マレーシア政権の行方、ミャンマーへのスタンス……~日経記者が語る最新アジア情勢 《アジアの未来》見どころ解説
2021年5月20日(木)、21日(金)の2日間に開催される第26回国際交流会議「アジアの未来」に先駆けて、参加国現地で取材にあたる日本経済新聞社の記者らによる「見どころ解説」のオンラインイベントが開催されました。
現在アジアで取材を進める日経の駐在員などから、イベントに参加するパネリストの各国の最新情勢、パネリストの最新の状況と想定される発言など、当日の注目点を紹介しました。
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■国際交流会議「アジアの未来」
ー高橋アジア編集総局長
1995年に始まった「アジアの未来」、今回で26回目になります。昨年は新型コロナウイルスの影響で初めて中止を余儀なくされましたが、オンラインを活用し2年ぶりに復活することになりました。
今回のメインテーマは「アジアが拓く新時代 新型コロナ禍の先へ」です。アジア各国の首脳やオピニオンリーダーの肉声をお聞きいただき、コロナ後に向けた様々な課題を考える機会になればと思います。
高橋徹
日本経済新聞社 アジア編集総局長
■「マレーシア」内政の見通し
ー高橋総局長
マレーシアからは今回、ムヒディン首相、マハティール前首相の2人が参加します。この2人は長く師弟関係だったわけですが、昨年2月にムヒディン首相が政権を奪いました。なぜこういうことが起きたのか、今後の内政の見通しはどうなのか、クアラルンプール支局長とシンガポール支局長を兼ねている中野支局長から、解説していただけますか。
ー中野シンガポール支局長 兼 クアラルンプール支局長
マハティール前首相とムヒディン現首相は、3年前に総選挙で野党候補として共に戦って政権交代を実現しました。マハティール氏が首相に返り咲き2年ほど政権が続きましたが、2月に与党連合の内紛で政権は崩壊しました。
きっかけは、マハティール氏がアンワル元副首相に首相を譲ると約束していたのに結局譲らなかったことです。その結果、与党が割れて、ムヒディン氏は汚職で起訴されているナジブ元首相と組んで政権をとりました。一方マハティール氏は、ナジブ元首相と敵対関係にあったこともあり、今は野党の議員として政治活動を続けています。
ムヒディン政権は昨年の3月に発足して以降、かろうじて過半数を維持する状態が続いています。非常事態宣言のもと、国会は事実上休止の状態が続く中、今後の焦点は「いつ解散総選挙にムヒディン首相が踏み切るか」です。年内に総選挙になるのか、あるいは来年以降にずれ込むのか。そのあたりが焦点になると思います。
ー高橋総局長
中野支局長は過去に何度かマハティール氏にインタビューをしていると思いますが、現在95歳、非常に高齢です。マハティールさんの印象、そして今回はどんな発言に注目をしていますか。
ー中野支局長
マハティール氏は、どんな質問にも誠実に答えてくれる政治家だという印象です。要人のインタビューでは「こういった質問を聞くな」と事前に先方からリクエストが入ることもありますが、そのようなことが一切ないのがマハティール氏の特徴です。
その意味で「アジアの未来」の場でも、即興で話すことが多く、毎回どんな発言をするのか関心が高いのだと思います。
今回は、アメリカのバイデン政権が発足したことで米中の関係がどうなるのか、南シナ海の関係がどうなるのか、あるいは、同じ東南アジア諸国連合(ASEAN)のミャンマーでクーデターが起こりましたのでそれをどう見ているのか、ASEANの役割は何だと考えるのか、などに注目したいです。
中野貴司
日本経済新聞社
シンガポール支局長 兼 クアラルンプール支局長
■「タイ」で続く反体制デモ
ー高橋総局長
タイからは、プラユット首相が今回初めて登場します。タイでは昨年から反体制デモがずっと続いているわけですが、批判するデモ隊は何を主張しているのか、それに対して政府はどう対応しているのか、アジア編集総局の村松キャップから解説していただけますか。
ー村松アジア編集総局記者
反体制デモがなぜ起きたかと言うと、前提として今のプラユット政権が軍事政権の流れを組む政権であることがあります。プラユット氏はもともと国軍のトップの陸軍司令官で、2014年にクーデターを起こして軍事政権の首相につきました。2019年に民政復帰に向けた総選挙がありましたが、プラユット氏は国軍寄りの政党の支持を受けて、首相を続けることになりました。
これに対しデモ隊の人たちは「事実上の軍政の継続だ」と批判しています。デモ隊は主に3つの要求を掲げています。
1つ目がプラユット政権の退陣です。
2つ目が憲法改正です。プラユット氏は軍事政権時代に憲法を改正し、国軍が引き続き権力を維持しやすい仕組みを導入しました。具体的には、上院議員250人を国軍が指名する制度です。かつ、この人たちに首相指名選挙の投票権を与えました。国軍が有利になる仕組みです。憲法を変えなければ今の政権が続くというのが、デモ隊の考えです。
最後が王室制度の改革です。タイではタイ王室の権威が強く、王室を批判しただけで最長禁錮15年になる「不敬罪」がありますが、昨年あたりから、若者を中心とするデモ隊が公然と王室を批判するようになりました。背景には、国軍がクーデターを起こすときに国王に承認を求める慣わしがあり、王室と国軍が非常に近い関係であると見なされていることがあります。
プラユット政権側は厳しくデモの取り締まりをやっていて、デモ隊のリーダーを次々と逮捕して不敬罪で起訴し、保釈も認めず彼らがなかなか出てこられないようにしています。デモ隊に放水車で放水をしたり、怪我人が出るなど、治安当局とデモ隊の衝突も激しくなっている状況です。
村松洋兵
日本経済新聞社
アジア編集総局記者
■今、注目される「インド」
ー高橋総局長
