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「時間泥棒」第三話

第三章

魚海町シーサイド商店街

 タイムカプセルらしき銀色の球を掘り出した場所から数十メートル先には、じっと座ったままの白猫が、まだこちらを見つめていた。
「不思議な猫だなー。ボクたち初めて見るのに、前にも見た気がするなんて」
 白猫を見ながらマルコがつぶやくと、ミチルが言った。
「わたしはなんだか、今日って日が始まったときから、ずっと不思議な気分がしてるわ」
 相変わらず逃げようとしない白猫を眺めながら、僕はこの不思議な感覚の始まりが、一体いつからだったのか思い出そうとしていた。
「朝の支度なんて大体同じだしね。あたしは毎日部活のジャージをカバンに入れる」
 そんな紅葉にジョージがうなずく。
「そうだよな! 俺の夏休みの日記なんて、毎日『昨日と同じ』って書いてたしな!」
「バカ言わないで、それはあんたの日記だけよ。でなけりゃ、夏休みは毎日デジャブばっかじゃない!」
「ねえ、なんだかあの猫、ボクたちに用事があるんじゃないかな?」
 一向に動こうとしない白猫を見ながら、マルコが言った。
「迷い猫なのかな?」ミチルがゆっくりと近づいていく。
「だとしたら、用事があるのは俺たちじゃなくて、犬のお巡りさんだろ?」
 ジョージが冗談めかすと、紅葉が睨みをきかした。
 ミチルが近づいても白猫は逃げなかった。もう少しで触れそうな距離まで近づくと、白猫はゆっくり立ち上がり、少しだけ離れるとまたしゃがみ込む。後ろからついて行ったマルコも、ミチルと一緒に白猫の後を追っていった。
「チッチッチ、おいでー、ボクたちは君の味方だよー」
 マルコが手を伸ばす。ギリギリまで近づくと、白猫はまた移動してしゃがみ込む。
「大丈夫、大丈夫、怖くないよー。チッチッチ、おいで、マシュマロー」
 いよいよ白猫に名前を付け始めたマルコが、再びミチルと一緒に近づいていく。
「焦らしてるのかな?」様子を見守りながらつぶやくと、ジョージが言った。
「いや、たぶんバカにしてるんじゃないか?」
「猫にバカにされるなんて許せない! あたしが捕まえてやるわ!」
 紅葉はそう言うと、今度は全速力で白猫を追いかけ始めた。
「ちょっと紅葉!? 猫がかわいそうだよ!」
 引きとめても無駄だ。本気で走る『コスモ小の流れ星』に声は届かない。迫ってくる紅葉に驚いたのか、白猫も走りだす。距離はまったく縮まらず、暫くすると「冗談よ」と言って紅葉は走るのをやめた。
 その途端、白猫も足を止め、優雅に毛繕いを始める。それをみて、サーッと紅葉の顔から笑顔が消えた。さらにそんな様子をチラッと見ながら、今度は大あくびをする白猫。
「バカにしてんじゃないわよ⁉」
 紅葉は再び全速力で走り出し、白猫を追って公園から出ていってしまった。
「マジか、紅葉のやつ、猫相手に手加減なしとは、ますますクレイジーだぜ……」
「冗談言ってないで追いかけなきゃ! 猫がかわいそうだよ」
 僕たちはふたりを追いかけて公園を出た。

 緩やかな下り道を走っていくと、かなり後ろからミチルの声が届いた。
「千斗君! ジョージ君! ちょっと待って!」
 ミチルが、マルコを支えながら歩いてくる。体の大きいマルコは、苦しそうに大きく息をあげて、滝のような汗を流していた。
「おいおい、アレは生まれたてのクマか何かか? まだ二〇〇メートルも走ってないぞ」
「ハァハァ……みんな、ゴメンね! ボク、あんまり運動は得意じゃないから……」
「大丈夫だよ、マルコ。どっちみち紅葉に追いつけるやつなんて一人もいないんだから」
「そうよ。マルコがバテなくても、そのうちわたしがバテてたわ」
「千斗君、ミチルちゃん、……ありがとう」
 すでに紅葉たちの姿は見えなくなっている。
「紅葉がまっすぐおりてったのは間違いないんだ。このまま進めばそのうち見つかるぜ」
 マルコの息が整うのを待ち、坂道をおりていくとサイレンが聞こえてきた。
「また救急車⁉ 消防車かな?」
 マルコが不安げにキョロキョロとする。
「ほんとだね、でも火事なのか、事故なのかもわからないね……」
「病気なのかもしれないしね。どこだろう?」
 ミチルも辺りを見回した。

