恩師の教え:伝えるために訳す
松井 ゆかり
大学時代に受講した「同時通訳」のクラスは、受験英作文に慣れ親しんだ私に、「人に伝えるために訳す」事を考える重要な機会を与えてくれた。プロではなくても、私のようにネイティブでない日本人が英訳をする時、留意すべき点だと思うので、共有したいと思います。
英語に変換する vs. 意味を伝える
教鞭をとられていたのは同時通訳のパイオニア、故斎藤美津子先生。
学生はマイクとヘッドフォンがついたLL教室のブースに着席、日本語のスピーチを聞きながら同時に英訳。その後テープ(→時代!)を止め、次は逐次で同じ文章を異なる数種類の表現で訳し、同時の際はどのタイミングで訳出を開始し、どの表現が適切かを考えるという授業だった。
最初は、皆聞いた日本語を忘れまいと、冒頭から可能な限り早く、英語に変換する。2回目は、単語や文法を変化させ文章をひねり出す。時間はあっても数種類というのは結構難しい、苦戦していると、先生曰く「パラグラフで聞かせているのはそれが意味の塊だから!英訳ロボットになるんじゃなくて、聞き手がわかりやすいように訳しなさい!」
言葉を正確に置き換える事だけに気をとられていると、聞き手にとっては話のポイントがわかりづらくなる時がある。発話者の言葉は大切だが、すべての言葉が同じ重みではない。文章が長かったり、時間が足りなかったりして、仮に枝葉の部分は多少落としてしまっても、発話者が一番伝えたい内容を明確にすべし、という教えであった。
私も含め、日本人が英訳した物の中には、上記を意識していないために、英語で書かれているが、全体として読んだときに意味不明になっているものが多いのではと思う。
背景としては、以下のような事があるのではと思う。
• 受験英作文では、与えられた日本語を一言一句落とさずに、正しい文法で対訳が求められるので、真面目によくお勉強した人ほどこの罠にはまり易い
• 翻訳ソフトやAIがまだこの手の処理が上手くないにもかかわらず、丸投げ放置
• 和製英語、日本流使用法(?)をそのまま英語として使用している
• 英訳しても外国人には理解不能な内容を含んでいる(これはまた後日投稿します!)
ネイティブでないとどうしても文法や単語の正確さに気を取られがちであるが、忠実に訳すこと=意味が伝わる事では決してない事を理解するのは、それと同じくらい、ひょっとするとそれ以上に大切な事だと思う。
現実問題としては、企業や行政の担当者は他の仕事もあり、美しい英語にしたくても、本人の能力、作業時間には制約がある。ネイティブに確認したくても、環境、予算等の制約もあるだろう。これらすべてが無理でも、上記の視点から一度検証する事で改善できる点は多いのではと思う。元の原稿の事は一度忘れて、外部に出す前に英語だけ読んでみる、その文章が理解しやすいか?
訳している本人が「なんだかわかりにくな」と思うなら、読み手はその何倍も読みづらいに違いない!
(2020年10月17日)
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