる時でも、いつでも自分の欲が優先だ。人を見た目で判断するから、男か女か、若いか年寄りか、流行に沿っているかどうかで、まず人を判断する。自分より立派かどうかを自分の小さな物差しで測り、自分より下だと思った人間の話は全く聞こうともしない。
あ、この先生のことはちょっとは尊敬していたんでしょう。だからこの姿なら君でもちゃんと話を最後まで聞くかなと思ってね」
主様は、笑わせるつもりで行ったのだろうが、百香は笑うことなどできなかった。自分をこんな風に考えたことはなかったのだ。
津曲先生の姿の主様は、百香の心に鋭いくさびを打ち続ける。
「君が無言で見下した相手は、馬鹿にされていたことをもちろんわかっているよ。口にしないだけさ。君はうまく隠したつもりだろうが、そんなものは相手にはすぐばれる。だからその相手は君のことを絶対に愛さない。だから君には欲でつながる相手はいても心を許せる相手ができないんだ。
何かのちょっとしたきっかけで崩れる人間関係しか持てないのさ。
君が馬鹿にされているから友達がいないんじゃなくて、君が周りの人間を馬鹿にして、あ、この人は親友になれないなと上から目線で見ているから、相手を深く知ろうともせず、相手の本質を知ることもできない。だから友達ができないんだ。
まぁ、ひとりで生きていけるなら友達なんかいない方が、業を増やすこともなく楽だけどね。その代わり徳を積むことも不可能だ。
相手の言うことに腹が立つのは、相手の言うことが正しいと分かっているのに頭が理解しようとしないからだ。厳しいことを言ってくれる人のことを聞けないでシャットアウトしてしまうのは、自分の方が上だと思っていたのに、相手の方が上だったと認めることになるのが嫌で、相手の言うことを理解しようとさえしないんだ。
いつだって自分が一番偉くて正しいのさ。君が間違ったことをしている時に叱ってくれ、辛いときに無条件で寄り添ってくれる人間がいるってことは、君がまだ愛されているってことだよ。
そういう人間が、ひとりでも傍にいるってことは、まだ君は人を愛せて、人からも愛される可能性があるってことだよ。さっきも言ったようにね、害のある友達ならさ、ひとりもいなくったっていいと思うけどね。最低ひとりは欲しいねぇ。君がこれ以上、この世界でのポイントを失わないように叱ってくれて、徳も積ませてくれる友達。君が無条件で愛せる友達だ。
無条件に相手に与える愛を知った人間ってのは本当に強いからね。学歴や、家庭環境、年齢や国籍や住んでいるところ、持っているお金や、身なりなんかに関係なく、その人がただ喜んでいる姿を見たい、そう思える相手は君にはいるかい?
君はいつも無言で相手を見下し遠ざけて来たか、「別に」という最も小ばかにした表現で相手を弾き飛ばしたんだ。相手を弾き飛ばしたつもりだろうがね、実際に弾き飛ばされたのは君の方だよ。
「なんでわかってくれないんだ?」っていう態度で示せば、心配して「どうしたの?」って聞いててくれるよねという浅はかな考えが見え見えだから、相手もうっとうしくてわざとそれ以上聞かないで無視するんだよ。一度そういうことをやると相手は君を遠ざける。修復は大抵不可能だ。
君が、自分で、自分を愛されない方に弾き飛ばしたんだ。
全てのシャッターを閉じてね。ほんと君って、君を育てた母親にそっくりに育ったね。
君が友人だと思っている人は、君にとって利用価値のある人か、一緒にいて楽しい気分にさせてくれる人のどちらかだ。
じゃあ、聞くが、君は彼らに何を与えられたんだ?
彼らにとって、君は利用価値があったかい?
君は彼らを心から楽しませたかい? 喜ばせたかい?
自分が幸せになることよりも、彼らのことを大切に考えたことはあったかい?
