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ストロベリーフィールド : 第二十七幕 赤い石、青の光と緑の光

空を飛ぶペガサスは、大人3人と小さな子の4人を背中に乗せても全く平気な様子で、そのピンクのグラデーションの羽を大きく広げていた。

ところが空を滑空した後にパンパスグラスの丘の少し手前で降り立つや否や、突然大きく嘶きはじめた。

「ごめん、馬語、分かんねぇんだわ。……ところでパトラばあ様、今度は一体何ごとです?」

経験者ルークが、げっそりした顔になったパトラをペガサスから降ろしながら心配そうに声をかけた。

と、小さな子、レオをを胸に抱いたまま固まったようにペガサスに乗っていたライラもそれに反応したかのように正気を守り戻して、ペガサスの背から慌てて転がるように飛び降りた。

それからライラは抱えていた眠ったままのレオを地面に放り出すと、そのペガサスの二本の角の間にかかるネックレス中央の《赤い石》に吸い寄せられるように歩み寄り、それに触れようと腕を伸ばした。

「≪守り人≫の石に触れるんじゃない!」

その声の主は、ルークだった。

その声にライラは肩をぎくりとさせて振り返り、固まった表情でそれに答えた。

手を止めたライラは嘶くペガサスを不思議そうに凝視しながら呟く。

「あ……早く赤い石に触れろと……。
そう、聞こえたからさ…」

嘶き続けていたペガサスは、経験者ルークと共に突然動きを止めると、今度はライラの方を凝視した。

ルークがふっと息を吐く。そしてゆったりとした動作で笑みを浮かべながら、今度は首をパトラへと回して問いかけた。

パトラはペガサスから降ろされた後は、ぐったりした様子のままで地面にしゃがみ込んでしまっている。

「パトラばあ様、もしや、このご婦人も精霊使いですか? どうやら精霊の言葉が聞き取れるようですが……」

「そうとも言うがね……もっとたちが悪い」

「たちが悪いって、どういう意味さ?!」

急に語気を荒げて眉を吊り上げたライラがパトラを睨みつける。

「ふん。言葉通りの意味だよ……」

そんなパトラとライラの様子を見たルークが、今度は低いトーンで声を発した。

「敵、という事であれば、ここで裁くことも……」

ルークが背負っていた刀剣の柄に手をかけたのを見て、ライラは慌てて後ろに下がり、気を失ったままの小さなレオを片手で再び抱えあげ、胸に付けたペンダントの先を反対側の手で強く握った。

「お待ち、ルーク。この女が抱えているのは見ての通りグリーングラスの人質だ。
切り札は、最後まで置いておくもんだ。
それに、この女が手の中に握っているあの水晶玉の中にもグリーングラスの少女がいる……これから役に立つはずの娘がね」

パトラにそう言われ、ルークは刀剣の柄から手を離した。
そして眉間に深い皺を寄せながら、ライラが握りしめているものを見極めようとした。

水晶玉の中にいたハンナの視界は、暗くなったり明るくなったりを繰り返しながら、目まぐるしく変化し続けている。ハンナは、耳の先端を大きく立ち上げ、湾曲する床に座ったままで壁にピッタリとつけていた。

そんなハンナの耳にルークの声が低く響く。

「どうされるおつもりですか? 話によっては、あなたにも従うことは出来ません、パトラ。我々はもう、あなたではなく、精霊の使いですから」

「ライラ……聞いたかい?
あんたがこのふたりに話をつけるんだ。あたしの仕事はここまでだ。約束は守ったよ…」

パトラはそこまで言うとどさりと音を立てて倒れ込んだ。それを見たペガサスが再び大きく嘶く。

経験者ルークが歩み寄り、ペガサスの頭の石に触れると、ペガサスは竜巻のように渦巻く風の中で守り人ジャックへと姿を変えた。

その様子を初めて見て呆気にとられていたライラに向かい、ルークが突進する。そうしてライラの手からレオを奪い取ると同時に、次は姿を変えたばかりのジャックが、パトラを抱えあげた。

