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「イノベーションとともにある都市」 研究会|vol.07 Marineterrein(アムステルダム)

諸隈 紅花 
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員

イノベーション空間のレシピを用いたケース分析第5号

日建グループの「イノベーションとともにある都市研究会」(略してイノベ研)では、建築や都市開発の専門家の立場から、イノベーションが起こる(または起きやすい)空間のレシピ(要素)やその関係性を明らかにしようとしています。今回は「イノベーション空間のレシピ」を用いたケース分析の第5弾となります。レシピ自体の解説は下記noteをご覧ください。

Marineterrein(マリンテレイン)とは

Marineterreinは人口約90万人のオランダの首都アムステルダムの旧市街地にある歴史的な海軍造船所を保全・活用した、市の「イノベーション地区」です。アムステルダム市は「アムステルダムのイノベーション地区戦略(”Strategie Innovatiedistricten Amsterdam")」(2022年12月発表)において、イノベーションに関する活動を集積・促進するために、市内に8つのイノベーション地区を指定しており、Marineterreinはその一つとなっています。
我々がMarineterreinに着目した主な理由は、社会環境デザインの先端を拓く専門家集団を自負し、「まちの未来に新しい選択肢をつくる共創プラットフォーム」のPYNTを運営する日建設計にとっても関心がある、様々な都市課題解決を目指し、実際の都市空間を用いて実証実験を行い、その結果を世界の都市に実装していくための役割を担っている点です。しばしばMarineterreinはliving lab(リビングラボ)として説明されることがありますが、まさに都市の中にある「生きた実験場」としての役割も担っています。

図1 マリンテレインの位置
出典 Google Mapに加筆

マリンテレインは、運河が走るアムステルダムの旧市街地の中心にあり、アムステルダム中央駅からも徒歩圏内に位置します。17世紀に作られたオランダ海軍の造船所が、21世紀にその役目を終えた際に、国と市が共同して、イノベーションや住みやすい都市(livable city)の実現というテーマで、歴史的資源を活用した再開発を行っています。面積は約13haで、敷地の一部は今も海軍によって使われていますが、その敷地の大半は誰でもが入ることができる、市民にも開かれた施設となっているのも特徴です。

再開発の経緯は2013年12月に土地と建物を所有している国とアムステルダム市が、Marineterreinを”adaptive”なイノベーション地区にするという計画を立てたことに始まります。Adaptiveというのは、既存施設を現代的な用途に適応させるという意図があります。実際に、本再開発にあたって新しい建物が整備されたというよりは、17世紀の歴史的な建物や、歴史的な価値はないながらも1960年代に建てられた古い建物も壊さずに活用し、新たなデザインが付加されながら、新しい用途のために使われており、都市の歴史の積層を感じることができます。再開発にあたっては、市は当地の歴史的な建造物の調査を行い、保存指定がされていた建物の他にも歴史的に重要な建物を特定し、それらが保存されるようにとの勧告を行っています。The Bureau Marineterrein Amsterdam(BMA)という組織が、マリンテレインの再開発を指揮し、段階的に開業しました。2015年に第一段階部分がオープンし、2018年までに大半の部分が一般に公開されています。市の計画通り、マリンテレインは今までの閉鎖された軍事空間から、市民にも開かれた新たな都市空間としてスタートをきりました。BMAは施設の維持管理、テナントの管理等を行っています。

写真1 煉瓦造りの建物が連なるMarineterreinの入口
写真2 戦後の建物もおしゃれに改装されたMarineterrein内の建物

Marineterreinに着目するポイント

イノベ研のレシピの2つ目のケーススタディで取り上げた、ニューヨーク市のBrooklyn Navy Yard (BNY)と同様に、Marinettereinも旧軍事施設の再生事例です。双方とも歴史的建造物を活用した再生という点は同じですが、規模や立地の違いもありますが、BNYは都市型製造業の拠点に、Marineterreinは都市問題を解決する実証実験の場という、異なる使われ方となっています。後者はイノベーション主軸にした再開発でもあり、極めて時流にのった取組事例とも言えます。
空間を扱う設計事務所としても関心があるのは、第一にはイノベーションのテーマとして都市問題というテーマを扱っている点です。第二には、都市の中、特に地価の高い都心部に物理的な実証実験の場を展開している点やその意味、第三にはイノベーションのための空間が、オープンスペースや緑・歴史的建造物等を保全しながら市民のための場としての役割も担っており、複数の都市政策の実現の場となっている点です。
次からは具体的な特徴をレシピの要素を用いて解説をしていきます。

