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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ⑥

伝統と革新の京都を目と舌で味わう

今回の行き先
THE HIRAMATSU京都

え、ここがホテル? 約束の時間にメモの場所に行くと、案内役の西澤崇雄さん(日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ)が建物の前で待っていた。西澤さんがいなければ、呉服屋か美術商かと思って通り過ぎたかもしれない。

訪れたのは2020年3月に開業した「THE HIRAMATSU京都」。日建設計が設計の中心となって実現したラグジュアリーホテル。京都の町家を改修・増築したものだ。運営者は、食通の間ではよく知られる「ひらまつ」。このホテルにもレストランがあって、西澤さんは建物の見学後に、食事を御馳走してくれるという。今回も「おいしいリポート」になりそうだ。

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商業施設には見えない外観

場所は京都市営地下鉄・烏丸御池駅から徒歩約3分、烏丸通の西に並行に伸びる室町通沿い。さほど広くない通りだが、祇園祭では山鉾が引かれる“ザ・京都”ともいえる場所だ。

そんな場所にふさわしい、いや、なじみ過ぎでは?と心配にすらなる、商業施設に見えない外観。地上5階建てで、低層部分は誰が見ても京町家。上部は黒っぽい木桟のようなもので覆われており、背景のようだ。

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写真1 アルミルーバー

後で設計担当者の小畑香さん(日建設計 設計部門シニアプロジェクトアーキテクト)に聞いて分かったのだが、これは木桟ではなくアルミの鋳物で、あえて色がばらつくように表面を仕上げたのだという。確かにこんなにたくさん木桟を使ったら後のメンテナンスが大変だし、単色のアルミの棒だったら無機的に見える。その解決のために、現代の技術で京都らしさを生み出しているわけだ。

単なる保存でなく、京都らしさの「増殖」

「現代の技術で京都らしさ」と書いてみて思ったのだが、この施設はすべてにおいてそう言えるかもしれない。

引き戸を開けて建物内に入ると、右手(北側)に商家の待合空間のような土間空間。ここがフロントだ。入り口から西に直進すると、いかにも京都らしい通り庭(走り庭)が伸びる。どちらも太い木材の柱や梁が露出しており、迫力がある。

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実は、もともとあった町家を保存したのは、「表屋(おもてや)」と呼ばれていたフロント部分だけ。通り庭は、かつての木造部材を使いながら、同じ位置に再現したものだ。

この敷地には明治期に建てられた木造の町家などがあったが、老朽化が激しく、すべてを使うことはできなかった。そこで設計チームは、室町通(東)側に面した表屋を補強・改修して残し、ほかは明治期の「記憶」を継承することにした。その象徴ともいえるのが先ほどの通り庭で、このほかに室町通側の「表庭」、西側の「中庭」も明治期の位置に再現した。西奥にあった2棟の蔵も、同じ位置で再現した。

単なる京都らしさの「保存」ではなく、京都らしさを「拡張」させたプロジェクトなのだ。

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レストラン内では自立した木造架構を見せる

ホテルの客室は全29室。建物内は、数寄屋建築の工房として国内外に知られる中村外二工務店(京都市)の中村義明氏が監修し、客室内は同氏の指導の下、IAT一級建築士事務所(大阪市)が内装設計を担当した。伝統の中に現代性がほのかに漂う空間だ。

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写真2 ホテル客室

ホテルにはレストランが2つある。いずれも1階の中央部分で、やや小さめの「割烹 いずみ」と、広めのイタリア料理「リストランテ ラ・ルーチェ」が東西に並ぶ。そして2つのレストランをまたぐように木造の柱・梁が架かる。この位置にあった木造架構の一部を再現したのだ。室内に自立した木造架構が立っているインテリアは見たことがない。

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写真3 割烹いずみ

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いよいよ「おいしいリポート」!

そして、お待ちかねの「おいしいリポート」。今回いただいたのは、イタリア料理「リストランテ ラ・ルーチェ」のディナーコース。

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イラストは、序盤の前菜の盛り合わせ。「鮪と松茸のカルパッチョ」と「季節野菜のグリリア 柴着けバーニャカウダーソース」だ。筆者は前菜だけでノックアウト。「季節野菜のグリリア」(上) はそのままでも十分おいしいのに、これを付け食べする「柴漬けバーニャカウダーソース」(左下)ってイタリアなのか京都なのか……。ソースだけでもずっと食べていられる。

この「柴漬け+オリーブオイル」に象徴されるように、続くメニューもひと癖あって記憶に残る味だった。

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写真4 料理

ひらまつ初の都市型ホテル

「THE HIRAMATSU 京都」の総支配人はこう話す。「オーベルジュ(郷土料理のレストラン付きのホテル)からスタートしたひらまつにとって、ここは初めての都市型ホテル。京都の伝統的文化を伝える空間で、食を中心とした、ここだけのおもてなしを体験していただきたい」。

個性的な建築の中でも総支配人が特に気に入っているのは、「庭の見え方」とのこと。確かに、フロントから見える表庭をはじめとして、ホテルの廊下から見える中庭、客室から見える坪庭など、「切り取られた庭」が印象的だ。大きな庭を全面ガラスでバーンと見せるのではなく、小さな庭を効果的にトリミングして見せるのも、京都の伝統の技だ。

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料理も建築も「伝統と革新」は表裏一体なのだ、と改めて思う。

2つのレストランは宿泊者以外でも利用できる(ディナーのみ)。西側に再現した蔵はバーとなっており、レストラン利用者は蔵の中も見られる。
「レストランご利用でご来館の際には、フロント周りも内覧させて頂きますので、どうぞお気軽にお声掛けください」と総支配人。「今はちょっとお金が……」という人は、いつかの宿泊のために、まずは、食事で空間を味わってみては。

■建築概要
所在地:京都市中京区室町通三条上る役行者町361
完成:2020年1月
開業:2020年3月18日
事業主:NTT都市開発
ホテル運営:ひらまつ
基本設計・実施設計監修:日建設計
実施設計・施工:大林組
内装デザイン監修:中村外二工務店
レストラン内装設計:小谷敏夫設計事務所
客室内装設計:IAT一級建築士事務所
構造:鉄筋コンクリート造・一部木造
階数:地上5階
客室数:29室
付帯施設:レストラン(割烹・イタリア料理)など

■利用案内
市営地下鉄・烏丸御池駅から徒歩約3分、京都駅からタクシーで約15分
ホテルチェックイン15:00、チェックアウト11:00
レストランディナータイム:17:30~(20:00ラストオーダー)
詳細はこちら https://www.hiramatsuhotels.com/kyoto/

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取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

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西澤 崇雄
日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。

TOP画像、写真1、2:アイフォト/伊藤彰




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