ルークとレオ、ジャックとパトラの4人と、ライラひとりが睨み合う形になったところで、激しい風は天に昇り、ようやく収まった。

パンパスグラスの穂は、大きな列になって、うねる波を幾重にも重ねている。

実際には、4人対ひとりではなく、ライラの側にはハンナがいた。
ライラの胸のペンダントの中のハンナは、揺れる水晶玉の中で転がり続け、立ち上がることもできず、かろうじて両手を壁や床につけたまま、4人の様子を聞いていた。

「あなたの望みは何です?
ここは精霊の領域です。無礼は許しません」

ルークの強い語気に気おされて、ライラは少し上ずった声で叫んだ。

「そのチビを返しな! さもないと」

「さもないと?」

「この水晶玉を握りつぶすまでさ!」

ライラが、胸のペンダントを力を込めて握りしめた。

たちまちハンナの視界は真っ暗になる。

「その娘は人質なのでは?
切り札は、最後まで置いておくものですよ。
あなたはさっきのパトラばあ様の話を聞いていましたか? どうやら、知恵のないお方のようだ」

知恵が無いと言われ、学力コンプレックスの塊のライラは頭に血が上った。実際、ライラは学校になど行った記憶もない。

「うるさいっ! 早く、その子を返せ!」

「だから、何が望みかと聞いているのです。
事と次第によってはそれを叶えようと言っています。あなたは理解していないかもしれませんが、ここは全方位が精霊の領域。
私の呼びかけで、あなたを消し去ることなどは、いとも簡単なこと。
パトラの頼みで無ければとっくにパンパスグラスの餌にしていました」

パンパスグラスの餌……?

ハンナは聞き間違いかと思い、ガラスの内側から耳を密着させ、限界まで耳を立上げた。
相変わらず視界は暗いままだ。

しばらくの沈黙の後、ライラは4人と睨みあう姿勢のままで声を発した。

「ユラ様が予言をした……ここにとんでもないものが埋まっていると。
グリーングラスは、きっとそれに触れて自滅するはず」

「ユラ神……下級の能力者ですね。
それを予言とかいうもので見たということですか?」

ルークが淡々と尋ねる。

「下級だって? あんた、言葉を慎みな!」

「あなたは本当に自分の世界しか知らないようだ。怒りと恨みに囚われたままで、広い世界に出て来ていても思考の狭い枠から出ようとしない。

いいですか、精霊の世界ではユラ神は我らのしもべ。私達にとっては、我らの言葉を伝えることのできる単なる《ツール》です。

どうやらあなたは、ユラ神ではないようだ。
ユラ神ならは、我らのしもべであることは自覚しているはずですからね。我らにとっては、ユラ神は下級の能力者です。

あなたがたの種族の多くは、いつも自分たちの方が上だと思っているようですね。我々を従わせている、精霊を操っていると勘違いしている方が多すぎる。が、実際はその逆。

その無駄な戦闘意識をこちらに向けても、意味はありません。
この百年間、我らを守り続けたパトラに免じて、あなたの望みを聞かなくもない、と、言っているのです」

ライラは、悔しそうな表情をして唇を噛み、経験者ルークを睨みつけている。

ハンナは、小さな水晶の中で、ユラ神様が下級と言われたことにショックを受けていた。そして、
漠然とした不安が胸に渦巻き始めるのを感じ始めていた。

「なら、その隠されたものの場所に、連れて行け!」

ライラが水晶から手を離すと、ハンナの視界が明るくなった。ライラがルークを指差していることにハンナは気がついた。

「やれやれ、とても人にものをお願いする態度とは思えませんね。でも、なぜ?」

「予言を信じるからだ」

「この子をそこへ連れて行けば、グリーングラスが亡びるとでも?」

「ああ、それに、その子自身が行きたがっている」

「この子が?」

「ああ」

「誰が、この子をそそのかしたのでしょう?
一体誰がそんな嘘を。自殺行為です」

「知らないね。とにかく、その子も望んでるんだよ!」

ルークは話の真偽を見定めようと、ライラを見つめ続けている。ジャックは、地面にしゃがみ込んだままで、ぐったりしたパトラの頭を膝に乗せてうっすらと涙を浮かべていた。

ハンナは動かなくなったパトラが気になって仕方なかったのだが、パトラはわずかに目を開けて話を聞いているように見えていた。

「よろしい。では、その子をその場所へ連れて行きましょう。ただし何が起こっても、我々は責任を持ちません」

「……どういうことさ?」

「それは、グリーングラスに聞くべきではないでしょうか。我々にでなく。
我々は、勝手におき去られた迷惑な荷物を十五年程、お預かりしているだけです。その後の契約をしなかったのは、双方の想いがあってのことかと……」

