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「カノンの子守唄」第二話

第一章

空から降ってきたロボット


 村に近いこの森はノアとタテガミのよき遊び場所だ。この日もふたりは朝から森に入って虫殻などを集めては遊んでいたが、ここは目をつむっても歩けるほど親しんだ森。少し刺激を求めたノアは、いつもは行かない森の奥へと入っていく。
 もうすぐお昼だ。おなかが空いたけれど、いつもとはちょっと違うものが食べたい。
「なあ、まだ奥まで行くのかよ」後ろからタテガミがうんざりとした声を出した。
 茶色の瞳に、縮れた黒髪を後ろでひとつに束ねたノアは、きょろきょろとしながら目的のものを探して、どんどん奥へと進んでいく。
「ねえ、タテガミ、私あの実が食べたい!」
 ノアはようやく見たこともない緑の果実を見つけると、その実がなっているそびえ立つ木に向かってわくわくと指さした。ノアのなめらかな白い肌がうっすらと血色よく色づいている。
「またかよ、ノア。毎回、毎回おいらに木をゆらす役ばっかりやらせて、たまには自分で登ったらどうだ?」
 タテガミは不服そうに口をとがらせた。この少年の肌は茶虎模様の毛でおおわれている。大きな金色の瞳、猫のような鼻と口にはヒゲが生えていて、顔のまわりにはライオンのような立派な鬣があった。
「だってタテガミのが木登り得意でしょ? こういうのを『適材適所』って言うのよ。長老が言ってたわ」
「ハイハイ、わかったよ。ノアにまで長老のうんちく話聞かされたんじゃたまんないよ」
 ブツブツ言いながらも、爪を立て器用に木を登るタテガミを、ノアは満足そうに下から見あげた。そびえるほど高い木々の隙間からきれいな青空が見える。茂った葉から差しこむ光が、飛び散る水のしぶきのようにキラキラと美しく感じられた。
 ノアがねだった肉厚でおいしそうな緑の実はかなり上だ。タテガミは実のなっている枝を確認するとその枝の根元まで登っていった。ふと上空で違和感のある大きな光がギラッと反射したように感じてタテガミは目をこらした。まぶしくてよく見えない。
「おーい! どうしたの?」
「なんでもない! ゆらすからはなれてろよ!」
 タテガミは枝につかまると力いっぱい木をゆらした。縦にはるかに伸びた木が、ふり子のようにゆっくりと大きくふれはじめる。ザワザワと葉がこすれ合う音とともに、木の幹や枝が大きくゆれてしなると、ボトッ! ボトッ! と枝から熟れた果実がふりほどかれて、地面へと落ちていく。ノアが「えへへ。おいしそう」とよだれをすすりながらながめていると、次の瞬間そこへ果実ではない別の〝何か〟が落ちてきた。
 ガシャン! ピピピピピガー! ……。
「なんだ!? ノア! 大丈夫か?」
 ノアは腰をぬかし、口を開いて声を出そうとするが、言葉にならない。
「え、なんだって? ノア聞こえないぞ?」
「そ、空から何かふってきた!」
 落ちてきたのは、五〇〇年前にこの場所で停止したロボットだった。天高くつきあげられていたロボットが勢いよく落下してきたのだ。地面に落ちた強い衝撃でわずかにネジが回り、瞬間的に動力が戻ってガガガッと激しい音を立てる。しかし目の奥で白い光が二、三度点滅すると消え、ロボットはふたたび静止してピクリとも動かなくなった。
「タ、タテガミ! 早く来て!」
 おどろく声に、タテガミがあわてて下へおりると、そこにはごろりと横たわるさびだらけのロボットと、腰をぬかして顔面蒼白になっているノアがいた。
「さ、さっき、一瞬動いてしゃべったよ!」
「ノアははなれてろ!」
 確かに聞いたことのない甲高い音がした……。タテガミは村で誰よりも耳がよかった。さっき一瞬聞こえたガガガという音は、カノンのどこの地でも聞いたことがない。タテガミは腰に差していたナイフ――グースーの牙をするどく研磨し加工したナイフを手にすると、今までに見たこともない不思議な素材のそれをじっと見た。
 ノアは立ちあがるとタテガミの忠告を無視して、横たわるロボットの背中側に回ってかがみ込み、大きな蝶型のネジを食い入るように見ていた。
