国語辞典を味わう

今回は、様々な国語辞典の記述を見比べることで、国語辞典を味わってみたい。

基本的な語彙の方が意味分類の仕方に差が出て、当然記述の仕方にも違いが見られる。国語辞典は知らない言葉に出会った時に引くものだと思われがちだが、基本的な言葉にこそ、国語辞典の奥深さが隠されていると言ってもよいだろう。

今回は、「追う」という言葉について、様々な国語辞典の記述を見比べてみようと思う。

岩波国語辞典(第7版)
①先のもの、前途にあるものに達しようとして進む。おいかける。
②あとに従う。ことの順序などに従う。
③退ける。去らせる。おいはらう。
④駆りたてる。

明鏡国語辞典(第2版)
①先を行くものに到達しようとして(また、それをとらえようとして)後から進む。追いかける。
②目標を理想とするものに向かって進む。追い求める。追いかける。
③取り逃がさないように、ぴたりと相手(の動き)についてゆく。追いかける。
④物事の順序に従う。
▷言い切りの形では使わない。
⑤促して(また、払いのけて)、動物をほかの場所に行かせる。
⑥《多く「−・われる」の形で》組織や地位から退けられる。追い払われる。追放される。放逐される。
⑦《「−・われる」の形で》せかされて、ゆっくりできない。追い立てられる。

三省堂国語辞典(第6版)
①先に進む人や ものの所へ行き着こうとして、進む。
②前にあるものに ならう。
③〔おどしたりして〕去らせる。追いはらう。
④うしろから うながして、歩かせる。
⑤⇒追われる。
⑥「時間を追って〔=時間の順に〕・日を追って〔日がたつとともに〕・順を追って〔=順順に〕」
【追われる】
①追放される。
②せきたてられる。

新明解国語辞典(第7版)
①A歓迎出来ない者を、強制的に他へ行かせる。
 B目的地に誘導するために強制的に進ませる。
②A跡に従って(を慕って)進む。
 B(先に進んだ)目標をつかまえようと、努力する。
③何かの順に従う。
【追われる】
①不要な者として強制的に他の地に行かされる。
②他のことを顧みる余裕もなく、その問題の解決・処理に当たらなければならない状況に陥る。

国語辞典を見比べる

このように比べてみると、まずブランチの数がかなり異なることに驚く。基礎語の語釈に力を入れていると言われる明鏡は7つのブランチが立てられているのに対し、岩波は4つに簡潔にまとめられている。

その中でも、ここでは特に「地位を追われる」や「締め切りに追われる」のような特殊な表現の扱い方に注目してみよう。これらの表現は基本的に「追われる」という受身で使われるものである。明鏡では⑥と⑦に当たるが、《多く「−・われる」の形で》《「−・われる」の形で》という補足によってその情報がきちんと示されている。また、三国新明解(どちらも三省堂)では「追われる」を一つの項目として別に立てることで、これらが受身独自の意味であることを示している。

それに対し、岩波では③の用例に「地位を追われる」(地位から退ける)「国を追われる」、④の用例に「日々の暮らしに追われる」という記述があるが、これらが受身に特有の意味であることは示されていない。

細かく意味分類がされていた方が親切なようにも感じられるが、多義語をできるだけコンパクトに説明することで、その言葉に通底する意味がつかみやすくなる、ということも考えられる。

また、新明解はユニークな語釈が有名であるが、この「追う」の語釈でもそれが表れている。まず、「強制的」という言葉が何度も使われており、他の辞典よりニュアンスが伝わってきやすい。また、新明解の①は「自分の頭の上の蠅を追え」や「声を掛けて牛を追う」が用例に当たるものであり、他の辞典が共通して初めに挙げている意味は、新明解では②に該当する。このことからも、「追う」という語には「強制的」というニュアンスが重要であるという主張が表れているように感じる。また、5つのブランチを並列させるのではなく、①と②をAとBというより詳細なブランチに分けるという形式を取ることで、上に示した通底する意味をつかみやすくしようという工夫が見られる。

まとめ

当たり前のことではあるが、国語辞典の記述はそれぞれ異なり、個性が現れている(昔はパクリが横行している時代もあった。詳しくは佐々木健一『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』(2014、文春文庫)を参照)。そして、常にそれぞれが改訂を重ね、よりよい国語辞典を目指している。

一つの国語辞典を愛用するのもよいが、複数を見比べることで国語辞典の奥深さがわかる。そしてその奥深さとは、すなわちことばの奥深さでもあるのだろう。

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