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「イノベーションとともにある都市」研究会 ― vol.02 イノベーション空間のレシピβ版をシェアします!~イノベーション創出のための5つの要素~ ―

諸隈 紅花 
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員

イノベーション空間のレシピづくりの狙い

日建グループの「イノベーションとともにある都市研究会」(略してイノベ研)では、建築や都市開発の専門家の立場から、イノベーションが起こる(または起きやすい)空間のレシピ(要素)やその関係性を明らかにしようとしています。過去4年間で、机上調査や現地調査等を通じて、イノベーションハブとして認知されている成功事例を見てきました。それらの研究を通じて、イノベーションを生み育てるのに必要な空間要件を抽出し、イノベーションが起きやすい場所づくりのヒントを「レシピ」として皆さんとシェアしたいと思います。
このレシピの使い方としては、主に2つの空間検討の場面での利用をイメージしています。一つは、イノベーションの場を新しく創る場面で、このレシピが空間計画のガイド役になり、検討がスムーズになることを期待しています。もう一つの場面は、既に組織等でイノベーションの場が形作られたものの、「イノベーションが生まれる気配がないな」と感じる場合で、このレシピを参考に、足りない要素を補うための一助になるのではないかと考えています。

イノベーション空間のレシピを抽出する方法

レシピの作成に当たっては、世界的なイノベーション拠点やハブとして一定の評価を得ている空間を研究対象としました。その際、日建グループでは建築単体にとどまらず、都市開発等の面的な拡がりを持つ空間の業務にも関わっていることから、建築(施設)から都市(地域)レベルの様々なスケールの空間(場)をカバーすることを心掛けました。従って、企業のイノベーションセンターや公的機関が中心で運営しているリビングラボ、大学や企業研究所等の単体施設から始まり、シリコンバレー、ボストン、ピッツバーグのようなイノベーションの集積地として有名な都市や地域等も扱っています。これらの調査対象の中から空間を構成する上で、繰り返し立ち現れる共通する要素を発見・抽出し、カテゴライズすることでレシピとして組み立てることにチャレンジしました。

一方で、「空間のレシピづくり」としてトライし始めた取組みではありますが、「レシピ」は必ずしも物理的な要素にのみ着目したものにはなっていません。その理由は、イノベーションを生み育てるということは、ネットワーキング、交流といった空間を作る上で前提となるアクティビティはもちろんのこと、イノベーション活動を支える政策的な取組み等も「空間」を構成する上での条件として着目すべきと考えたためです。加えて、イノベーションがトライアル&エラーの中から生まれるという性質から、「これとこれ」という空間的要素を組み合わせて作ればイノベーションが生まれる、という単純かつ固定的なものではありません。イノベーションの場では発展的かつ段階的に活動が生み出され、変化していくというプロセスをたどります。こうしたプロセスが政策によって支えられ、空間が成立し、成長することを、このリサーチの中で発見しました。
従って、このレシピも現時点での調査事例の中から抽出したものであり、今後更にイノベーションの段階がステップアップした事例が加わることで、レシピの構成も変化していくことが想定されます。
すなわち、このレシピも完成された固定的ものではなく、今後も作りながら更新していく、まさにイノベーションプロセスのように、トライアル&エラー型で作っていきたいと思うからこそ、今回シェアするものをβ版と呼んでいます。

レシピの見方

イノベーションハブや拠点と言われる様々な場所を見てきた所感としては、イノベーション空間は画一的なものではなく、共通項はありながらも、その空間やそこで展開されている活動は、極めて多様性に富んでいます。
従って、このレシピは、調査対象事例の中で、ある程度汎用性の高い共通項を抽出し、構成していますが、その細目の選定プロセスは、個別事例での特徴的な要素の発見・抽出を重要視しました。個別の事例もレシピの細目のすべてを満たしたものはありませんが、イノベーションハブ足りえるためには、レシピの多くの項目において、特徴的な要素を満たして計画されることが望まれます。

イノベーション空間のレシピ:目的と4つの要素

国内外、様々な事例を収集・調査・分析する中で、イノベ研では、イノベーションを起こす空間の重要な要素として、「なぜイノベーション空間を整備するのか、空間整備を通じて何を実現したいのか」という空間整備の導入部ともいえる「目的」の重要性を改めて認識しました。世の中の風潮に惑わされて「イノベーションを起こさなきゃ」と考えてはいないでしょうか?一度立ち止まって、あなたの組織や都市がイノベーションのための場を作る目的を考えてみましょう。目的が明確であれば、どのような要素(人・空間・インフラ・資金等)をいかに集め、どのような活動を誘発するのかが明確になり、その目的を果たすのに必要な空間的・物理的な要件もはっきりします。また、同じ目的を持つ人や他の組織、都市とつながるなど、エコシステムの形成を意図した場づくりも可能になります。
このような視点から、スケールが異なる様々な事例を見ていく中で、繰り返し立ち現れる要素には大きくわけて4つあると考えます。

要素その1:寛容性と集積

1つ目の要素を「寛容性と集積」と名付けました。
これはイノベーションの場の形成や運営に関わる人の発言の中で、国際性の豊かさや様々な分野・バックグラウンドを持つ人が出合うこと等、多様性を確保することの重要性と、その多様さを受け入れ、相互にリスペクトする寛容な精神が必要という意見がよく聞かれることを表現しています。またそのような様々な人との邂逅を促すには、単一の機能・用途の場所ではなく、複数の機能や用途が混合している場所であることが、より多様性を誘発する効果を向上させます。
このように、多様性を有し、用途や機能が複合化されている場としての特性を「集積」と表現し、その集積効果を活かすためには、より多くの接触が容易で交流・移動環境が保証されるパブリックアクセスの利便性が高いことの重要性が見えてきます。

