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Ex1_『コボルドのRPGデザイン』感想

 ゲームデザインの本。といっても、コンピュータゲームのデザインやUIデザインではありません。でも、本質的にはUXデザインの一種です。第一弾『コボルドのボードゲームデザイン』とも、アメリカ合衆国で執筆され、数年遅れで日本語翻訳が出版されました。ゲームと聞くと、日本ではコンピュータゲームを連想する人が多いでしょう。コンピュータゲーム以外のデザイン論が書かれており、しかも2012年のエニー賞を受賞しているところに、アメリカのゲーム文化の成熟を感じます。それはすなわち、日本にもいずれゲーム文化が波及してくると思います。
 文化が伝播すると考える理由は「タテ・ヨコ・算数」の思考です。立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏が「タテ・ヨコ・算数」思考法を説明しています。タテは歴史から考えること、ヨコは他国や異業種を考えること、算数は数字(ファクト)から考えること。だから、アメリカのゲーム文化成熟は日本にも影響を与えると推測できます。21世紀になって情報伝播の速度が格段に速くなったことにより、以前より普及が早くなるかもしれません。

まずは、最も大事と感じた箇所を「1.デザインとは何か?」より引用します。

 私はゲームをデザインするとき、新規のものや、あるいは既存のスタイルに興味を持つプレイヤーに向け、どんなルールを作り出せば魅力的な体験を提供できるのかを考えます。
 ゲームデザインとは、プレイせずにプレイ体験を創造する作業です。つまり、あなたはデザイナーとして、自身の作品で他の人々に新しいプレイ体験をもたらすのです。

「体験をもたらす」すなわち、2000年代のビジネスで頻繁に言われるようになった「モノからコトへ」であり、「UXデザイン」です。そして複数のゲームデザイナーが得意分野を生かして共著している点も特徴です。こういう書籍の存在が、アメリカのゲーム文化の成熟とユーザー人口の大きさを感じます。ゲームデザイン論と言っても、デザイナー志望者だけが読むわけではないと思います。異分野、例えば、小説の書き方として『ミステリーの書き方』(日本推理作家協会編著、幻冬舎文庫)『売れる作家の全技術』(大沢在昌、角川文庫)など多数の書籍があります。『アニメを作ることを舐めてはいけない -「G-レコ」で考えた事-』(富野 由悠季、KADOKAWA)など映像制作の書籍もあります。これらを実際に読んでも、作家になる人は一握りでしょう。ですが、ファン層がこういう書籍を読むのは、創作技術を知ることで多角的な楽しみ方ができるからです。

『コボルドのRPGデザイン』は「Part1 ゲームデザイン」「Part2 アドベンチャーを充実させる」「Part3 執筆、応募、出版」という3部構成で書かれています。特に気になった点を紹介します。

「1.デザインとは何か?」では、デザイン有効性の要因3つ「受け手の期待」「驚きと独創性」「プレイ体験の向上」と書かれています。他の言葉で言い換えれば、期待に合っているかどうかは顧客満足、期待を超える驚きは顧客感動。体験は、UX全般を考慮したデザインということでしょう。

「2.RPGをデザインする:コンピュータとテーブルトーク」に書かれているコンピュータゲームとの比較は興味深いです。日本ではどちらの分野のゲームデザイナーも比較論を書いていないと思います(私が見つけていないだけかもしれませんが)。

「6.無限のタマネギ:プレイの深さを創造する」では、テストプレイの重要性を書かれています。プロトタイプを作る、テストプレイ、フィードバック。「デザイン思考」に似通った点があると思います。というか、明文化されていないだけであり、分野に関わらずアメリカのデザイナーはフィードバックプロセスを何度も回すことの重要性を認識しているのでしょう。

「9.まだ埋められる余地:ゲームデザインにおけるシンプルさ、遊び心、意図的な省略」は一種の驚きでした。日米のルールブックを比較すると、アメリカ製のTRPGルールブックは世界設定などの情報量が多いように見えます。例えば『ルーンクエスト』『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』などの設定資料集は読み物です。余白というか、ユーザーの創造性の余地を多く残すのが日本流と思ってきました。でも、この文章を読むと、アメリカでも「意図的な省略」を考慮されているようです。

ゲームデザインだけでなく、個々のTRPGセッションの運用でも気を付けたいのが「10.協約:RPGデザインにおけるジャンルへの期待とメカニクス」の記述です。

結局のところ、プレイヤーはそのゲームが属するジャンルへの期待を胸に、テーブルに着くものです。

この予期的UXに関する言葉は、GMによるシナリオ作成やシナリオ紹介にも関わってきます。結果的にプレイヤーの期待はずれとならないためには「ジャンルごとの協約」にGMの立場からも気を付けたいところです。

「14.ゲームバランスの神話と現実」は、ゲームデザイナーがここまで書くのかと思ってしまいました。結局は、ゲームの楽しさは参加者に依存しているということです。

人々が私のテーブルに着くとき、私は彼らに2つのことを期待します。1つめは、みんなにとってゲームが楽しいものになるよう、全員が責任を負うこと。2つめは、楽しくバランスの取れたプレイ体験を得るため、GMを信頼してもらうこと。これらはゲーマーの社交上の取り決めと言えます。どちらもゲームセッションの開始時に、全員が意識的に、または無意識に交わす合意なのです。