 坂道は、見晴らしが良いにもかかわらず、どこからも煙が上がってるようには見えなかった。鳴り続けるサイレンに、ジョージも耳を澄ます。
「こんなクレイジーな田舎町で、一日に何回もサイレンを聞くなんてめずらしいな」
「マシュマロは大丈夫かな……? 紅葉ちゃんもケガしてなければいいけど」
「しかしどこまで追いかけていったんだ? あのクレイジー娘は」
 坂道を下っていくとコスモ小学校が見えてくる。校内もぐるりと一周してみたけど、やっぱり紅葉の姿はどこにも見当たらなかった。
 運動場では、野球部にサッカー部、そして端では陸上部がグラウンドを使っている。
「ちょっと陸上部の人たちに聞いてみようか」
 紅葉が部員を呼び止めて尋ねてみるけど、やっぱり何もわからない。途方にくれた僕たちは、校門前で立ち尽くした。
「手がかりなしか……参ったわね」
「もしかして紅葉のやつ、飽きて一人で帰ったんじゃないか?」ジョージがつぶやく。
「紅葉は部長を任されるくらいの人物だよ。それはないと思うけど……」
 白猫の行動はすごく不自然だった。逃げるかと思えば急に止まったりしてすごく意味深だった。もしかして、わざと座って僕らを待ったり、目の前であくびして気を惹き付けたりしてたのか? でもなんでそんなことをするんだ? おまえらなんかに捕まらないぞ! ってバカにしてる? それともついて来てほしいってこと……? 
「千斗? またおまえ」
 じっと考え込む僕を見て、ジョージがまた勘違いをしている。
「違うよ! もし僕があの白猫だとして、僕たちになにか協力してほしいことがあるなら、どこへ連れて行きたいんだろうって考えてただけだよ!」
 ミチルが写真を取り出す。「そうよ、あの猫、わたしたちに気づいてほしいみたいにわざとこの場所を掘ってたわ」
「だけどよ? この写真にクレイジーなとこなんてあるか?」
 写真に変なところはない。もちろん撮った覚えはないから、それは解決してないけど。
「ここ! ねえ! ここ見て!」
 何かに気づいたマルコが、写真の右隅っこを指さした。
 ピンクと白の縞々の物体がぼんやりと写っている。
「このクレイジーな物体はなんだ? まさか心霊写真?」
「シーサイド商店街の提灯だよ!」マルコが声を弾ませた。
「ああ、確かにあるわね。昔からずっとあるし馴染みすぎてて忘れてたわ」
 商店街のアーケードには、これに似た提灯がズラッと吊り下げられている。
「でも、どうしてシーサイド商店街なのかしら?」
 ミチルが考え込んだ。
「とにかく行ってみようよ! 紅葉もいるかもしれないし」
 みんな黙ってうなずくと、シーサイド商店街のある魚海町へと急いだ。

