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「ファミリア」第二十三話

Jim
(11)


 局長室へと向かう途中、アニーが信じられないといった表情で私に訊ねた。
「ジム。一体どうしたというの? あなたのような優秀な死の使いが、まさか掟を破るような馬鹿な真似をするなんて!」
 責めたてるアニーに私は答えた。
「君も『愛』を知ればきっとわかるさ。私も、その『愛』によって突き動かされた者の一人だ」
 この言葉は彼女の心の奥へと届くだろうか? 私がヴァレリーと出会い、彼等を知ろうとしたきっかけになったように。
 私のこの言葉から、彼女は何か少しずつでも変化していくんだろうか? 
 納得がいかない様子のアニーは、それ以上は何も訊ねることなく、黙って私を局長室へと送り届けた。

 局長室の分厚い両開きの扉を開けると、正面のデスクでは、椅子に座って書類整理に追われる男が、横目で私を見た途端に、他の者たちを部屋から人払いする。
「そこらへんに座って、適当に待ってろ」
 そう言いながら、彼はデスクの上に山のように積み上がった書類に目を通し、そして次々にサインをしていった。
 思っていたよりも広くはないこの部屋の様子は、まるで人間の「オタクFreak」と呼ばれるような者の部屋そのもので、散らかりきった部屋には、人間界のアニメーションフィギュアにポスター。それに、人間が使うテレビゲーム機なども置いてある。
 今まで実際に彼と接する機会などなく、彼がどんな人物なのかも知らなかった私は、この部屋の破天荒ぶりに不安を覚えながら、彼の手が空くのを待った。
「散らかってるだろう? お前、片付け得意か?」
 部屋を見渡していると、仕事を終わらせた彼がコーヒーを煎れて私に手渡した。
「ビスケット食うか? 今ハマってるのがあるんだよ」
 そう言って取り出したのは、私が好きだった絵描きのフラミンゴが描かれたビスケットだった。
「人間ってのは良いよな? 洒落た音楽に、面白いアニメーションや映画。テレビゲームなんてやってたら、時間が経つのも忘れるくらいさ」
 美味そうにビスケットを頬張り、それをコーヒーで流し込む。呆気にとられ、その様子を黙って見ている私に、彼は慌てて言った。
「あぁ! そうか、自己紹介がまだだったな! 俺はウィリアム。お前たちのボスだ」
「ウィリアム。私は……」
 立ち上がり、そう言いかけた私を制止するように、彼は言った。
「ウィルで良いよ。それに部下の名前は全員知ってる。ジムだろ? 掟を破って魂の交換なんて禁じ手を使った……」
 ウィルにすべてを見抜かれた私は言葉を失くし、再び椅子へと腰掛けた。
「さて、今も話したように、お前は俺たちが遵守すべき掟を破り、そして俺はボスとしてお前に罰を与えなくちゃならないんだ」
 デスクの上に飛び乗り、腰掛けたウィルが、さっきまでの緩んだ表情を一変させ、私を睨むように話し出した。
「自分が犯した罪の重さは十分理解している。だから、私はどんな罰でも受ける覚悟だ」
 自分の犯した罪をごまかそうなどとは微塵にも考えてはいない。私は自らの意思で掟を破り、その予定のないジェシーの魂を冥界に送り、その予定のケイトの魂を彼女の肉体へと移したのだから。
「お前を罰する前に、一つ聞いておきたいことがあるんだが」
 ウィルに訊ねられ、私は彼の方へ顔を上げた。
「ケイトを救ってジェシカを冥界に送り、お前はどう思った? 間違いを犯したと後悔したか? それともケイトを救えて良かったと思ったか?」
 ウィルの質問に、私は少しの間考え、そして彼に答える。
「自分が正しいことをしたかどうかはわからない。ただ、後悔はない。私は、自らの意思でケイトを救いたかったからだ」
 私の答えを聞くと、ウィルは大きく溜め息をついて話し始めた。
「お前にも自覚があるように、掟がある以上、秩序を守るために、それを犯した者には罰を与えなくちゃならない」
 ウィルはデスクから降りると、山のように積まれた書類をパラパラと私の前でめくって見せる。
「だが、どれだけ過去の記録を遡っても、過去に掟を破った者は一人もいないんだよ。誰一人として」
 再びデスクに飛び乗ったウィルは、まるで独り言のように呟いた。
「お前らは本当に優秀だよ……面白みがないと言うか、馬鹿が付くほど真面目さ。引退した先代の局長に相談したが、『知るか』と突き返されたしな……」
 再びビスケットを放り込み、コーヒーで流し込んだウィルは私に言った。
「そこでだ! お前の処遇なんだが、人間の例に倣って懲役刑という檻の中に閉じ込めて、その自由を奪う罰を与えようと思うんだが?」
「懲役刑? ……檻?」
 聞き慣れない言葉に訊ね返すと、ウィルは肯き答えた。
「そうだ。刑務所ってやつだな。しかし、お前も知っての通り、ここには檻なんて物は存在しないし、お前一人を閉じ込めておくために、莫大な予算を使って、今後使うかどうかもわからんような物を作る気も俺にはない」
 彼の言いたいことが理解できずに、私はただ黙ったまま、ウィルの話を聞き続ける。
「それで考えたんだが、お前に人間の体を与え、人間界にお前を閉じ込めておこうと思う。期間は、そうだな……まぁ適当だ」
 彼の話を要約すると、つまり私は、今後死の使いとしてではなく、人間として人間界で生活をするということなんだろうか? 
「刑の執行はたった今からだ。お前が十分反省したと見做《みな》したら、誰かをお前に寄こすよ」
 私は立ち上がると、ウィルに詰め寄って言った。
「ちょっと待ってくれ! それではあまりにも罰が軽すぎるのでは?」
 ウィルは首を振り、ビスケットを放り込むと言った。
「もう決定事項だ。ただし、無茶するなよ? 今までみたいに不死身じゃないんだ。反省する前にこっちに戻ってくるなんて間抜けだけは避けろよ?」
 そう言ってウィルが何かの書類にサインを書き入れた瞬間、私の目の前は真っ白になり、その意識は遠退いていった。

     †

 何かが私に向かって吠えている。
 体は凍えそうに冷たく、体中が痛い。
「ワン! ワン!」
 私の耳元では、まるで野犬が今にも私を食い殺そうと、声を張り上げているように感じた。一体どれほど意識を失っていたのか? 瞼を開けると、星空は霞み、茜色の空が街を覆い始めている。
「ワン! ウーッ……」
 鳴き声の方に視線を移すと、私の目の前にはケイトの弟分、チク・タクが私に向かって吠えていた。
「チク・タク? ……チク・タクか⁉」
 その場を起き上がると、そこは大きな建物の地上駐車場のようで、視線の先には見覚えのある建物が建っていた。
「ここは?」
 私が呟き歩き出すと、チク・タクもチャカチャカと足を鳴らしながら私についてきた。建物の看板を確認すると、そこにはこう書かれている。

《ディランシー総合病院》

 私はチク・タクと顔を見合わせると、すべてを思い出し、慌てて彼を抱え上げ、そして病院の中へと駆け込んでいった。

 ジェシーの肉体を持つ、ケイト・クーパーに会うために……。

《了》

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