Marineterreinのイノベーション空間のレシピ

イノベレシピを用いたMarineterreinの分析結果が下図です。

図2  Marineterreinのイノベーション空間のレシピ

目的

Marineterreinには複数の目的が見られます。1つは持続可能で包摂的な都市を実現する点です。そのための都市課題の設定や、スタートアップ等のイノベーションに関わる人のためだけの場所ではなく、一般の人に場を開放したり、後述しますがプログラミング講座などが一般の人にも提供されています。1つ目の目標に関連し、2つ目の目標で、イノベーション政策に直接関係する点では、気候変動、モビリティ手段のスマート化、都市のデジタル化等の様々な都市課題を実験を通して解決することです。
3つ目は、Marineterrein内に拠点を置くAMS Instituteという高等教育機関を通してイノベーションを起こすための若い人材を育成することです。4つ目は市民にイノベーションの活動を伝えることです。最後は、中心市街地にありながらもアクセスが制限されていた軍事施設を開放し、市民が都市空間を楽しむ場となるということが掲げられています。

要素その1 寛容性と集積

多用途・複合

Marineterreinには都市の実験場、オフィス、オープンスペース、飲食、宿泊等の複数の機能が埋め込まれています。中でも注目すべき用途は実験場です。都市課題とは、例えば気候変動に伴う海面上昇(運河の街アムステルダムにとっては重要な課題でもあります)、脱炭素化に寄与する新しい交通手段の促進(オランダは自転車大国であり、バイクパスが縦横無尽に走っています)、温暖化を防ぐための都市の緑化等があります。敷地内のオープンスペース部分では、様々な実証実験が行われており、さらには実験内容の解説の看板等もあり、一般の人もここで何が行われているかを見ることができます。言わば、アムステルダムで起きているイノベーションの最前線の活動のショールームの機能も果たしていると言えます。
例えばBuurthub(写真3)という電動自転車の充電スポットは、自転車大国のオランダにおいても高齢者等の体力のない人や子どもや荷物を運ぶための自転車をより使いやすくすることを目指し、普通の自転車だけでなくオランダでよく見られる、前に大きな荷台が付いている自転車を電動化し、ワイヤレスで充電ができるシステムの実験をしています。これが成功すると、アムステルダム市内にこのシステムが展開され、さらには他の都市への普及によるスケールメリットによるシステムのコスト低減も期待されています。見せるということを意識しているのか、デザイン大国オランダならではとも言えるかもしれませんが、ハブの建屋のデザインやロゴもシンプルですが洗練されており、思わず興味を引く施設となっています。

写真3 ワイヤレスで充電ができる電動自転車用の充電スポットのBUURTHUB
写真4 路面の白い金属性の板がワイヤレスの充電設備

コンテナ(写真5)は、地球温暖化により夏は非常に暑く、水が不足しがちなアムステルダムで、庭のちょっとした花卉に与える水を、下水をリサイクルして作りだすためのシステムの実験です。コンテナの上で収集した雨水もリサイクルして、下水リサイクルシステムとの双方を比較しています。コンテナの側面にはシステムの説明もあり、一般の人にも何をしているかが分かるようになっています。

写真5 雨が降らない時期に下水をリサイクルして園芸用の植物に水を撒く施設の実験

近年、都市内に増える監視カメラと個人のプライバシーを守る実験棟(写真6)で、監視カメラに映りたくない人が、ボタンを押すことではっきりとは映らなくなる、という実験をしています。治安や混雑緩和等を目的として街中にAIカメラ等の導入が進められる中で、個人のプライバシーとどう向き合うか、という新たな都市課題の解決に向けた実験が行われています。

