琉球古典芸能コンクール2021・その③琉球新報ホールで見たもの
私は、第55回琉球古典芸能コンクール歌三線の新人部門に出場するため那覇いた。
今回のコンクールでは師匠を含む2人までの付き添いが認められており、旅行気分丸出しで、ちゃっかり夫もついてきた。
コンクール当日、琉球新報ホール近くのコンビニに入る。緊張がほぐれるかもしれないと、ストレス軽減効果のあるチョコレートを両手に握りしめ、買うか買わぬか悩んでいた。
「にこ千鳥さん!」
同じ三線教室に通うKちゃんだ。
Kちゃんは都内で学校の先生をしている。実は同郷だ。
Kちゃんの顔を見たら気持ちが緩んだ反動だろう「ストレスに効くっていうから、お守りがわりにね、ハハハ」っと聞かれてもいないチョコレートを買う理由をダラダラと説明した。
「ストレス軽減は大事ですからね」っと、穏やかな笑顔だったが、コンクール終了後に彼女は「あの時のにこ千鳥さんの顔、真っ青でヤバかったですよ。」っと爆笑していた。
私の演奏はその日のラストだ。
青の着物に濃い紫の袴に着替えると「いよいよ本番だ」と心臓がキュッと鳴る。
控え室のモニターでは舞台の様子が映っている。スポットライトが舞台の隅々まで照らされ、広大な土地にポツンという印象だ。
よくもまぁ、コンクールを受けたいなんて、大それたことを言ったものだ。ビビっている思考回路がいつ暴走してもおかしくない精神状態の中、時折「ふーっ」と長めの息を吐き、本番までの時間を過ごした。
順番が近づき、Kちゃんと舞台袖に移動する。目指した場所がすぐそこまで迫っていた。
順番が私の1つ前のKちゃんの演奏が始まる。声量の豊かさにハッとする。
山内先生が舞台袖で正座をしてKちゃんを見守っている姿が美しすぎて、次が自分の番だということを忘れ、見とれてしまった。
やがて静かな時間の先に私の番号を呼び出すアナウンスが流れ、マスクを外しステージに向かって歩き始める。舞台中央の座布団に座わり、お辞儀をして顔を上げると海底の薄暗い静寂に似た無観客の客席と審査員の先生方が見えた。
歌持ち(前奏)が終わり、歌い出すと呼吸が爽やかに全身を駆け巡る。なんだこれ、気持ち良いじゃないか。果てしなく続く海底に私の声が染み込んでいくように声が会場全体に響く。体と気持ちが落ち着いていて、緊張が声や手に伝わらない。さっきまで暴走しそうだった感情にはぴっちり蓋がされたままである。
曲の後半部分が始まると目の前の世界が一変する。
黄色みがかった照明が風にサラサラ輝く。
稲だ。
稲穂が黄金色に頭を垂れた稲が奥行きを広げ、豊作を知らせている。審査員の先生方が真積みされている米俵を目の前に祝杯をあげてる。思い描きたかった景色の中、私の4分50秒が過ぎていった。
実際、肝心の演奏自体は完璧とは言いがたく、出だしでの失敗や弦を押さえる指の位置の修正が最後まで出来なかったり、高音の声が割れたり、未熟さが目立つ歌三線だった。
それでも曲が終わりに近づくと「あぁ、もうこの美しい場所から立ち去らなければならないのだ」と一抹の淋しさを覚える。
演奏が終わり、舞台袖で待っていてくれていた山内先生とKちゃんの笑顔を見て、やっと私の挑戦が終わったのだと実感することができた。
そして5日後、合格発表があり無事に新人部門で合格をいただいた。Kちゃんも合格だ。
私が琉球新報ホールで見たものは黄金色に眩しく美しい世界だった。
そういえば、コンクール当日にモニターで見ていた夫から「曲の後半、色々想像したでしょ?一瞬三線が止まるかと思ってヒヤヒヤしたよ。」と、さらに私の演奏を収録したDVDを観た父は「後半、良かったねぇ」って、私の想像はじんわりと画面を通して伝わっていそうだな、しめしめ。
さあ、通過点は通りすぎた。まだ見たことのない世界に向けてスタートしよう。
コンクール当日に握りしめたチョコレートは結局、封を開けることなく、パッケージの中でこれでもかというくらいに溶け、濃厚ホットチョコレートドリンクになった。
千葉の自宅の冷蔵庫でキンキンに冷やし固め、大きな塊になったチョコレートを合格者が掲載されている琉球新報を見ながらボリボリ食べた。
おわり。