インドからは、ジャイシャンカル外相が参加します。日本大使館に勤務していたこともありますし、中国大使、米国大使なども務めた大物の職業外交官です。彼は今、「クアッド」という日米豪印の4カ国の協力枠組みを進めていく上での、インドのキーパーソンになっています。今、なぜインドがこれほど注目されるのか、3月末までムンバイ支局長を務めていた早川氏に聞きたいと思います。
ー早川・国際報道センター Assistant homepage editor
日米豪と中国の関係が悪化する中、人口の規模的にも今後の経済的な成長を見込める意味でもインドをどう取り込むかが注目になっています。インド自身も中国と国境を接していて歴史的にあまり仲が良くありませんし、民主主義を標榜していることから、日米豪と価値観を共有できると位置付けていると思います。
今、コロナでひどい状況になっていますが、コロナ前までは高い経済成長をしてきましたし、今後の成長も見込まれるということで、仲間に引き込んでいきたいということがあると思います。
ー高橋総局長
インドは昨年、国境が未確定のヒマラヤ山中で中国と交戦状態になるという、軍事的に緊張する場面がありました。今、中国との関係はどうなっているのでしょうか。
ー早川・国際報道センター Assistant homepage editor
コロナ禍にもかかわらず、昨年5月に国境が確定していないところで対立が起こり、6月には死傷者を出すような軍事対立がありました。ずっと協議がなされ両国ともに撤退という最終合意には至っていないものの、一時ほどの緊張感はないのではないかと思います。
昨年は、この対立をきっかけに、主にインドから中国に対する経済制裁も目立ちました。インド側は名指しでは言っていませんが、TikTokなどのアプリをインド国内で禁止した例などは、世界的にも報道されました。
早川麗
日本経済新聞社
国際報道センター Assistant homepage editor
(前ムンバイ支局長)
■「シンガポール」の次期首相候補
ー高橋総局長
シンガポールからはヘン・スイキャット副首相が登壇します。次の首相に就任することは確実だと言われていましたが、4月に突如辞退を表明しました。どういう事情で辞退表明に至ったのか、またヘン・スイキャット氏に代わる次期首相レースはどう展開していくのか、中野シンガポール支局長、教えてください。
ー中野支局長
シンガポールは独立以来、3人しか首相がいません。その意味で首相選びは周到に行われてきました。数年前までは、ヘン・スイキャット氏が党のナンバーツーのポジションについたり、副首相に昇格したり、後継へのレールが敷かれているように内外から見えました。それが変化したのは、コロナでシンガポールが独立以来最大の危機に陥り、経験が抱負なリー・シェンロン現首相の任期が延びる見通しになったことです。
当初は、2022年頃までに首相を退任する見通しでしたが、それが延びそうだという中で、4月にヘン・スイキャット氏が突然記者会見をして首相後継を辞退すると自ら表明しました。
会見では、より若い政治家が将来の課題に当たることが国益になると、年齢的な要因を辞退の理由にあげました。リー・シェンロン首相は、この表明を受けて早速内閣改造に着手し、今月15日には新しい布陣が誕生します。ここでは3人の政治家が注目されていて、いずれも50歳前後でヘン・スイキャット氏よりもひと回り若いので、次の首相を担うに十分だと思います。
■アジア各国は「ミャンマー」をどう見るか
ー高橋総局長
今、アジア全体を見渡すとき、最大の懸念はミャンマー情勢だと思います。今回はミャンマーからの登壇者はいませんが、登壇する方々からミャンマーに関してどのような発言が出るのか、あるいは出ないのか、注目だと思います。
日経新聞はヤンゴンに支局があって記者が常駐しています。バンコクからヤンゴン支局をサポートしつつミャンマー情勢を追いかけている村松記者に聞きますが、「アジアの未来」の参加国にスタンスの違いはあるのでしょうか。
ー村松記者
大きな構図として、米国や欧州連合(EU)を中心とする欧米諸国はクーデターを非難してスーチー氏の解放を求め、かつ、経済制裁を打ち出しているという状況です。一方で、中国やロシアは直接的な国軍への批判は避けています。日本は、よく「国軍と独自のパイプをもつ」と言われていて、役割を期待されていますが、現状は大きな成果を出せていないと私からは見えます。
目立った動きをしているのは、ミャンマーが加盟するASEAN諸国で、4月にはミャンマーの国軍総司令官のミン・アウン・フライン氏をジャカルタに呼んで、首脳会議を開いて解決を探ろうとしています。ただ、ASEANの中にも温度差があり、インドネシアやシンガポール、マレーシアは積極的にミャンマー問題の解決に取り組んでいますが、タイやベトナム、カンボジアなどはASEANの「内政不干渉」という原則の立場をとって、あまり積極的には関わっていないような状況です。
先日のASEAN首脳会議では、合意事項としてASEANの特使をミャンマーに派遣するということになりましたが、ミン・アウン・フライン氏は「国内の状況が落ち着いてから受け入れる」というような発言もしていて、実現するのかは不透明な状況です。
今回の「アジアの未来」にはマレーシアの首相やタイの首相が登壇しますので、ミャンマーに関連する発言が出るかは注目しています。
■パネル討論にもご注目ください
ー高橋総局長
今回の「アジアの未来」では、各国リーダーのキーノートスピーチとは別に、パネル討論もいくつか予定されています。その中で注目したいのは、「米新政権とアジア」というセッションです。バイデン政権が発足して100日を過ぎましたが、アジアの主要国から見てバイデン政権はどうなのか、前のトランプ政権がアメリカの歴代政権の中では異質な存在でしたからそれとの比較など、注目したいと思います。
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