 なんだろう、これ……さっきこれが落ちてきたとき、一瞬動いたような気がする……。
 考えながらノアは、さらにじいっと見るがいっこうに動く気配はない。思い切ってその左右対象の巨大な蝶のようなものをつかんで叩いてみると、バンバンと固い音がした。黒ずんでいるが、地の色は白っぽい色なのかもしれない。煤や苔が一面についているが、ところどころ光るような表面が見えた。ノアの白い手を黒い煤が汚してざらつかせる。
「お、おい! ノア!?」タテガミはおどおどしながら近づく。
「ねえ! タテガミちょっと手伝って!」
「やめろって! そんな得体のしれないもん、ほっとけよ!」
「固くてひとりじゃ回らないのよ」いいながらネジをバンバン叩く。
「まったくおまえってやつは……」
 びくびくと横に立つと、意を決してその大きなネジを両手でつかんだ。
「大袈裟ねぇ。じゃ、私の方に回して! せーの!」
 ノアのかけ声でふたり一緒になってネジを回すがびくともしない。
「なあ、ノア、もういいだろ? 気味が悪いぜ。早く行こう」
 タテガミは動かなかったことに内心ほっとしていたが、ノアはまだ考えこむようにロボットの背中を見つめていた。「もう一回! 今度は逆に回してみよう!」
 ノアのあきらめの悪さを幼いころからずっと見てきたタテガミは、大きくため息をつくとしぶしぶもう一度力を貸した。
「……動きそうだよ!」
 …………カチ。ロボットの内側から、あきらかな金属音がカチッと一音、音を立てた。ネジを手にしているふたりの体にも、その小さな震動が確かに伝わる。
 ふたりは『やった!』と目を見開いて視線を交わすと、そのまま無言で回し続けた。
 カチ…カチ…カチ…カチ…カチ……。
 ロボットの内側からゼンマイが巻かれる音がひびく。ふたりは何度もネジをつかみ直しながら、左へ左へと回した。腕が疲れるほどに回しても、まだ巻き終わる気配がない。
「なんだこれ? ……どこまで回すんだよ」
「わかんないけど! まだ回せる!」
 ノアは興奮して汗をにじませながら、夢中になってネジを回す。ずいぶん長く回していると、徐々にネジにかかる負荷が強くなっていき、力が足りなくなりかけた。
「……もう、無理!」
 ふたりは顔を赤くして額に汗をかいていた。もうこれ以上巻けないところまで巻いて手をはなすとネジはゆっくりと右回転を始める。
「お、おい! 動いちゃったよ!」
「シッ! だまって!」
 ロボットの背中でゆっくりとネジが回っている。しばらくすると、ピッ……ピー……とかすれるような音を立てながら小刻みにガタガタと動きはじめた。
「ガガ……ガガ……ガガ…………。起動……。視界不明瞭、音声異常ナシ、感知器異常ナシ、ボディー異常アリ……錆ノタメ可動域ニ障害アリ。オイルノ注入ガ必要デス」
 しゃべった!? ふたりはおどろき後ずさる。
「生体反応アリ……。コチラ型式CWDTT#12。マザーアマル、停止後カラノ現在マデノ時間ヲ、送信シテクダサイ…………」
 横向きに倒れたままのロボットは、その場でガタガタと頭を動かして視界の端に入ったノアを認識すると何やらブツブツつぶやいた。
「応答ナシ…………」
 ロボットの白い目の光がゆっくりと点滅している。その人工的な無表情さからは、その目がどこを見ているのか、何を考えているのか、まったくわからなかった。
「おい! おまえ! 何者だ!」
 タテガミはナイフを向けて脅しをかけた。まわりを見るために回そうとしたロボットの頭はガタガタとひっかかり、右へ左へとはね返された。その様子を好奇心に満ちた目でのぞきこむノアに気づいたロボットは、動きを止めると、ノアへ向かって話しかけてきた。
「コンニチハ。アナタハ〝キメラ〟デスネ? 言葉ハ通ジマスカ?」
 横たわったまま、ロボットが言った。その言葉はとても平坦で抑揚がなく聞き取りづらい。それでもこの見たことのない塊が、ノアにわかる言葉で話しかけてきたことはわかった。
「キメラっていったい何のこと? あなたは何? どうして空からふってきたの?」
「言葉ハ通ジルヨウデスネ……」
 ロボットは転がったまま、ふたたび空をあおいで状況を判断する。
