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2017年11月、福島。双葉公民館

その後双葉を案内してくれたOさんの自宅へ向かう。ここも塀が傾いたままだ。

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昔ゴーストタウンと言って更迭された大臣がいたように思うが、その言葉は間違ってないと思う。ただ、政治家がそれを言ってはいけない。そんな街にしてしまった責任があるのだから。

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Oさん宅では、東電に抗議するメッセージを背景に、写真を撮らせてもらいました。屋内にも上がらせてもらい、生々しい震災直後のままの光景を目の当たりにしました。仏壇に線香を供える大沼さんの背中にはグッとくるものがありました。

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家の中の時計は14時46分で止まったままだった。

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Oさんの家の中は0.4μSv/h前後、屋外に出ると0.7μSv/h前後あった。

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双葉町体育館

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6号線沿いの、有名な「原子力明るい未来のエネルギー」のアーチがあった場所にも行きました。今は撤去され跡形もありません。アーチの脇にあったOさん所有のアパート。

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警備員用の仮設トイレが置いてありました。無断で自分の敷地に仮設トイレが置かれ、僕ならば激怒して行政にクレームを入れたかもしれません。

Oさんが掲げた抗議の写真パネル。

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新たな未来へ

双葉の悲しい青空よ
かつて町は原発とともに「明るい」未来を信じた
少年の頃の僕へ その未来は「明るい」を「破滅」に
ああ、原発事故さえ無ければ
時と共に朽ちて行くこの町 時代に捨てられていくようだ
震災前の記憶 双葉に来ると蘇る 懐かしい
いつか子供と見上げる双葉の青空よ
その空は明るい青空に

なみえタクシー

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双葉公民館

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ここで警備員の人に話しかける。広野のアパートから毎日通ってるという。防護服に身を固めた僕らと、普通の作業着にマスクだけで仕事をする警備員。奇妙なコントラスト。

橋の向こう、国道6号上のあのガソリンスタンドは、帰還困難区域で営業している。

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この寺が崩れるのは時間の問題だろう

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このお寺は、国道6号からほんの少し裏に入ったところにある。

そしてその脇のまどか保育園へ向かう。

<続く>


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