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インダストリアル建築の進化と未来|vol.01

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー

DXに欠かせない半導体、生活の前提になっている物流ネットワーク、これらを支えているのがインダストリアル建築です。重要な役割を担っている一方、経済記事として取り上がられても建築デザインとして注目される機会は少ないといえます。インダストリアル建築の「建築」としてのおもしろさと進化を、日建設計の最近の事例から紹介し、インダストリアル建築の未来について探っていきます。

インダストリアル建築とは

インダストリアル建築という単語は聞きなれない言葉かもしれません。あえて狭義に定義すると製造業に関わる建築ということになりますが、一般的には「流通施設」と「工場・倉庫」を示すビルディングタイプと理解していいでしょう。公共建築協会の新施設分類表では以下と2項がインダストリアル建築といえます。

①流通施設 
中央卸売市場(青果・水産・食肉・花き)/卸売市場/流通センター/トラックターミナル/ 物流ターミナル/荷捌き施設

②工場・倉庫 
工業施設/冷凍倉庫/工場/倉庫(倉庫業を営む倉庫)/立体倉庫 

日建設計では、ビルディングタイプが似通った分野ごとに設計品質の向上を図っています。インダストリアル建築という括りではなく 研究・生産・物流・交通・データセンターで一つの分野としています。なぜこれらが一括りになっているかですが、製造業(マニファクチャ)のプロセスを考えてみると理解しやすいでしょう。製造業の根幹は製品「モノ」を作り出すことですが、「モノ」を売り社会に供給して経営が成り立ちます。したがって「モノ」を作る生産施設と売るために動かす物流・交通インフラが必要になり、また「モノ」を作る前には製品の開発・研究が重要になってきます。そしてこられのマニファクチャプロセスをつなぐのが情報「データ」でありデータセンターが深く関わってきます。建築を設計する私たちから見てこれらのジャンルは一連であり、これらのジャンルすべてに精通していることがインダストリアル建築設計スキルと言っても過言ではないと考えています。

インダストリアル建築の歴史

日建設計の歴史は日本の近代以降の建築史であるともいえます。数名の所員でスタートした設計事務所が現在ではグループ会社合わせて約3,000人以上の社員を有し世界でも専業設計会社としてトップ3に入る企業に成長しました。創業時より建築の意匠デザインだけでなくエンジニアリング(構造や設備)の統合を建築設計の基本に見据えていたこともあり、とりわけ戦後の日本経済の復興に合わせてインダストリアル建築の需要が拡大し多くの設計機会に恵まれたことが日建設計の成長原動力となったと考えています。インダストリアル建築が求める大空間や高いスペックを実現するには鉄骨造で設計することになりますが、戦後貴重であった鉄骨を合理的に設計する手法の研鑽がやがて東京タワーのような鉄骨造タワーの設計に結び付きました。たとえば日建設計が設計した高さ333mの東京タワー(1958年)の鋼材使用量は4,000トンで、高さ300mのエッフェル塔(1889年)の鋼材使用量7,300トンに対し極めて少なくなっています。終戦後の鉄骨が少ない時期に日建設計の技術者たちは安全性と経済性の両立に挑み合理性を追求した結果といえます。鉄骨造の設計スキルと社会からの信頼は、エンジニアリング建築の代名詞ともいえる製鉄所設計にも展開されました。戦後高度成長期に日本の粗鋼製造量が急増する状況の中で我が国の主要な製鉄所(転炉)が日建設計によって設計されたという事実がそれを物語っています。製鉄所のように大きな空間を作り、重い荷重に耐える建築設計での経験が次に活かされたのが超高層建築です。転炉は高さ60mを超える構造物であるため、高層建築の耐震設計や合理性の追及が行われ、そしてその成果が様々なジャンルの建築設計へと受け継がれました。大規模都市開発やオフィス、学校、ホテル、病院など日建設計は多くの分野を手掛けていますがその成長の基礎を支えたのはインダストリアル建築の設計経験であったといえます。

写真1 東京タワー
写真2 住友⾦属⼯業和歌⼭製鉄所(現:日本製鉄関西製鉄所和歌山地区)1965年

インダストリアル建築の再評価

第一次産業革命以降の近代建築史の中でインダストリアル建築は大きなウエイトを占め、建築家たちも強い関心と情熱を持っていました。 教会や宮殿に代わる建築ジャンルが工場や事務所になり、自動車の普及は新たなビルディングタイプの発生を促し都市計画に変化を与えてきました。しかし経済性が最優先される中でインダストリアル建築はプロフィットセンターとしての意義が優先され、社会的な位置づけやデザインの豊かさ、審美性は軽視されてきた傾向がうかがえます。インダストリアル建築の立地が都市部ではなく郊外や臨海工業地帯が多かったこともあり、景観や近隣住民との関係を意識することなく計画された事例も多いと思われます。その結果インダストリアル建築の多くは社会に対して閉じたものになり、デザインは画一的で新規性のないものとして生み出されてきたといえます。経済性と合理性を追求しながら建築としての魅力や社会への訴求力を発揮できるインダストリアル建築を生み出すことこそ製造業や物流業のボトムアップにつながり、業界で働く人たちのモチベーション向上につながると言えるのではないでしょうか。魅力的なインダストリアル建築を形にするには設計者の能力と意欲だけでなく、発注者の社会的意識、環境への関心、財務環境などの条件がそろわないといけません。私たちはそれらの条件を引き出し、後押しするような設計を心がけています。このような系譜の中で日建設計の設計実績の中からインダストリアル建築の新たな展開といえるものを紹介していきます。

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー
1983年日建設計に入社。単体の建築だけでなく、複合化された都市レベルの巨大建築設計まで広範囲に手掛ける。「成田空港旅客ターミナルビル」「明治イノベーションセンター」「羽田クロノゲート」など空港ターミナル、研究施設、物流施設において時代の先端を切り開く施設を設計。医薬品・食品・電子機器などの工場・研究所をはじめ、長野オリンピックフィギュアースケート会場「ホワイトリンク」のようなアリーナ、重粒子線がん治療施設「佐賀ハイマット」なども手掛ける。JIAサステナブル建築賞、公共建築賞、日経ニューオフィス賞などを受賞。

<クレジット情報>
写真1:篠澤建築写真事務所
写真2:日建設計ホームページ「ヒストリー」より     https://www.nikken.co.jp/ja/about/projects_history.html

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