そう言うと、経験者ルークは嫌味っぽい笑みを見せた。

パンパスグラスの穂が、一斉に揺れ始め、再び大きな穂の波を発生させる。

その時、何処からか、声が響いた。

「そのヒト種族的な考え方、いったいあとどれくらいしたら抜けるのかしらねぇ、ルーク」

声が聞こえる方へ顔を向けたルークの視線の先には、パンパスグラスの先の森で明るく光る青い光があった。

その光は水晶玉の中にいるハンナの目にも映っていた。ハンナの周りは、その光に共鳴するかのように青く光始める。
遠くにあった青い光の塊がゆっくりと近づいて来ると、ハンナの周りの色はより深く濃くなった。

経験者ルークは、その光の方向に向くと、慌てた様子で片肘を立てて跪き、頭を深く下げた。

「まぁ、まだ二年目ですからね。威張ってみたいお年頃っていうか、何て言うか……。
普段は守り人ジャッキーに話す時は、あんな風に上から目線な感じで話してはいませんからねぇ。
あんな風に精霊っぽく話そうとするのも、《経験者》なりたてあるあるですよ」

そう話す声は、天から降る声とは別の声で、青い光とは少し離れた場所から聞こえていた。

森の奥、パンパスグラスとの境から少し離れたところには、大きな牡鹿がいてハンナ達のいる方向を見ていた。立派なその角は、我こそが森でいちばんの主人だと言わんばかりの大きさだ。

ハンナの目にはどうやらその牡鹿が話をしているように映っていた。

近くに目を移すと、端正な顔立ちのルークが真っ赤な顔をしているのがハンナには分かった。
青い光に包まれた水晶玉の中で、そこだけが赤く光って見えている。

ジャックが、ここぞとばかりに声を上げる。

「僕……いつも馬とか、てめぇ、とか言われてて……ルーク最近すごく威張ってて……」

「おい、ジャック、お前……」

ジャックがルークに視線を向けたその時、青色の光は、液体が広がるように徐々に姿を変え始めた。その一方で牡鹿の方は、黄色の光に包まれていく。

青い光の影は、遠くからたなびく雲のように細長く触手のようなものを伸ばし、手の指でルークの口にあてるように『黙りなさい』というポーズをした後、今度は黄色の光の方向、牡鹿に向かってたなびき始めた。