「ここから行くと三〇分くらいかかるかな?」
「ねぇ! 商店街に行くなら、やっぱりバーガーが食べたくなるよね?」
 マルコが途端に元気になる。さっきまでよろよろと坂道を歩いていた人物とはとても思えない。
「いや、俺たちだけでバーガー食ってるところを、万が一紅葉に見つかったらと思うと、とても飲み込めそうもないぜ……」
「大丈夫だよジョージ君! 飲み込めないなら一緒にドリンクも頼めばいいんだよ!」
「あっ⁉ そうか! 頭いいな! おまえ‼」
 小学校の脇を通り抜けて大通りまで出ると、そこは魚海港通り。町の主要道路の一つで、一直線に魚海港までつながっている。休日になると沢山の車と人で溢れるこの通りも、平日の今日はそれほど混んでいない。まっすぐ港へ向かう。大きな交差点に差しかかり赤信号で立ち止まると、目の前をイエローバスが横切るのを見てミチルが口を開いた。
「そういえば、授業中に見たあのバスの事故はどうなったのかな?」
「街路樹にぶつかってたみたいだったよ。ケガ人が出てなければいいけど……」
 やがて目の前に魚海町シーサイド商店街が見えてくる。心なしか、マルコの歩くスピードが速くなった。商店街は海沿いにあるから、磯風が気持ちいい。平日でもそれなりに混んでいる。通りの両端には、ピンクと白の縞々の提灯がぶら下げられていた。
「やっぱりここで間違いなさそうだね」
「問題は、この写真をどこで撮ったのかよね……」写真と風景を照らし合わせながら商店街を進む。写真の背景はピントがブレていてどこで撮ったのかまではわからなかった。
「あんまり良いカメラで撮ったんじゃないのかな?」ミチルがいう。
 気づくとさっきまですぐ後ろを歩いていたはずのマルコとジョージがいない。
「ちょっと待って、マルコとジョージがいないんだ!」
 ミチルはニコッと笑って、そんなことは気にも留めず、人混みの中へと消えていった。
「あれ? おまえ、はぐれたの?」
 一人立ち尽くす僕の前に、手にバーガーを持ったジョージとマルコが戻ってくる。
「僕がはぐれたんじゃなくて、君たちがはぐれたんだよ。ねえ、それより早く食べちゃいなよ。紅葉に見つかったら大変だよっ?」
「大丈夫、ドリンクも買ったから」ジョージは余裕の表情でシェイクをすすっている。
「なにが大丈夫なのよ?」聞き覚えのあるその声に血の気が引いた。
 はっとして振り返ると、紅葉が目の前で睨みつけていた。横にはミチルもいる。
「ねえなにが大丈夫なの! 人に猫を追いかけさせといて自分たちはハンバーガー?」
 ジョージは、黙って残りを口に押し込むとドリンクで押し流した。
「いい身分よね⁉ ミチルは真っ先に探しに来てくれたのに!」
 すごすごと後ろをついていくと、商店街の真ん中で紅葉が立ち止まった。
「ここまでは確かに追ってたのよ。でもこの辺りで、白猫を見失っちゃって……」
「でも、こんなに人がいるんだ。誰か見てないか、聞いてみようか?」
「それが不思議なのよ。追いかけている間ずっと、誰も白猫を気に留めないのよ! 歩いてる人たちの足元をすり抜けて行ってるのによ?」
「白猫に気づいてない……ってこと?」
「わかんないんだけど、そうとしか考えられない……」紅葉はしかめっ面だ。
 商店街を猫が走る光景は、それほど珍しくない。でも後ろを『コスモ小の流れ星』の意名を持つ紅葉が追いかけてるんだ。それにいくら鈍感な人でも、足元すれすれを猫が通ったら気づくはず。誰も気づかないなんて、そんなことってあるだろうか? 
 そのとき、写真と、商店街を見比べていたミチルが声を上げた。
「ねえ、あそこ! 見て!」
 ミチルが指さした場所は、薬局と本屋の間の隙間だった。そこから白猫が顔を出し、こちらをジッと見つめている。
「マシュマロ! チッチッチ」
 近づいても、白猫は逃げる様子がない。
「怖くないよ、おいで~マシュマロ」
 ぎりぎりまで距離を詰め、マルコがいざ白猫を抱き上げようとすると、あり得ないことが起こった。
 隙間は、猫がようやく通れるほどの幅しかない。そこをマルコの体がするっとすり抜けて見えなくなった。
「マルコ⁉」
 慌てて腕を伸ばすと、僕の腕がすうっと透け始め、みるみる全身が壁に溶け込んでいった。次の瞬間には、僕たち全員が壁に吸い込まれていた。

 一瞬気が遠くなる。目を開くと、一軒の古びたお店の前に立っていた。周りは薄暗がりでお店意外には何も見えない。商店街の壁も、通ってきた隙間もどこにもなかった。
「な、なにが起こったんだ……?」
 ぼわんと耳鳴りみたいな音が響いている。トンネルのような独特の静けさで、上を見上げても空はみえないけど、完全に真っ暗でもなかった。霧がかったようなぼやっとした場所だ。古ぼけたガラス窓にはアンティークの置き時計が飾られ、古民家のような造りの扉の上に古めかしい木材の看板に《黒野時計堂》と彫られている。
「おい! これってもしかして、ものすごくクレイジーな展開なんじゃないか⁉」
「どうなってるの⁉ わたしたち、商店街にいたはずよね?」
 あまり動じないミチルも、今回ばかりは動揺している。
「と! とにかく、みんな一度落ち着こう!」
 僕の声も裏返っていた。
 そのとき、扉が開き、店内からお爺さんが出てきた。白猫が足元に寄りそっている。
 お爺さんは僕らをゆっくりと見渡すと、ニッコリ笑ってこう言った。
「いらっしゃい、よく来たね」

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