和紙を使ったらアート表現が明らかに変化したので、どうしても考察したくなった話。(和紙編)【極私的考察】
今回は、タイトル通り、ある事例から発想した仮説を検証していきます。
あるクライエントさんと日本画を共に行った時のことです。
その方は、用意された日本画材の中で、
和紙だけを使い、
そのほかは、普段使い慣れた画材を用いてアートされました。
いつもと違った点は、
和紙、そして私というセラピストがいた2点のみ。
見た目には、今まで使っていた白い画用紙と、白い和紙と、
そう大きな違いはないのですよ。
しかし、しかし。
和紙に描かれたその方の表現は、
第三者の参与観察からも、今までと大きく違っていることが指摘され、
創作中の集中力が高まっていたのです。
その時、その方の中で「何が」起こったのか??
今回は、和紙というポイントに絞って考察していきます。
(すごく大切なことなので、ここを読んでから先へお進み下さいませ→
この事例は、研究目的での使用をクライエントさん本人に承諾いただいているため紹介しています。セラピストには守秘義務があります。セッションでの出来事を、クライエントさんに無断で外部へ出すことはありません。)
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以前、「日本画材は自然物由来!」というお話をしました。
この時は、自然物由来の日本画材に触れることで、内なる自然につながっていくことが可能ではないかという考察に至りました。
<目次>
1. 無形文化遺産 "Washi"
2. 指先は、体で一番感覚をキャッチする
3. 原初的な活動の衝動<遊戯本能>
4. 原初的な活動の衝動<投影>
5. 触覚感覚がヒトの感情を動かす
6. まとめ
1. 無形文化遺産 "Washi"
今日の主役は、和紙です。
和紙は、主に楮などの植物の繊維を漉いて作られます。
繊維の具合で一枚一枚が微妙に異なり、
光に透かすと繊維が透けて見え、
手で触ると、その繊維のざらつきや凹凸を感じることができます。
最近は、和紙のお財布やバッグなどもありますね。
我が家には、和紙のお洋服がありますが、
味のある風合いもいいですし、何より洗濯できる強度にびっくりしています。
それから日本建築では、和紙は障子としても使われますが、
繊維が外からの光を乱反射させるために、部屋の奥まで明るさが届くのだそうですよー。エライ!
特筆すべきは、
日本の手漉和紙技術が、無形文化遺産へ登録されていることですよね。
和紙が、日本独自の伝統的な工芸であることがわかります。
→ユネスコ文化遺産のムービー。
さて、では検証にまいりましょう。
なぜ和紙が、冒頭で紹介した方の表現を変化させたのか。
2. 指先は、体で一番感覚をキャッチする
皮膚は「第二の脳」、「露出した脳」といわれることもあります。
「皮膚の刺激は脳に直結しているのだ」
「全身の皮膚でもとくに優れた認識能力を示す部位がある」
「とくに指先には数百万個の割合で受容器が存在している」(注1)
楮の繊維の凸凹や、微妙な濃淡など、自然素材としての特質を残す和紙。
その和紙に触れる時、
ヒトの脳には、指先から受けた刺激が、ダイレクトに伝わります。
しかも、指先が、体で一番感覚をキャッチする器官ということは、
他の部位で触れるよりも、多くの情報が与えられるということになります。
3. 原初的な活動の衝動<遊戯本能>
では、和紙に触れた指先は、脳にどのような情報を伝えるのでしょうか?
アールブリュットの概念を提唱したハンス・プリンツホルンは、
「遊戯本能」を紹介しています。
遊戯本能とは、ヒトに備わったもっとも原初的な活動の衝動です。
「快楽の享受」を除いては、実際的ないかなる目的も果たさない行動である。この活動の衝動は「身体運動に姿を現しており、これを動物的な生気の最も単純な兆しと見なせるだろう」(p.23)
その具体的な例として、「アルタミラ洞窟画」が挙げられています。
(この洞窟の中の人になりきって考えてみた記事はコチラ)
スペインの洞窟の壁に描かれた石器時代の動物画の多くが、
岩の突起物によって明らかに触発され、
それから刻み込まれ、色を塗られることで、
人間の手による最古の生気に満ちた絵画作品となっている。(注2)
自然から与えられたフォルムや、遊戯的に生じたフォルムが、
自然科学的に正確に説明可能なものとして見なされず、
多くの場合、同時に創作者でもある観察者が、
自らの表象の宝庫からのフォルムを投影している(注2)
抽象的な言葉が並んでいますが…
岩の突起など、自然物から受ける五感刺激によって、
目的意識なく、パッと思いつきのような衝動が生じてくる。
それは、線を刻む、色を塗る、などの「遊び」のような行為で、
これだという形ではない、とにかく何だか分からないものだったりする。
しかし、表現されたものがなんであっても、
創作者の内面に紐づいていて、無意識下に浮遊する表象イメージと共鳴したものなんだ、ということです。
プリンツホルンは、こうしたフォルムの表象を、自然物が促すと言っています。
これは大げさなことではなくて、例えば、
手持ちぶたさで持った枝で地面に線をつけているうちに、お、これ〇〇みたい!と思いついた、という経験ありませんかね…?(子どもと公園で遊んでいる時あるある)
つまり、
自然物からの刺激 → 指先から脳へ五感刺激が伝わる → 無意識的なイメージが反応 → 意識上に浮上
和紙に触れた指先は、この一連の原初的反応の引き金を引くのです。
ただし。
アートセラピー的に言えば、この一連の反応って、どの画材でもあり得るのですよ。
というか、画材ごとに、ヒトの心に影響を与える心理的作用を持っています。