写真6 プライバシーを守る監視カメラの実験棟

Marineterrein内には実験フィールド以外にもオフィス棟もあります。主には歴史的建造物を含む既存の建物がオフィス利用されており、市と協力してリビングラボを運営しているAMS Instituteが、オフィス内に拠点を構えています。

写真7 歴史的建造物を活用したオフィス

オフィス内部の用途も多用途で、オフィス以外にも自動運転の小型の船(Roboat)が入るほどの広さの屋内ラボや、モノづくりに欠かせないファブラボ機能等も有しています。

写真8 ファブラボにあるバイオベース素材用のレーザーカッター

その他、一般の人も使えるカフェやレストランといった飲食施設が地区内に複数個所あり、規模は小さいながらも宿泊施設もあります。

写真9 Marineterrei内のカフェの一つ

Marineterreinのパブリックスペースの一番の目玉はその中心にある「プール」でしょう。いわゆる競泳やレクリエーションのプールというよりは、湾の一部を活用した水辺のエリアで、利用者は「自らのリスク」で泳ぐことができます。訪問時は11月と既に寒い時期でしたが、数人泳いでいる人が見られました。案内してくれたAMS Instituteの人によると、ここも気候のよい夏場には一般の人で賑わうとのことでしたが、実際には水はあまりきれいではないそうです。

写真10 プールエリア
写真11 プール沿いに設置されたサウナ

多様な人材と業種

Marineterreinには実証実験の場として関わりを持つ研究者、スタートアップ、企業の他に、敷地内にある既存建造物をオフィスとして使う企業や文化系の組織、学術機関も集積しています。中でもAMS Institute(Amsterdam Institute for Advanced Metropolitan Solution)が、実験場の運営にも重要な役割を果たしており、Marineterreinの中心部の建物にオフィスを構えています。AMS Instituteはオランダのデルフト工科大学(Delft University of Technology) 、農業系で有名なワーゲニンゲン大学(Wageningen University & Research)、さらにはアメリカの理系の名門大学のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)という3つの理系の大学が共同で作った組織で、最近、Metropolitan Analysis, Design and Engineering(MADE)という都市に関するイノベーション創出を意図した修士プログラムを創設しました。
これにより、世界中から様々な学生や研究者が集まり、Marineterreinで行われるプロジェクトにも関与しています。実際に、Marineterreinを歩いていると若い学生を見かけます。

パブリックアクセス

公共交通機関のアクセスは非常に良好です。まず敷地そのものが旧市街にあり、先述のようにアムステルダム中央駅からも徒歩圏にあります。街中を頻繁に走るバスによるアクセスも容易です。また、市内に張り巡らされているバイクパスとも接続されています。Marineterreinは海に囲まれていますが、対岸の島との接続のために橋も整備されており、周囲との物理的なネットワークも形成されています。
また、敷地自体が一般の人に開かれた場所として運営されており、先述のようにカフェ、湾内プール、サウナ、遊具等、都市生活を楽しむための施設や緑豊かなオープンスペースが確保されています。見学中も、おそらく周辺の居住者と思われる人がベビーカーを押して地区内を散策したり、犬の散歩をしたりする様子も見られました。

写真12 敷地内で犬を散歩する人々

その他には、敷地内のNEMO the StudioではThe Young Innovators Programが提供され、近隣の地域の子供たちが課外活動として起業家精神が体験できるプログラムや、Codam Coding Collegeでは誰もが無料でプログラミングが学べる機会等も提供されています。敷地内に誰でも入れるという点に加えて、イノベーション活動を積極的に地域や若者にも広める取組も見られます。