「そう言えば、あなたもそんな感じだったわね。あの最悪な時期、思い出しちゃった」

「うわ、余計なこと言うんじゃなかった」

黄色の光に包まれていた牡鹿は、そう言うと、二本の後ろ足で立ち上がり、青の光と一体となると今度は身体に沿った緑の美しいドレスをまとったヒトの姿に変わった。

大きなウエーブの長い髪が光り輝き、その周りには細長い青色の雲のような光がゆらめいている。

青の光と黄色の光が混ざり合う部分が深い緑色へと変化する。影は一つだが、二種類の声が聞こえている。

「あなたが、あの箱を、その子に渡したい理由はなんでしょうか?」

青と黄色の光が生き物のように動く様子に驚いて目を大きく見開き、言葉を失っていたライラに向かい、遠くから大きな青の光の塊が尋ねた。

「……訳も無くそんなことをするとは思えないので、聞いてみたのですが。
どうやら大した理由もなさそうですね、ルーク」

光が揺らぎながら消えようとした時、ようやく我に返ったライラは言葉を発した。

「あ、あの国を……滅ぼしたいんだ!」

消えかけた光は、元の大きさに戻り、また二つの光となり、重なり合う。

「滅ぼしたい?」
「どうして?」

「あの国が、私の国を滅ぼしたからだ!」

「それで?」
「滅ぼした後は、あなたはどうなりますか?」

「それは、分からない。でも、恨みを晴らせる」

「それで?」
「恨みを晴らせば、あなたどうなるのでしょう」

「さ、さあ、それは、やってみないと分からない」

「それで?」
「やってみて、あなたはどうなるのでしょう」

「だから、わからないさ! とにかく、あたしはすっきりするんだ!」

「それで?」
「すっきりした後、あなたはどうなるのでしょう」

ライラの顔は、みるみる真っ赤になった。

「何なんだよ、あんたたち!
先のことなんかわかりはしないさ!
とにかくこれまでの恨みを晴らしたいんだよ!」

「あなたに滅ぼされる予定の国の人々とは、どのようなお知り合いでしょうか?」

「え? 知り合い……って、そ、そんなこと、あるわけない!」

「では全然ご存じ無い人ばかりを、消し去る意味は?」
「同じことを何年もやり続けるのは結構ですが、これ以上、こちらの領域を犯すことは許しません」

「とにかくあいつらが消えれば満足なんだよ!」

ライラが、そう言うと、青と黄色の光は、一度大きく立ち昇り、質問を変えた。

「あなたが消したいのは、本当にグリーングラスでしょうか?」
「本当の望みを聞いているのですよ?」

「消したかった相手はグリーングラスの見知らぬ人たちでしょうか」
「本当に?」

ライラの顔は、醜く崩れてゆく。

「そうさ。だから、必死で耐えてきた、その恨みを晴らすんだよ!」

「それで? その先のあなたは?」
「どうなりますか?」

「うるさい、うるさいっ!」

「うるさい?」
「それはあなたの方です」

「あんたら、グリーングラスの肩を持つのか?」

「私たちは、あなた達の、どちらにも興味はありません」
「そのとおり」

「あたしの一番の望みなんだ。そのために生きてきたんだ……」

「あなたの一番の望みは、それではない、と思うのですけれど?」
「あなたの叫び声が、ずっと聞こえている……」

漂いながら色を変えていた大きな緑の光は、そう言うと完全にまた二つに分かれた。ライラはもう言葉が出ない様子だ。

「認めてもらいたかったのですね……」
「自分のことを、知って欲しかった……」

「下級のしもべ……として」
「けれど、その願いを叶えるために私たちの世界を脅かすのであれば、話は別……」

「変わらず恨みを持ち続けられる力には感服します。素晴らしい呪いの力」
「けれど、その先を考えた気配がない」

「恨みを晴らすことだけが生きる目的そのもの。だからその目的を失った時、あなたには、もう思いつく未来はない」
「つまりそれから先は必要ない?」

ライラの脳裏に、ふと、パンを焼く自分の姿が浮かんだ。コーヒーを淹れカフェオレを楽しむ。
そんなつまらないことが、ライラの頭に浮かんだたったひとつの事だった。

「なるほど……」

青い影が呟いた。

「では、あなたの願いと引き換えにあなたの最も大切なものを頂きましょう。
その結果がどのようなものであれ、それはあなたの選択」

うずくまるようにしていたパトラが、いつの間にか上体を持ち上げ、ルークと同じように片膝を立て、ひれ伏した姿になっている。

そして、パトラは切れ切れの言葉を発した。

「森の神よ……どうか数々の無礼をお許しください。どうか……この国から……去られることの無きよう。私たちと共に……ここを守り続ける力、を……」

そのパトラの声に、青と黄色の光は、重なり合い炎のように高く舞い上がった。
ハンナにはそれは怒りの炎のようにも見えた。

水晶玉の中のハンナの周りにはどこまでも続く青色の世界が広がっている。青色の液体の中に浸かっているような感覚で、ハンナがその光の中で前後に動くと、その動きに合わせてとその光は輪を描いて揺れた。そしてその光は、少しずつ熱を持ち始めている。

ハンナの耳に届く震えるようなふたつの声は、地の底から響くようだった。

「この者の願いを聞き入れることで我々との誓約を破ったのは、あなたです、パトラ」
「それから、この村を、森を、守っているのは、あなた達でなく、我々です、パトラ」

「私は……この者をここへ導きました。どのようなお叱りも受け入れましょう。
ただ、私達はここに埋められたものを埋めた国へ返すだけで、他には何も望んではおりません。
それはこの国には、もう不要なもののはず」