ですので、アートセラピーでは、クライエントの状態に合った画材や表現方法を提供することが重要なのです。
アートセラピストは、画材や表現方法それぞれが、
どんな感触・感覚がして、その五感刺激によってどんな気持ちになるのか、
どんな反応が内側に起こるのか、を熟知していなくてはなりません。
つまり、この記事の場合、
和紙が持つ、画材としての心理的作用が、キーポイントになってきますね。
冒頭の事例では、画用紙では起こらなかった表現の変化が、
和紙を用いたことで起こりました。
原初的な「遊戯本能」は、自然物からの刺激であるがゆえに起こる、というプリンツホルンの指摘を鑑みると、
画用紙という工業製品ではなく、
自然物の特性を保持する和紙だからこそ
遊戯本能を呼び覚まし、表現を変化させた、と言えるのではないでしょうか。
4. 原初的な活動の衝動<投影>
このプリンツホルンの「遊戯本能」に似た経験を、
ドイツ人動物学者のゲロルフ・シュタイナーも、原始的な言語として「線画」の研究をする中で、このように書いています。
「直観とは経験と造形衝動であって、
これらがいっしょになって無意識に何かを準備し、それが次には−まさしく突然に、そして自分自身も驚いたことに−何かすでに完成したものとして自覚され、
外界に向けて投影される」(注3)
直観に導かれた衝動的な表現活動は、
本人に「何かを作ろう」という自覚や計画がなくとも、
なんらかが自分の外に表現された時、
「あ!これか!」と自覚する瞬間が訪れる。
(他の人には分からなくても、本人にはハッと分かるようなものと想像されます)
それが自分の内界から外界への投影、ということだと思います。
ハンス・プリンツホルンも、 ゲロルフ・シュタイナーも「投影」という言葉を使っていますので、ちょいと補足。
投影とは、影に投げかける、と書きます。
影は、自分の分身のようなものですね。
目の前の対象を、影のようにして自分自身を見るのです。
よって、表現されたもアートは、全て自分自身だ、という捉え方ができます。
(もう少し正確に言えば、表現したアートは、自覚しているかどうかは別にして、自分自身の一面を表している。となりますかね…)
5. 触覚感覚がヒトの感情を動かす
では、和紙の話に戻りまして。
和紙が引き起こした内側の反応とは何だったのか?
上に紹介した「遊戯本能」とは、別の切り口で見てみましょう。
社会心理学者のジョジュア・アッカーマンは、「偶発的な触覚感覚が社会的判断や決定に影響を与える」という研究結果を発表しています。(注4)
触覚感覚が、感情に変化をもたらす。おお!!
ジョジュア・アッカーマンが「触感と気分との関係は、人が生まれたときから始まっている可能性が高い」と語るように、この現象は本能的で原初的なもの。
遊戯本能と同様に、
社会心理学的にも、触覚という五感刺激が、
原初的なレベルで、ヒトの行動と感情に違いを作り出す。ということです。
アメリカの心理学者、ジョシュア・アッカーマンらの実験を挙げ「触り心地がいいものを触ると、人は無意識のうちに人に優しくなったり、協調的になったりする」(注1)
和紙に触れる。
それは、自然物の柔らかな風合い。
そして、古来より慣れ親しんだ伝統的な紙としての感覚。
和紙の触感に関連して個人的な嫌な経験がない限り、心地よい感覚であると想像されます。
そしてその原初的な心地よい触覚感覚は、感情を動かし、優しさや協調性を引き出す可能性がある、と言えるのではないでしょうか。
感情が変化すると、表現されるアートも変わります。
アートセラピーに詳しくない方でも、
大げさな例えですが、悲しみにくれる人と、怒り狂っている人のアートって、違う表現になるよね〜、ということは簡単に想像して頂けると思います。
6. まとめ
まとめると、ポイントは、二つ。
1. 和紙が、自然素材としての特質を残した画材という点。
2. ヒトが、自然物からの五感刺激を受けて、原初的な反応を起こす生物である点。
この二つが組み合わさり、
自然物からの五感刺激によって、
遊戯本能を呼び覚まし、投影を引き起こすと共に、
触感刺激によって、感情に変化をもたらした。
その結果、表現されるアートと、付随するプロセスにも変化が生まれた。と考察できます。
以上、現場から報告でしたっ!!
なお、事例がありましたので、今回は和紙を取り上げましたが、
和紙以外の自然物由来の日本画材全般でも、同様の考察を当てはめることが可能だと思います。
おー!日本画材の心理的効果が見えてきましたね〜(一人ワクワク)
毎度、【極私的考察】シリーズは、その名の通り私のニッチな興味を追求した結果の記事なので、研究としての精度は足りていないこと山の如しです。その辺りを踏まえて読んでいただければ幸いです。
<参考文献>
(注1) 山口 創(2017)皮膚は「心」を持っていた!, 青春出版
(注2) ハンス・プリンツホルン著, 林晶・ティル・ファンゴア訳(2014).精神病者はなにを創造したのか–アウトサイダー・アート/アール・ブリュットの原点–, ミネルヴァ書房
(注3) G.シュタイナー, 今泉みね子訳(1988). 線画の世界 人間のもう一つの言葉, 思索社
(注4) サイエンス328(5986), 1712-1715, JM Ackerman, CC Nocera, JA Bargh.偶発的な触覚感覚が社会的判断や決定に影響を与える.
ありがとうございます。サポートは、日本画の心理的効果の研究に使わせていただきます。自然物由来の日本画材と、精神道の性質を備える日本画法。これらが融合した日本画はアートセラピーとなり得る、と言う仮説検証の為の研究です(まじめ)。