君は結局、自分のやりたいことばかり考えていたようだけどね。相手が何を求めていたか、聞いたことはあったかね。
相手が必要としているものを何ひとつつ与えず、何もしてこなかったくせに、私には本当の友達がいないとか、上から目線で考えいたようだがね。
ほんとに、君は君の母親にそっくりなんだよ。君の母親も何かにつけて自分の方が上でいたいという小さな物差しの考え方から死ぬまで抜け出せずにいたからね。その小さな物差しのせいでね。わかってほしくて無言になって態度に出したり、突然泣き叫んだりする。自分の意見を通したくてね。相手の本心を知ろうともしないんだ。
君が味方になって欲しいと願っていた母親は、まあひどい強欲人間だったよ。あんな人間、味方になってもらえなくてよかったじゃないか。
君の最大の問題点はね、難しいことがあると周りの友達や大人たちの話を全部うのみにして、うまくいかないときは周りのせいにして、自分の頭で考えようとしないことだ。考えることを面倒くさいと思っている。
だから、「なぜ? そうしたいのか?」「なぜ? そうしたくないのか?」を自分の口て伝えることができないんだ。人と意見が違うことで面倒が起こることが嫌だから何も言わない卑怯者だ。
言っとくが、君がいじめにあわなかったのは、君が強かったからじゃない。いじめるだけの《価値》がない人間だったからだ。
いじめられる子っていうのはね、人より特別だから、それを持つことができない人間に嫉妬されていじめられるんだよ。ただ可愛いとか、お金があるとか、ないとかの理由だけでいじめる訳じゃない、誰よりも純粋な心や能力を持っている人間はね、必ずそれを持っていない君のような人間に本能的に気付かれるんだ。
汚い心を持つ人間は、自分が絶対に手に入れることができない綺麗な心やその才能が許せなくて、どうでもいい小さなことに、大きな理由をつけたり、無視すんだよ。君のように、嘘の笑顔でね。
どんなに嘘の笑顔を作ったところで、相手には見え見えなんだよ。
家庭環境が関係していることもあるがね。基本的には、その人間の持つ醜い嫉妬心がそうさせるんだ。そういう意味ではね、君には嫉妬されるようなものが何もなかったってことだよ。
何なら、君は既にいじめに加担していた、嫉妬していた側ともいえるけどね。いじめられている子を見ても自分にとばっちりが来ると困るからという理由で無視していたんだからさ。
いいかい、言葉に出さなくても、私には君の過去にさかのぼって心字が読めるんだ。君が生まれてから今までずっとね。
もうひとつ、覚えておくといい、口に出して言う悪口よりも、口に出さない心で思う悪意の方が罪は重いんだよ。口に出さずに自分がそう思っているということを隠し、気づかれなければ非難されないという浅はかな考えで自分を守ってるつもりなんだろうが、そういうあさましい心が、最も人間の心と身体を食い尽くす悪霊に愛されるからね。
君の目に見えているものが全てじゃあない。
私には君に見えないものが全部見えるんでね。
さぁ、そろそろ思い出せたかい?
君は、怠け者で、自分も人も愛することができず、人を見下す醜い心を持ち、金が全てのあさましい人間のくせに、なんとか与えてもらった僅かな時間さえ無視して、この世界に自分で入ってこようとしたんだよ。
まだ十一歳でこれじゃあ、この先もう少し成長して色欲まで出てきたら、オールコンプリートで、最下層行き決定かもね。あ、この世界にも君の好きなクラス分けってのが合ってね。その中の最下層って意味だよ。
これからどれくらい罪を重ねることやらだね。それでもまだ生きていたいかい? 戻りたいのかい? 自ら投げ出した命なのにさ。変な話だ」
百香の心に渦巻く思いは深く、言葉が口から全く出てこなかった。
違う、違う……。私はあんな鬼に連れていかれたような女の人じゃぁない。あんな男の人じゃあない。私は、タカシが大好きで……でも……。
「へぇ、ほんとにそう思っているなら。もう一度チャンスをあげてもいいよ? 弟のために自分の命を減らしてください! と言った君の言葉に免じてね。それにしても弟に全部はあげられないっていうのが、強欲な君らしいね。君の命を何年分弟にあげるかは、これからの君を見て決めるとするよ。
絶望的だったけど、まだわずかに生への執着はあったんだねぇ。でも執着は身を亡ぼすよ。マイナス1ポイントだ。
本当は、あの日、自転車が風にあおられて、自ら頭をぶつけて倒れようとした君を見た時には、もう君は《ハザマの間》行きが決定的だったんだけどね。最期の最期に腕を伸ばして呼び鈴をつかもうとするとはねぇ。
それこそ君の意思、君の本当の心だった。
これからは、そうやって自分の頭で考えて、自分の心に聞いて、判断していくことだね。ああ、ここで見たことは、一切口外禁止だ。誰にも話してはいけないよ。
これからは記憶を消すなんて無粋なことはしないよ。だってその方がさ、こっちとしては面白いからね。約束を破った時は……わかってるよね?」
ともかく、合格。ということにしよう。というと、主様は再び光を放ってからお地蔵様の姿に戻った。お地蔵様になった主様は、立ち去ろうとして、一旦立ち止まり、振り返りざま百香に向かってこう言った。
「あのね。君の世界にあるお地蔵様、あちこちにあるでしょ? あれってさ、ハザマの世界からそっち側を覗き見るCCTV(監視カメラ)みたいなもんだよ」
お地蔵様はクククッ。と、しゃっくりをしたような声で笑うと、
「出口間違えないように気を付けてね」
と言い残し、部屋の奥へと姿を消した。
(第十七話へつづく)↓
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