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ムスコが帰省してお料理三昧の1ヶ月。

大学3年生のムスコがクリスマス休暇で1ヶ月帰省した。料理三昧で楽しかったのなんのって。ちょうどオミクロンが荒れ狂い始めた頃だったから、閉じこもりを覚悟で材料を買い揃え、バタバタと周囲で陽性が乱発する中takeoutをせず外食をせず、家で作って食べ続けた。

こういうのはやっぱりアナログがいい。紙と鉛筆、そして消しゴム。

作ろうと思う(ムスコが食べたいという)メニューを書き出し、冷蔵庫の中の材料を頭の中で反芻しながら、この日にコレを作って余って、それを副菜にするとしたら、次の日はアレを作るかな、残りをランチに食べるのならちょっとアレンジして、ランチにソレを食べるのならディナーはコレ、などと考える。楽しい。ムスメは偏食なので、それも念頭に入れてムスメ用アレンジも捻り出すことができるのは、私に料理の腕があるから。

例えば、二人ともチキンカツが好きだ。私は揚げ物が苦手なので、オーブンで焼く。コツは、パン粉を色づくまでフライパンで焼いておき、そのパン粉をまぶしてオリーブ油をふりかけてオーブンで焼く。焼いてないパン粉を使って焼いてもカリカリにならないのだ。チキンカツは少し多めに作っておいて、残りを冷凍しておく。それをムスコにはチキンカツ丼にし、ムスメにはトマト味のパスタソースをかけチーズを振りかけてオーブンで焼き、Chicken Parmigianaに変身させる。パスタを添えて食べてもいいし、ロールパンに挟んでもいい。

旅行したり実家に帰ったりすると、食べることが楽しみで、一日三食をどこで何を食べるかと計画し、あと何食残っているか、などと一日中食べることばかり考えていて、ムスメに嫌がられ親に笑われる。普段は朝食は超軽めかスキップして、昼食と夕食をガッツリと食べるので、旅行先での三食というのはかなりお腹に辛いから最近は二食しか計画しないようにしているが、あと一食あればあれも食べられるのに、と悔しいことも多い。

帰省してまもなくして、ムスコも、一日中お腹が減らない、と言い出した。そして、ある日は朝から予定が詰まっていて食べる暇がなく、お腹が空いて死にそうという事態になり、それぇっと一気にランチ、おやつ、そら夕食だぁと立て続けに食べさせて、デザート何にすると聞いたら、

「あんなにお腹空いてたのに、いつの間にかもう一口も食べられないくらいお腹いっぱい….」

と情けなさそうな顔をする髭面のハタチ青年。

数日しか帰省できないと、リクエストされる料理は決まっている。一か月あったから、彼が思い付かないような料理までメモに追加して、一つ残らず作りきった。友達と出かける予定もあったのに、幸いだか最悪だかオミクロンの嵐で、約束していた高校時代の仲間3人のうち二人が陽性になり集まる予定が中止になったとか、会うつもりだったのに数日後にクリスマスでお祖父さんに会いに行くから、リスクを取るわけにはいかなくなったとか、次々とキャンセルが入り、私はせっせと作って食べさせ、ムスコはウホウホと幸せそうにお腹いっぱいの毎日を過ごした。

ムスコはルームメート4人と暮らしていて、彼ともう一人が手分けして週に数回料理をする。残り3人の親はほとんど料理をしないで彼らを育てたらしく、大学に行ってから料理を始めたムスコが彼らに紹介した日本のカレーやドライカレーやうどんを、毎週指折り数えて心待ちにし、キッチンから美味しい匂いがしてくると、それぞれの部屋から顔をのぞかせる。「できたぞー」という一声と共に、お互いを押しのけ合い突き飛ばしあって、鍋に突撃する。二十歳の青年5人だから、食べる量が凄まじい。朝から絶食して楽しみしていた全員が動けなくなるほどお腹いっぱいに食べ、「来週のカレーまであと7日」とつぶやくらしい。

ムスコの手料理。男5人分のドライカレー。私は「こくまろ」「とろける」を好んで使うが、彼はゴールデンカレーに乗り変えたらしい。それもよし。

料理をするようになったからこそ、蓮根と牛蒡の切り方次第できんぴらの歯ごたえが変わることも教えられたし、ごま油の威力も理解させることができた。

もう包丁さばきもお手のものになったムスコが、夕食を作ってくれた。彼バージョンのドライカレーと、ソーセージのパスタ。イタリア人の友達から教えてもらったという、ナツメグの効いたパスタソースは大地の味がした。うわぁ、ナツメグってこんな味になるんだね、美味しいねぇ、というと、ムスコはとっても嬉しそうだった。そんな彼に、ミートローフとチリコンカンのレシピを持たせた。

レシピを共有しないのは、料理人として悪に所属すると私は思っている。違う人間が作る限り、まず同じ味に仕上がるわけがないのに、絶対に秘密にしてレシピを教えない奴がいる。お前の料理人としての腕は、一つのレシピを明かしただけでその価値を失うような代物なのか。

ドライカレーのレシピは、実は中学高校時代の男友達のお母さんのものである。一人暮らしを始めた大学時代に「作ってみてくれよ、スッゲェうまいんだよ」と、頼みもしないのに教えられた。そして、数年前に亡くなられた彼女のレシピは、海を超えてアメリカ東海岸で、私の手でこのあたりに住む友達に紹介され、彼らも自分で作るようになった。大学生になったムスコがルームメートに作って食べさせている。そうやって、お母さんはもうこの世にいなくなっても、彼女のレシピはちょっとずつ味を変えて、世界中を美味しく飛びまわり続ける。なんて素敵なんだろう。

ムスコが大学に行き自炊を始めた時、彼が好きな義母のレシピをプレゼントしたら喜ぶと思うよと、義母に提案したことがある。"I can do that."と彼女は答えたが、あれはその場しのぎの社交儀礼だったらしい。食べたければ会いにこい、とでも言わんばかりに、彼女はいまだにレシピを渡さない。人間が小さすぎる、と私は思う。

自分の好みに改良していっても、ムスコは「これはMomからもらったレシピ」と作るたびに思うだろう。忙しくなって会いに来れなくても、あのドライカレーを作りながら、私のことを想ってくれるに違いない。

さっそく作ったらしいチリコンカン。豆の量が私のよりも多い。
「へぇご飯の上にかけて食べるの?」「そういうものらしい」「ほぅ」

一ヶ月間手料理攻めにした効果か、大学に戻ってからせっせと作っている様子。嬉しいねぇ。シアワセだなぁ、私。











ただただ好きで書いています。書いてお金をもらうようになったら、純粋に好きで書くのとは違ってくるのでしょうか。