写真1 アムステルダムのサーキュラーエコノミーの実験場であるDe Ceuvelの水辺空間等でくつろぐ市民の様子。

要素その2:連携・ネットワーキング

言うまでもないことですが、オープンイノベーションが重視されつつある現在において、多様な背景や専門分野を持つ人或いは企業、組織と連携することはとても重要であり、そのネットワークを促進する仕組みや場所が必要です。また、コロナ禍により、人の移動が制限される一方、WEB会議システムの普及にもみられるように、対面だけでなく、非対面のコミュニケーションも一般的になり、ネットワーキングの方法をハイブリッドに使いこなすことでコミュケーションの密度と頻度を上げることも重要です。
また、近年のイノベーション創出は共創がベースとなっています。その共創の機会から生まれたアイデアを、仮説ベースでスピーディに実証実験を繰り返し検証していくことやそのための「実験の場」が容易に提供されることも肝要です。

写真2 スウェーデンのイノベーション拠点のIdeon Science Park内で、ゲストを招いてピッチを聴きつつ、交流するIDEON BREAKFASTという朝食会イベント。

要素その3:アフォーダビリティとサステイナビリティ

イノベーションハブ関係者へのヒアリングを通じてよく聞かれたのは、新しいチャレンジの多くは、試行錯誤の繰り返しであり、進化の過程が直線的でないこと、収益化できるなど一定の成功を得るまで時間がかかること、失敗していくものもたくさんあるということです。

こうした中、目まぐるしく変化する社会のスピード感に呼応して多くのチャレンジを許容し、促進することがイノベーションの基盤であり、その重要な役割を担う、「種」ともいえるスタートアップへのインキュベーション環境を提供すること、すなわち比較的廉価で使える仕組みを持った場所を、我々は「アフォーダビリティ」のある場所と表現しました。アフォーダビリティを担保するためには、場所の整備にお金をかけすぎないという視点も重要です。実際に、既存の施設を活用するといったものが多く見られました。
シリコンバレーやボストンといったイノベーションの先端地で、「家賃が上昇し、生活がしにくいので他の都市に移動する」、或いはベルリンのように「欧米のスタートアップ先進地よりも生活費が安い」という理由でイノベーションをテーマに都市や地域が再生される、といった話がよく聞かれます。都市は新陳代謝を繰り返すことで成長・発展していくものですが、「イノベーションの育成」を都市の新陳代謝の観点から捉えると、今後の都市政策として意図的に「イノベーションを育てるための場」という地区や施設を新陳代謝の「種地」として確保し、位置づけることで、都市の持続可能性(サステイナビリティ)を高めるという都市政策の方向性を打ち出すことが可能かつ効果的な手法ではないか思います。

写真3 NY市のBrooklyn Navy Yard(工業団地)内の、歴史的な造船工場を活用した先端製造業のためのインキュベーション施設のNew Lab

要素その4:場の固有性

イノベーションの場は、要素その1で示したように、「多様性」に富み、多くのリソースを惹きつけることの結果が「集積」となって具現化するため、シンプルに「魅力的な空間」であることが求められます。世界中でいろいろなイノベーションの場が生まれる中で、この都市やこの場所にしかない個性としての固有性や独自性というものが、イノベーションのそれぞれの場所を際立たせています。その場所によく見られる素材を建築物に使う、歴史的な建造物を活用する、周囲の環境が自然にあふれる場所であれば調和を目指すような建築を作るといった事例がよく見られます。また、その土地で発展してきた地場産業の技術・人材・バリューチェーン等の無形の資産を活用しようとする試み等も見られます。

写真4 ロンドンのフィンテックの中心地のショーディッチ地区。1990年代に住み着いたアーティストらによるグラフィッティの雰囲気を残しながら、ロンドンの「テックシティ」として再生。

以上、まだまだ試行錯誤中ですが、このような視点で世界のイノベーション拠点を紹介していこうと思います。乞うご期待ください。

イノベ研の主要メンバーはこの4人です。

諸隈 紅花(執筆者)
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員
博士(工学)。専門は歴史的環境保全、公園の官民連携による活性化。古いものが好きですが、実は新し物好きでもあり、その最先端のイノベーションが都市にどう表出するかに関心があります。

石川 貴之
日建設計 執行役員 新領域開拓部門 イノベーションデザイングループ
新領域ラボグループ プリンシパル
専門は都市計画。大規模再開発やインフラシステムの海外展開業務を経験する中で、様々な地域と組織で人や技術が繋がり、新しい空間やスタイルが生まれる「イノベーション」の空間や仕組みに興味を持っています。

中分 毅
元日建設計副社長。40余年の日建グループでの勤務を経て退任。「工場移転跡地を研究開発をテーマとして再生する」プロジェクトに30年程前に参加したのが、イノベーションに関心を持ったきっかけで、その道の達人から教えを受けた「発展的集積構造」に関心を持ち続けています。

吉備 友理恵
日建設計 新領域開拓部門 イノベーションセンター
2017年入社。共創やイノベーションについてのリサーチを行いながら、社内外の人・場・知識を繋いでプロジェクトを支援する。
共創を可視化するツール「パーパスモデル」を考案(2022年出版予定)。



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