写真13 NEMO the Studioの入口

要素その2 連携・ネットワーキング

コーディネート・マッチング

Marineterreinや敷地外で様々な実験を行っているリビングラボを運営しているAMS (Advanced Metropolitan Solutions) Instituteの活動に着目しながら、コーディネートやマッチングについて説明します。AMS Instituteは市と3つの大学が協力して運営しており、モビリティ、フード、水問題、廃棄物、エネルギー、データ活用等の都市課題をテーマにリビングラボを運営しています。このリビングラボというのは、これらの課題感を持つ市の担当と研究者を繋ぎ、実際の都市空間の中で居住者等が参加しながら実証実験を行えるようにするものです。
例えばアムステルダム市の南東部の地区ではEnergy Lab Zuidoostという、エネルギーニュートラルな地域を作る実験が行われています。これは1地区で実験を行い、そこでうまくいけば他の場所に拡大(スケール)していくことを目指しています。本プロジェクトは、AMS Institute、アムステルダム市、デルフト工科大学のイニシアチブで開始され、様々な研究者、住民、企業の関わりが見られます。具体には、ディープレトロフィット手法を用いた1万件の住宅のリノベーション、界隈レベルでのローカルなスマートエネルギーネットワークの導入、低温の熱ネットワークシステム等の試行という、複数のリビングラボがプロジェクトを実施しています。AMSの役割は実証実験を現実の都市空間で実施するための支援や関係者との調整であり、実証実験の場をうまく使いこなすための役割を持つ組織が並走していることが場の運営の観点からは重要です。
また、 空間としては、Marineterrein内にある多数のオープンスペース、プール、レストラン、AMS Instituteが入居している中心部の建物の中にもラウンジ的な空間が提供されており、フォーマルだけでなく、インフォーマルな交流が誘発される場が多く見られます。

仮説ベースでの実証実験

Marineterreinの最大の特徴が都市問題解決のための実証実験の場として整備されていることです。また、実証実験内容によっては、Marineterreinという限られた空間だけでなく、先述のエネルギーニュートラルな都市の実現の実証実験のように、界隈(neighborhood)等のより広範なエリアで、実際に人が居住している空間で実施されることもあります。Marineterreinで実証実験を行いたいスタートアップは、先述のBMAに申請を行い、選定がされます。

ハイブリッドなネットワーク

他の組織との連携という面では、AMS Instituteを通じて、アムステルダム市と3つの世界的に著名な理系の大学との連携が実現されています。

要素その3 アフォーダビリティとサステナビリティ

パトロン・民間資本・財団

他のイノベーション系の施設でよくみられるスタートアップ向けの低廉な家賃のインキュベーションオフィスを民間資本で整備しているというような事例は、本調査では確認されませんでした。一方で、実証実験を通じて企業との連携も見られるため、間接的に企業がスタートアップ支援を行っていることも想定されます。

政策支援・PPP

Marineterrein自体を、所有者である国が市に貸し出し、市がその運営に関わっていること、またAMSの予算を市が拠出をしているという点で、イノベーションの場であるMarineterreinに経済政策的な支援が入っています。また、都市の実験場に実プロジェクトを展開しているAMS Instituteは民間の組織ですが、運営資金には市と参加企業、その他EUの補助金等が充てられ、公共側のAMSに対するコミットが見られます。

リノベーション・ブラウンフィールド

Marineterreinは役目を終えた海軍施設という公共施設を再開発で利活用しているという意味では、リノベーションを主とした活用の王道と言えるでしょう。海事都市であったオランダの歴史の積層を継承しながら、温暖化、気候変動、高齢化社会等の様々な社会課題を解決する新たな場へと変容を遂げている好例です。

要素その4 場の固有性

有形(自然環境・景観・歴史的建造物)

リノベーション・ブラウンフィールドの項目でも指摘をしたように、歴史的な海軍造船所内の歴史的建造物や、歴史的価値はそれほど高くないまでも、古いビルをリノベーションし、同地の歴史的な資源やそれらが織りなす景観を活かしながら、リノベーションによりアクセント的に新しいデザインを組み込むことで、既存ストックを尊重した開発となっています。

写真14 歴史的建造物の前の空間で繰り広げられる実証実験

無形(産業・歴史・文化)