揺らぐふたつの光は、大きく揺れた後、ゆっくりと分離すると、今度は青い光と緑の光のドレスをまとったふたりのヒト型の姿へと形を変える。

「では良いのですね? 他には何も望まない、と?」
「では、その証を……我々のもとへ」

「証……?」

パトラは、引きつった顔で浅い呼吸を何度も繰り返した。

「新たな《経験者》と《守り人》を、我らへ」
「お前は分かっているのでしょう。
これからこの森を守るために必要な二人を」

「けれど、まだこの子たちは……」

「七つの石など、あなたが時間稼ぎをするため、子供たちを悪霊から守るためのただのまやかし。

というよりも、小さな精霊たちとのちょっとした条件付き誓約。そんなことは、我々には最初から分かっています。

私達はずいぶん長くあなたのお遊びに付き合ってあげました。未熟なままでも、我々に不都合はありません。

むしろ未熟なものが、どのように精霊と関わってゆくのか、そちらの方に興味があります。
今だって、そのジャックという守り人はどうにも未熟ですか、十分我々の役に立っています」

そう言うと、青の光は、そのたなびくような煙となった人差し指をライラのペンダントへと向けた。

鋭い光の糸が刺すように真っ直ぐに光る。その光がライラの胸に到達し水晶を貫いた途端、ライラは苦しそうに胸を押さえて倒れ、ピクリとも動かなくなった。

ジャックに抱えられている小さなレオは、相変わらず意識を失ったまま眠るように穏やかな顔をしている。

ペンダントの中にいたハンナは、突然の出来事に体のバランスを失い、目を閉じることもできず、目の前が光の残像で真っ白になっていた。

水晶玉の端から小さな亀裂が広がってゆく。
と、突然に音を立てて粉々に砕け散った。

水晶玉の中で、身体を回転させていたハンナは、ガラス玉から放り出された途端にもとの大きさに戻り、レオが眠る地面の横へと投げ出された。

「さあ……パトラ」

そう青い光に促されたパトラは、ゆっくりと立ち上がりハンナの元までやって来た。そして目に涙を浮かべながらハンナの頬を優しくなでた。

「パトラばあ様、大丈夫?」

心配して問いかけるハンナに頷きながら、パトラはハンナの手を取った。

「許しておくれ、いや……許さないでいい」
パトラの小さな囁くような声がハンナの耳に届いた。

ルークとジャックは、少し悲し気な顔つきで横を向いている。ハンナは、その様子をただ見つめていた。その手をパトラに預けたままで。

パトラは眠ったままのレオとハンナの手を取り、自らの掌の上に重ね合わせると、かすれるような声で呪文を唱え始めた。

《パンパスグラスの精霊たちよ。
我らの証、この者たちを捧げましょう。

この者に《経験者》たらしめる力があり、
この者に《守り人》たらしめる力があり、
捧げるにふさわしき我らが魂であるならば、
精霊の光と力をこの者たちに与え給え……》

パトラの古代の言葉が宙に広がる。

祈りの言葉と共に、ハンナの手の指輪の中央に赤い石が光り輝き、あたりはさらに強烈な閃光に包まれた。

パトラがその光輝く指輪をハンナの指から外し、両手で天高く空に掲げた。その赤い石に向かって宙から光が降りてくる。その白い光の中でハンナの手と重なり合っていたレオの指輪は、一斉に色とりどりの七色の石が輝いたかと思うと、すぐに粉々に砕け散って、中央の赤い石だけが残った。

嗚咽を堪えながら、パトラは天高く掲げていた指輪をハンナの左手指にはめた。その瞬間、ハンナの全身に焼けるような衝撃が走った。

ハンナは一瞬、痛みのあまりに気を失ったのかと思ったが、強烈な痛みが引いた後には更に巨大な水晶の中に身を置いたような感覚を得ていた。

それはまるで巨大なスクリーンを前にして、浮遊しているような感覚だ。
身体全体が宙に浮いているようだった。

そうして、その白黒のスクリーンに映像が少しずつ広がり始めると、ハンナの目の前のその画像は少しずつ色を付け始めた。

第二十八幕へつづく


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