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久米島紀行②球美の島、ロマンの香り

久米島の海の魅力といったら、多彩な海の生きものたちの生命力に触れられるところだ。
しかし、いつも会えるとは限らない。

例えば、大きさが25㎝ほどのアジの仲間のギンガメアジだ。
ギンガメアジの群れを初めて見たのが久米島だった。

視野のはるか先、うっすら見え始めたギンガメアジの群れは薄暗い海の中、控えめな銀色のカタマリで時折、太陽の光に反射されキラリと本来の美しさを見せた。
群れに近づくにつれ、徐々に個々の集団だと認識できる。ギンガメアジが泳ぐ速度と同調するように、そこだけ水が動いていた。水の流れが聞こえてきそうな大量の水が目の前を通り過ぎる。群れは渦を作り、渦そのものが1つの生き物のように、うねりを生み出す。
群れに触れようとして近づくと、小学生の時やった砂鉄に磁石を近づけるとパラッと形を変える実験を思わせる変化でスルッと避けていく。
いつかギンガメアジが放つエネルギーの真ん中に入りたい。

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真冬の久米島の海といえばクジラである。

夏をアラスカなどで過ごしたザトウウクジラが繁殖や子育てのために沖縄にやって来る。

北風が耳を真っ赤にする1月の久米島の海に分厚いウエットスーツの下に同じ素材のフード付きのベストを着こんで飛び込む。
亜熱帯地域の沖縄とは言え、冬は寒い。
外気温度よりも水温が高いので、潜っている時の方が暖かいが、海から上がると全身ずぶ濡れの体に容赦なく北風が刺さる。唇が震え、泳ぎ疲れた全身の筋肉を硬くして耐える修行だ。
修行は辛いが、クジラの鳴き声が聞こえてくると、疲れを感じるフィンを蹴る足にも気合いが入る。

海女のおかあさんが被る、あの類いのフードを被っていても聞こえる「キー、キー」という鳴き声に、360度目をこらす。
声は聞こえど姿は見えぬ。
自らの呼吸の音と音のあいだに巨大な生命の声を聞くと「あぁ、もう近くにあの巨体がいるんだ、会いたい」と目をギュっとつむり、声の聞こえる方向を探る。声は近くなったり、遠くなったり。しかし、確実に近くにいる実感を味わうダイビングはロマンである。

まだダイビング初心者だった頃、こんなことがあった。
当時、久米島の海をガイドしてくれていたのはダイビングインストラクターの寺井さんである。
現在、古民家ダイビングショップのオーナーだ。
寺井さんのガイドで太陽がサンサンと注ぐ浅瀬をのどかにダイビングしていた時、寺井さんは初心者の私に立派なイソギンチャクと同居するクマノミを見せてくれた。イソギンチャクは適度に太陽の光を受けて美しく、クマノミは私に見つからぬようにパパっと泳ぐ。
可愛らしい海にうっとりした。

気分良く船に上がると、一緒に潜っていた女性ダイバーのお客さんが、ずぶ濡れの髪型を気にする様子もなく少し興奮気味に「頭の上をハンマーが通ったんだよ!!身振り手振りでみんなに教えてたのに、みんなクマノミに夢中で気づかないからさぁ」と初対面とは思えぬ距離感で叫んだ。
海の中で何かを伝えたいのに伝わらないのは、こんなにも人を歯がゆくさせる。

ハンマーとはシュモクザメの事で、久米島では冬場に遭遇する確率が高い。
しかし、冬の風物詩であるシュモクザメに夏も目前、水温が上がった久米島の海でニアミスするなど奇跡だ。

いつどこに現れるか分からぬ大物達はロマンの香りを漂わせ、今も久米島の海を回遊しているに違いない。

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