今回の調査では明確に無形資産の存在は発見できませんでしたが、訪問時に対応していただいたAMS InstituteのManaging DirectorのHeijns氏が、アムステルダムとイノベーションの歴史を示す事例を教えてくれました。17世紀にアムステルダムの画家兼発明家のヤン・ファン・デル・ヘイデンが、火事への対策が課題となっていたアムステルダムにおいて、効率的に消火活動をするために、運河や川からポンプで吸い上げた水を直接ホースを使って消火活動ができる放水ホースを発明しました。それが市内で実践的に使われたことで、ヨーロッパの他都市にも普及したそうです。都市課題の解決に挑み、それがアムステルダムという一つの都市でショーケース的に使われることで他の都市に広がっていく、という現象は現代のMarineterreinで目指している、新しい技術の実用化・スケールアップにもつながり、社会課題解決のDNAがアムステルダムの街にも見られます。

新しい文脈の構築

もともとは海軍造船所という工業施設であった場所に、空間だけでなく、実証実験をコーディネートし、次世代の産業を生み出す世代を育てるイノベーションの拠点という新しい文脈をハードの整備とAMS Instituteというプログラム運営者のソフトの運営の仕組みを一緒に作って実現していると言えます。

Marineterreinの意義:

今回の調査活動を通じて、主に2つの意義を発見しました。

①都市の一等地を未来を作る活動へと転用する公共の気概

現地に行ってみて感じたことは、Marineterreinの立地のよさです。アムステルダム中央駅からも徒歩圏内で、かつ周囲には歴史的な住宅街やレンゾ・ピアノが設計した子どもを主な対象とした科学博物館のNemo Science Museumや海運博物館等の観光・交流施設もある、都心部のまちなかです。土地の再有効活用を考えると、住宅難のアムステルダム市において、この13haという敷地を住宅街に転用することも考えられたかもしれたかもしれません。しかし、オランダ政府やアムステルダム市は、この土地を、イノベーションを生むという新産業創出をテーマとした場として再開発をすることを決め、その後も市が継続的にその運営にコミットすることで、Marineterreinにおいて社会課題解決型で、都市をテーマとした新しい技術が実験・実装されるという場が生まれています。オランダの中でも決して誰もがイノベーション経済という新しい産業の到来を当たり前のものとして受け止めていない中で、行政が公有地を活用して、民間の開発業者では容易に収益性が見込みにくいために取組にくい、都市の未来への投資とも言える公益性の高い事業を行っている点に大きな意義があると考えます。さらには、場の整備だけでなく、市がAMS Instituteとともに都市課題解決にコミットすることで、市のイノベーションに関わる活動や政策とMarineterreinの活動を連動させているところも重要です。

②市民の日常生活の中に溶け込んだイノベーション拠点

都市の中に実地の実証実験の場を提供し、スタートアップの商品や製品をテストすることで彼らの事業がスケールアップすることを支援するという点も意義があります。さらには、実証実験レベルの新しい課題への取組をリビングラボの運営という形で支援するAMS Instituteという高等教育機関がMarineterreinの中に存在し、Marineterreinだけでなく、市内において、市やその他企業等の関係者を調整しながら実証実験を実現する組織が伴走しているという点も、整備した空間を適切に運営するという面では重要です。

しかし、実際にMarineterreinを訪れてみて一番印象的であり、意義深いと思ったもう一つの点は、イノベーションの拠点と言われる施設が、町や普通の人に積極的に開かれているという事実でした。まず街中から訪れやすい場所にあるというだけでなく、周辺を散歩しているだけで、Marineterreinと周辺を繋ぐ橋等の構造物によって知らぬ間にアクセスができるようなネットワーク網の構築や、敷地の中には都市の数少ない緑を一般の人が気軽に使える芝生空間や、水辺を感じる空間、しゃれたレストランがあり食事に行くことができる等、スタートアップや実証実験と直接関係はなくとも、「ここに行ってみようかな」、と思える機能がいろいろと埋め込まれています。実際に、市民の人が日常的に使っている姿を見られたことが、ある意味では一番刺激的でした。イノベーションやスタートアップとは接点のない人でも、都市の中でちょっとくつろぎに散歩に来た場所で、最先端の技術に思わず触れることができるというのは、あまり肩ひじ張らずにイノベーションと共存する都市像を緩やかに提示しているように見えました。イノベーションは特別なものではない、ということを市が公共政策として発信し・提示していることがMarineterreinのもう一つの意義だと考えます。