「空カラ降ッテキタノデハアリマセン。……コノ木ニ引ッカカッテイタダケデス」
 少女の言うように、自分が空からふってきたのだとしたら、このそびえる木に絡めとられていたとしか判断できない。ロボットの最後の記憶、それはようやく幼木の生えはじめた荒れ果てた場所だった。自分は停止した後、木が育つままにそのまま持ちあげられ、とてつもなく長い時間がたったのだろう。目覚めたとき、回収もされていなかった。
 マザーアマルから応答はない。ほかの仲間からも……。先ほどからアンテナでもある背中のネジから信号を送信しているが、どこからも受信信号はない。
 いったいどれほど時間が過ぎたのか。計画はどうなったのか。自分がマザーの元を出発してからの方角と距離の記録は残っている。ロボットは辺りをもっとよく観察しようとして、うまく動かない頭をガタガタとゆらしながらせまい視界の中で考えていた。
 長い年月の汚れからか、視界がとても黒くくぐもっていて見づらい。
 ロボットは少女の横に、もう一体の生物がいるのを発見した。ノアの横にいた少年――タテガミに視点を移したその瞬間、ロボットは意味のわからない言葉を並べはじめた。
 少年の肌はすべて茶虎の短い毛に包まれている。背中が軽く曲がっていて、見るからに獣人のようだ。ロボットはタテガミの毛におおわれた姿を見て、ひどくおどろいた。
「ソ、ソンナ! 獣人キメラ? キメラ計画ニハ、ソノ予定ハナカッタハズ! マザーアマル、応答シテクダサイ! 応答シテクダサイ!」
 気味悪くなったタテガミは、尻ごみして言った。「お、おい、早く帰ろうぜ……」
 その言葉にロボットが反応して、その頭がガタガタとタテガミに向く。
「帰ル? 近クニアナタタチノ、コミュニティーガアルノデスネ! ワタシモ連レテッテモラエマセンカ?」
 ふたりはおどろいて顔を見合わせた。
「ダメだぞ! 危険なやつかもしれない。絶対に連れてけないぞ?」
 ノアの目がきらきらと楽しそうに光る。横たわったロボットにくぎづけになって目をはなさない。「このままにしておけない! タテガミお願い! 責任は私が持つから!」
 タテガミは大きくため息をついて頭を垂れた。
 ノアは生まれて初めて見たこのロボットにおどろくこともなく親し気に話しかける。
「ねえあのさ、そのしゃべり方すごく聞き取りにくいんだけど、なんとかならない? どこから来たの? あなたって生きてるの?」
 怖いもの知らずのノアは返事を待たずに次々に語りかけた。
 タテガミはノアのこんな向こう見ずな性格にいつもふり回されていたけれど、何に対しても先入観を持つことなく、まっすぐに向かおうとする姿勢にはひそかに尊敬していた。ノアは大切な友だちだけどやっぱり長老の孫だ。代々おいらたちの村を治めてきた家系の娘。それにしてもこの見たこともないやつを村に運ぶとして、いったいどこを持ったらいいのか――そう考えあぐねていたタテガミは、ロボットの体をあちこちつつくように触りながらげんなりと呆れ顔をして聞いていた。いくら尊敬はしていても、こういつも付き合わされるのはとても疲れる。
「ナルホド。ゴモットモデス。電力消費ガ激シクナリマスガ、仕方アリマセンネ」
 ロボットはなにやらよくわからないことをまたつぶやいた。
「コミュニケーション機能オン……。会話モードオン――」
「なあ、これどうやって運ぶんだよ。転がしてくか?」
 ふたりはロボットの腕と足を持って、なんとか胴体を浮かそうとしていた。
「できれば転がすのはやめていただけると助かります」
 突如自然な調子で話しはじめたロボットにおどろいて、ふたりは思わず手をはなした。浮かびかけていた体が地面にドシンと落ちる。
「落とすのも、やめていただけると助かります」ロボットの目が、困ったように点滅した。
 気を取り直してロボットを背負うとふたりは歩き出した。かなり重いが、ノアはどうしても村に連れていきたがった。必死でロボットの頭を支えているノアを心配しながら、タテガミも足を持つ。少しずつ休みながらも、森の中を村に向かって進んだ。
「それで、どこから来たの?」
「地球という惑星からです」
「チキュー? ワクセイって何?」
