見出し画像

「ホテルエデン」第十三話

「大切な想い出」
(2)

 コンコン。

 部屋をノックする音とともにケルビムが入ってくる。
「おはようございます! 北館からは外の景色や様子はわかりませんが、本日も快晴でしょう」
 第一声、やはりどことなくおかしな台詞だが、こんなやりとりにもすっかり慣れてしまった。
「……おはよう、ケルビム。あなたっていつでも元気なのね」
 隣では、アケルが口を開けたまま、まだ寝息を立てていた。
「さぁさ! 食堂へおいでください。わたくし、腕によりをかけまして、おふたりのためにサンドイッチとスープを作りましたので」
 わかったわ、と応えながらも、私はまだ惰眠をむさぼり、温かいベッドの中でモゾモゾとしていた。
 ケルビムが、部屋を出るときに、ボソッとつぶやいた。
「おふたりのお口に合えばよろしいのですが……」
 そう言って、なにやら丁寧にドアを閉めて出ていった。
 ――お口に合えばよろしい……? その台詞、どこかで聞いたなぁと微睡みながら、私は東館、食堂でのごちそうの顛末を思い出した。
「アケル! 大変!」
 ベッドからがばりと身体を起こす。
 隣で寝ていたアケルもびっくりして飛び起きた。
「……たっ、たいへんっ⁉」
「起こしちゃってごめん、アケル、またケルビムに朝ごはんを食べられちゃうよ! 行こうっ」
 急いで服を整えて部屋を飛び出す。
「ほらアケル、急いで~!」
「おねえちゃん、待って~!」
 かわいらしく走ってくるアケルの手を握り、階段へと急ぐ。二階の踊り場でケルビムに追いついた。
「おや? 残念。目が覚めてしまったのですか?」
「残念でした!」
「ざんねんでしたっ!」
 笑いあいながら、アケルと一緒に一階まで駆け降りた。

 食堂につくとテーブル中央にサンドイッチが大皿に盛られていた。一口大に丁寧に切られた小ぶりのサンドイッチだ。
 具材の彩りも美しく積み上げられている。
「うわあー、おいしそう!」
 大皿の隣には、ガラス製の大きなボウルに飾られたカットフルーツもある。アケルも目を輝かせ、今日はちくわのがいいと駄々をこねることはなさそうだ。
 席に着いてふたりでサンドイッチを頬張る。
 ケルビムがカップにお茶を注いでくれ、ハーブのよい香りが漂っていた。三人分のお茶を用意すると、ケルビムも座ってまた仮面の下で食事を取った。
 サンドイッチをたんまり食べ、食後のフルーツをつまみながら思わずつぶやく。
「あぁ、ずっとここで暮らせたらなぁ……」
「わたしも! おねえちゃんとずっと一緒にいたい!」
 これを聞いてケルビムが笑いながら言った。
「ホッホッ……。ずっとここで、ですか? でも人は前に進んでいかなくてはなりませんしねぇ」
 意味深な言い方だ。
「でもなぁ……。私、だんだんここが好きになってるんだよね」
 アケルは夢中でフルーツにかぶりついている。
「ところで次の西館に行くためのキーワードってなにかしらね?」
「実はわたくしも昨日から考えているのですが、この北館は記憶の図書館……。だとするとやはり記憶に関係するなにかではないでしょうか?」
「記憶に関するなにか……」
 私とケルビムが話し合っている隣では、フルーツをすべて食べつくしたアケルがボウルに顔を突っ込み、残った汁を舐めていた。
「ほらほらアケル! そんな猫みたいなことしないの――」
 ――〝猫〟と口にしてしまった瞬間、私は〝楓〟のことを思い出して急に寂しい気持ちに襲われた。ケルビムが、ベトベトになっているアケルの口もとをナプキンで拭いている。
 私は立ち上がり、階段に向かって歩き出した。
「おや? どちらへ?」
「少しひとりで横になりたいわ」口元だけ微笑んだ私に、アケルは「わたしも行く!」と立ち上がった。
「アケル様! おまちくださいませ。わたくしとかくれんぼを致しませんか? もしわたくしを見つけることができましたら、ご褒美に竹輪を進呈します」
 一人になりたいという気持ちを察してくれたのだろう。
「やる! 十数えるからケルビム隠れて!」
 アケルは嬉しそうに両手をあげた。
 ありがとう、ケルビム。


◀前話 一覧 次話▶

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

ありがとうございます!!!!!!がんばります!!!