写真15 ピクニックをしたくなるような、Marineterrein内の美しい芝生広場

この記事の執筆において参照した情報

本記事の作成にあたり、下記の参考文献の他に、Marineterreinに関する二つの調査を参照しています。イノベ研のメンバーは一般社団法人 FCAJ (Future Center Alliance Japan)のリサーチ・プロジェクトのスポンサーメンバーとしてコロナ禍の2021年12月にMarineterreinへのonline visitに参加し、AMS Instituteの運営の主力メンバーであるVerhoef氏にインタビューを行いました。なお、FCAJでは、2019年に世界に先駆け「イノベーションの場のインパクト」調査をもとにEMIC(Evaluation Model for Innovation Centers)モデルを提唱し、2020年には、EMICのフレームワークを活用したWebサーベイを行い、日本と欧州の87の場の特徴や違いを知ることができました。関心のある方は、是非下記を参照ください。
https://futurecenteralliance-japan.org/recent-activity/emic-1
また、Marineterrein内の実証実験の内容等は、イノベ研がイノベーションと都市の在り方の基礎調査や視察先の調査等で協力・同行させていただいた福岡地域戦略推進協議会の都市創造部会の「オランダイノベーション地区視察」(2023年11月)における現地調査やAMS InstituteのKenneth Heijns氏へのヒアリング内容を参考にさせていただきました。

関係者の皆様には感謝いたします。
なお、特記なき限り、写真はすべて筆者の撮影です。

<主要参考文献>
AMS Institute (2023), “AMS Institute Annual Report 2022”, https://www.ams-institute.org/news/annual-report-2022-a-year-of-highlights-and-collaborative-progress-for-urban-transformation/
AMS Instituteホームページ, Energy Lab Zuidoost
https://www.ams-institute.org/documents/60/20211008_Flyer_Energie_Lab_Zuidoost.pdf 
Berkers, Marieke (2020), “urban Maestro: Marineterrein: slowly-growing living lab”, https://urbanmaestro.org/wp-content/uploads/2020/11/urban-maestro_marineterrein_m-berkers.pdf
Marineterreinホームページ、 https://marineterrein.nl/en/present/
Openresearch.amsterdamホームページ, “Strategie Innovatiedistricten Amsterdam (Concept)”, https://openresearch.amsterdam/nl/page/91509/strategie-innovatiedistricten-amsterdam-concept
フレデリック・クレインス「なぜ江戸幕府はオランダの高性能な消火ポンプを導入しなかったのか?」, 講談社ホームページ, https://gendai.media/articles/-/69428?page=1&imp=0

イノベ研の主要メンバーはこの4人です。

諸隈 紅花 (執筆者)
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員
博士(工学)。専門は歴史的環境保全、公園の官民連携による活性化。古いものが好きですが、実は新し物好きでもあり、その最先端のイノベーションが都市にどう表出するかに関心があります。
 
石川 貴之
日建設計 執行役員 
企画開発部門 新領域開拓 グループ プリンシパル
専門は都市計画。大規模再開発やインフラシステムの海外展開業務を経験する中で、様々な地域と組織で人や技術が繋がり、新しい空間やスタイルが生まれる「イノベーション」の空間や仕組みに興味を持っています。
 
中分 毅
元日建設計副社長。40余年の日建グループでの勤務を経て退任。「工場移転跡地を研究開発をテーマとして再生する」プロジェクトに30年程前に参加したのが、イノベーションに関心を持ったきっかけで、その道の達人から教えを受けた「発展的集積構造」に関心を持ち続けています。
 
吉備 友理恵
日建設計 企画開発部門 イノベーションデザインセンター
2017年入社。共創やイノベーションについてのリサーチを行いながら、社内外の人・場・知識を繋いでプロジェクトを支援する。
共創を可視化するツール「パーパスモデル」を考案(2022年出版)。

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