「Part2 アドベンチャーを充実させる」は、ゲームデザイナーだけでなく、GMがシナリオ作成するときのヒントにもなります。どうやらアメリカでは、市販シナリオの作者もゲームデザイナーと呼ばれているようです。「23.ハードボイルドアドベンチャー:ノワールなキャンペーンを作ろう」のキャラクターの過去を設定する話は、いわゆる『ダブルクロス3rd』『アリアンロッド2E』などに導入されている「ライフパス」に似ています。
「25.ミステリーにおける謎」はTRPGシナリオ作成だけでなく、「マーダーミステリー」作者にも役に立つと思います。一つには、調査するPC側の視点と犯罪者からの複数視点から作成するということ。そして、PCたちが解決できることが目的であり、完全犯罪計画を立てるのが目的ではないこと。最初に書かれた基本原則「K.I.S.S.(単純で間抜けなくらいがちょうどいい)」が端的に語っています。「手がかりのコントロール」「手がかりは潤沢に!」は実際にセッション中に起こりがちな、情報不足による停滞や、いわゆる詰み状況を回避するために大事なことだと思いました。

「Part3 執筆、応募、出版」は主に、プロのゲームデザイナーを目指す人向けの現実面からのアドバイスが書かれているようです。しかし、「31.コラボレーションとデザイン」は共同作業の全般において気に留めたい内容です。ここに書かれていることは、ゲームデザイン分野だけの話ではありません。

「33.テストプレイ」では「6.無限のタマネギ:プレイの深さを創造する」と別の側面から、テストプレイについて書かれています。姉妹書『コボルドのボードゲームデザイン』によると、テスト数は3-12グループと書かれています。内部サークル、外部サークル、ブラインドテストの3段階を提示しています。TRPGとボードゲームのデザインは少し異なりますが、どちらもテストプレイと 改善フィードバックのプロセスを何回も繰り返すことが重要な点は共通です。というか、ゲームデザインだけの話ではなく、UIデザインやプロダクトデザインの業界でも同様です。「体験の向上」という観点から、リリース前にどれだけのテストとフィードバックをできているか。そのメリットを理解できても、手間がかかることで躊躇しがちな人がいて悩ましいです。

さて、ここから先は私の勝手な妄想です。アメリカの流行が数年遅れで日本に入ってくるという説があります。『コボルドのRPGデザイン』初版が2012年だとしたら、日本版を読んでみたいと思います。もしも、そういう企画が実際に進んでいたとしても関知しません。妄想企画『コボルドのTRPGデザイン』日本版が作られるならば、各分野の第一人者が揃ったドリームチームのこのような執筆陣を期待したいと思います。

まず何と言っても総括は、安田均先生でしょう。愛について「意味のイノベーション」ロベルト・ベルガンティ教授のように、井上純一先生に語って欲しい。システムデザインでは『ソード・ワールドRPG』『央華封神RPG』の清松みゆき先生、『シノビガミ』などサイコロ・フィクションの河嶋陶一朗先生、『天羅万象』やスタンダードRPGシステム(SRS)の遠藤卓司先生。個性豊かなメンバーをまとめて大ヒット作の2世代目『ソード・ワールド2.0』を創った北沢慶先生にチームコラボレーション論も聞いてみたい。魔法については門倉直人先生の独特の理論で幻想的とのシステム観を解説してほしい。TRPG世界観デザインといえば、『ロードス島戦記』などフォーセリア世界の水野良先生、七つの月しろしめす大地ルナル・サーガ世界の友野詳先生、現代異能モノTRPGのさきがけ『ダブルクロス』の矢野俊策先生。
シナリオ作成については『ウォーロック』連載記事の料理論などを思い出す山本弘先生、『クトゥルフ神話TRPG』シナリオを多数発表している内山靖二郎先生、F.E.A.R.スーパーシナリオサポートを多数作られている丹藤武敏先生。変則的に『深淵』をはじめとする渦型シナリオ生成論として朱鷺田祐介先生。
日本版ならではの記事としては、英語TRPGルール翻訳のコツも後進育成のためには意義があるだろう。『アースドーン』『トンネルズ&トロールズ完全版』を翻訳された柘植めぐみ先生。6月に日本語版が出る『ザ・ループTRPG』の塚越冬弥先生。いかにしてファンから一旗あげてプロのゲームデザイナーになったのかという話も面白そう。NGP2代目代表からすば晴先生。『カオスフレア』小太刀右京先生。
鈴吹太郎先生は動画でいろいろ語られているけれど、特に気になっているのはD.A.ノーマン『誰のためのデザイン』からTRPGデザインに受けた影響について。UXデザイン分野で原典的位置付けにあるノーマンの著書から、日本のTRPG業界にどのように活かしているのかを知りたい。

私の勝手な妄想企画やけど、各ゲーム会社で活躍する複数の先生に書いていただけると個性の違いが見えて面白いと思います。ここに名前を挙げた先生方は、私の知識の範囲内であり、列挙しなかった先生に対する他意はありません。

もしこの記事を読んでゲームデザインとUXデザインとの関わりが気になった人がいれば、UXデザインの書籍を読んでみて欲しいと思います。例えば、私が最近読んだ『UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』で紹介されている10種類の法則のうち「ヒックの法則」「ピークエンドの法則」はそのままゲームデザインやシナリオ作成に活用できます。私が気づいていないだけかもしれませんが、日本におけるゲームデザイン論は暗黙知が多く、これからもっと形式知化されて発展していく余地が多いように思っています。