「そうですね。あなたたちが暮らしているこの土地から、はるか遠いところから来たのです。惑星というのは――太陽のまわりを回る巨大な星なのですが――あなたのような姿の人たちが、たくさん暮らしていました。私は彼らに作られたロボットです」
「ロボット?」
「はい。人の手助けをするために作られました。私たちは新しく住む場所を探して、遠く旅をしてきたのです。しかしこの惑星の調査中に停止してしまいまして……」
「旅をしてきたってことはほかにもいるのね。その人たちはどうしているの?」
「実はわからないのです……。私が停止してからどれほど時間が経過したかもよくわかりません。見るかぎり相当の時間がたったようです。私がこの惑星におりたったときには、あなたのような方々は誰ひとりとしていませんでした。そして、キメラ計画も……。マザーアマルからの応答がないので、私にはこれ以上のことがわからないのです」
 タテガミはただだまって事の成り行きを見守っていた。こんなに重いのに、ノアがよく話せるものだと尊敬しながら……。
「ねえ、そのキメラって何? それにマザーアマルって?」
「困りました。〝キメラ計画〟について、私には話す権限は与えられていません。マザーアマルは私の上司、わかりやすく言い変えるなら監督者です」
「ふうん、私のおじいちゃんみたいなのかしら。私のおじいちゃんも監督者よ、村の長老を任されてるから」
 ノアが村のことを話しはじめたのを聞いて、タテガミはふてくされて口をはさんだ。まったく、ノアには警戒心っていうものがない。
「なあ、ノア! こんな得体のしれないやつに、何でもかんでも村のこと話すなよ!」
「……ノア? それがあなたの名前なのですか?」
 うっかり自分からノアの名前を教えてしまったタテガミは気まずそうにしていたが、ノアはそんなことは気にもとめずにロボットと話し続ける。
「そうよ、忘却の都〝ノア〟。私の名前はそこからつけられたの。いい名前でしょ」
「忘却の都?」
「そっか、あなたはよそ者だから、このカノンの伝説を知らないのね」
「カノン? あの音楽の、カノンですか?」
 ロボットが不思議そうにする。ノアとタテガミは笑い出した。
「違うわよ。カノンってのはこの地上すべてのことよ。その上で暮らす私たちはカノンの民。あなたの言う、そのキメラとかってのじゃないわ」
「『この地上すべて』ですか……」
 この星に住む知能を持つ生き物は、この星を〝カノン〟と呼んでいた。いつからそう呼ばれるようになったのか、誰がそう名づけたのかはわからなかったが、とにかくこの星をみんながカノンと呼び、そこに暮らす自らをカノンの民と呼んだ。
「そうさ。忘却の都〝ノア〟ってのは伝説で語りつがれてるんだ。カノンの民の祖先は、そのノアってとこからやって来て、カノンの各地に散らばったっていうお伽話さ」
「お伽話なんかじゃないわよ!〝ノアの都〟は絶対にどこかにあるはずよ!」
 むきになるノアに、タテガミは笑い出した。
「まあ、もうすぐわかるよ! ずいぶん前に伝説の〝ノア〟を探しに村を出ていったノアの親父さんが帰ってこればさ」
 ノアの家系は代々開拓者であり、冒険家でもあった。彼女のひいおじいさんは、数十人の仲間を引き連れ、この森の傍らに村を興した。現在の長老と呼ばれる人物は、彼女のおじいさんにあたる。長老も若いころは冒険家で、伝説のノアの都を探し求めてこの世界を旅して回っていた。現在その夢は、息子、つまりノアの父に委ねられ、彼女の父は何年も前から伝説の〝ノアの都〟を探して家を出ている。
 茶化すタテガミに、口をとがらせるノア――そんなふたりにロボットが言った。
「あなたたちの話を聞いて段々と理解しました。どうやら私はあなたたちの言う〝ノアの都〟の場所を知っていて、私の見立て通りあなたたちは、〝マザーアマル〟によって生まれた〝キメラ計画の子孫〟のようです」
「ええ!?〝ノア〟の場所を知ってるの? それにマザーアマルって、さっきあなたの監督者だって言わなかった? その人が私たちを産んだって言うの?」
 伝説の〝ノア〟の場所を知っている? 自分たちを産んだ祖先が生きている?
 ふたりの常識をひっくり返すようなことを表情も変えずに、さも当たり前のように話すロボットに、ふたりともすでに夢中になっていた。タテガミの鬣が、おさえられない興奮を示すように逆立って、顔の輪郭がひとまわりも大きくなっている。
「おい! ノア! これが全部本当だったらものすごいことだぞ?」
「ねえ! あなたの来た伝説のノアはここから遠いのかしら。伝説通り、ノアは言葉では表現できないほど、きらびやかな都なの? 私たちを産んだマザーアマルってどんな人なの? 私のように髪は縮れて黒色かしら、それともタテガミのような顔かしら」
 ノアは目をかがやかせながら、取りとめなくロボットに質問をしていく。
「ああ! やっぱり言わないで! 自分の目で確かめたいもの!」
 ロボットはおかしいとでも言いたげに、目をチカチカと交互に光らせると頭をゆらした。「ハハハ。ノアさんは、忙しい人ですね」
 ひとり盛りあがっているノアに水を差すように、タテガミは言った。
「おい、まさか行くつもりじゃないだろうな? 長老が絶対許してくれないぞ!」
「そんなことないよ。それより、ねえ、さっきあなたが話してた音楽のカノンっていったいどんなものなの?」
 ノアたちにとって音楽とは、儀式や狩りのときに大人が鳴らすドーンドーンと空にひびく威厳のある音だったり、村人が亡くなったときに森で流す静かな音のつながりだ。
 旅人がたまに見たこともない楽器を持っていると、ノアはいつもこっそりお願いして聴かせてもらった。ノアには興味があった。
 ロボットは昔の記憶を思い出していた。カノンを再生するのは本当に久しぶりだ。
「ミュージック、カノン、再生」美しい旋律が、ロボットの口から流れはじめる。やさしい日差しの当たるゆるやかな坂道をゆっくりと登っていく……。
 心の中はおだやかな静けさに包まれていても、内側に秘めた期待感にも似たエネルギーは今にも器からあふれ出しそうだ。ゆるやかな坂道を登った先には、眼下に広がる真っ青な海と真上には雲ひとつない青空。弧を描きながら舞い落ちていく花びらと、弧を描きながら舞いあがっていく綿毛。舞いおりているのか? 舞いあがっているのか?
 説明のつかない感覚に包まれていく……。様々な色を持った光……十二色の光のかけらが互いに絡まり合い、ひとつの道筋へと流れていった……。
 気がつくとふたりはロボットをかついだまま、ぼんやりと立ちつくしていた。
 ふたりの目からは涙が流れていた。
「〝カノン〟は、マザーアマルの部屋でいつも流れていた音楽。彼女のお気に入りです」
 音楽が鳴りやんでもふたりは動けなかった。初めて聴いたはずなのに、ずっとこの音楽を知っていたような気がする。とてもなつかしく、そして色あせることなく、脈々と自分の中で流れ続ける……そんな感覚にふたりはとらわれていた。

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