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精神病院をなくした町【イタリア】


「精神病院をなくした町がある」と初めて聞いた時、私は衝撃をうけました

「え?どうやって??」
…想像もつきませんでした。

<目次>
1. 「自由こそ医療」
2. 「物体」扱いされていた人々を「人間」として復権させる
3. Dr.バザーリアの取り組みの課題
4. 日本の取り組み

1. 「自由こそ医療」

精神病院をなくした町は、イタリア北部のトリエステ市にあります。
ブーツを履いた足でいえば、膝裏の辺りです。

改革派の医師、Dr.フランコ・バザーリアが行った地域に開かれた精神医療の取組み。スローガンは「自由こそ医療」!!

Dr.バザーリアは「患者を人間として扱うことこそ治療に繋がる」と考え、1971年から8年かけて、1200名収容の大規模精神病院サン・ジョヴァンニ病院を閉鎖しました。

そして、その働きかけにより法令改正が行われます。区別されていた精神医療と、他の医療が一本化され、「ナショナル・ヘルス・サービス」(法令833号)によって国が責任をもった、医療のシステムが作られます。

精神病院に入院していた人々はどこへ行ったかというと、主に家族のいる自宅、または共同住宅。緊急時のために、一般病棟の中に精神科のベッドが6床ほど設けられています。

精神疾患をもった人々が地域に出るということは、それに伴った医療的サポート・ケアが増える、ということです。つまりスタッフの仕事量と負担が増す。

ざっと挙げてみても、スタッフの人員確保、スキル向上、訪問介護、生活管理、など。さまざまな医療機関との連携、家族のケアのための家族会、町で働くための就労組合の業務が、新たに発生します。

また、必要な新規組織として、24時間体制の「精神医療保健センター」と「戻る家のない人のための共同住宅」を創設しなければなりません。それに伴う運営、管理、新規スタッフの教育育成など。

大まかな事を書くだけでも、めまいがしそうですね。。。

Dr.バザーリアが、1962年頃から病院開放に着手し、1971年から8年間で病院閉鎖までこぎ着けた事を思うと、国・地域を巻き込んだ改革にうなるばかり…。


2. 「物体」扱いされていた人々を「人間」として復権させる

下に紹介したのは「ルポ精神病棟」で著名な大熊一夫氏の、トリエステ市についてのインタビューです。

大熊一夫氏は、1970年に新聞記者時代に、自ら精神病棟の入院患者となって、その惨状を世に知らしめた人物です。当時、非常に大きな反響があったそうです。

この時の記事「ルポ精神病棟」がきっかけとなり、再三WHOから是正を求められても改善せず、「精神科は牧畜業」と驕るまで腐っていた日本の精神病院にメスが入りました。

そして今、大熊氏は、Dr.バザーリアの取り組みについて何冊も本を出されています。


上の記事で、Dr.バザーリアの取り組みについて語った抜粋がこちらです。

彼は「物体」扱いされていた人々を「人間」として復権させることに心を砕きました。(中略)とにかく患者の「自由」を大切にしました。
病気そのものを放っとくわけではありませんが、とりあえずは病気を脇に置いて、本人の苦悩や生活の困難さの解消に力点を置く支援手法を採りました。本人の人生にダメージになることを徹底して回避したというのが、一番のポイントです。

「病気」というレッテルで人を判断せず、「人対人」として付き合う関係。

その上で、適切な医療を受けられる環境は、精神疾患をもつ人とその周りの人にとってホッとするような安心をもたらしてくれると思います。

私は仕事柄、精神疾患の診断をもった人と近い位置にいます。
クライエントさんとお会いするたび、心からいつも、思うんです。

病気は、その人の一部分であるけれども、
精神疾患が人格全てを侵してしまうものではない。

特にアートセラピーという、医療とは違うアプローチだからこそ、それまで汲み取れなかったその人の本当の願いや、語られることのなかった魅力的な一面が見えてくることも多いです。当たり前のことなんですけれど、そこに居るのは「人」なんです。

3. Dr.バザーリアの取り組みの課題

完全無欠の政策がないように、もちろんDr.バザーリアの取り組みも、問題はゼロではないようです。

もっとも大きな課題は、地域の人々との持続的な共生ではないでしょうか?

乱暴な言い方をすると「病院にいてもらえばいい」だったのが、地域の人々とも触れ合う機会が多くなる訳ですから、共に生活する中で、様々な意見が出る。人の数だけ立場があり、人の数だけ意見があるのは当然のこと。

いわゆる箱モノやハード面は作ってしまえば、それで運用できます。しかし、同時にソフト面である「地域とどう共生し、成長していくか?」という点がクリアされなければ継続は不可能です。


4. 日本の取り組み

そうした課題や、膨大な業務が発生しようとも、Dr.バザーリアの「患者を人間として扱うことこそ治療に繋がる」という思想に共感し、日本でも地域に開かれた精神医療を目指して、情熱を持って活動する方がたくさんいらっしゃいます。

ただ、そういった方々にお話を伺ってみると「何度もさまざまな機関に掛け合ったが、なかなか難しい…」と。苦しい状況を聞くことが多いです。トリエステ市のケースのようにはいかない、日本の独特な医療や法令が壁になっているようです。

例えば、トリエステ市の精神保健センターのミーティングでは、医師も訪問スタッフもフラットな関係で、何が最善かを意見しあえるのだそう。日本では…医師の権限がどのくらい大きいか、言わずもがなですよね。

そのほか、イタリアと日本の文化の違いを考慮することも重要だと思います。一つを挙げると、イタリアでは両親との同居ケースが多く、家族のサポートが可能なケースが多いそうです。

しかし核家族化が進み、単身者の多い日本では、家族のサポートを期待するのは難しいかもしれません(介護問題もありますから、家族にその余裕がないケースも多いのではと想像します)。

前回のnoteで、日本へ心理学が西欧から輸入された時、それまで培われた日本の「心」が分断されてしまった、という記事を書きました。

トリエステ市の「カタチ」だけを導入しても、心理学の時に起こった「分断」の二の舞になる予感がします。

もっとも目指すべきは、「精神病院をなくす」という既成事実ではなく、人間性を尊重した精神の導入なのかもしれません。

日本の精神医療のいい部分と、Dr.バザーリアの勇気ある改革を、丁寧に繋ぎ合わせながら、この動きが現実になる事を願っています。


<参考リンク>

1. 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 精神保健計画研究部「改革ビジョン研究ホームページ」

https://www.ncnp.go.jp/nimh/keikakuold/old/archive/vision/overseas_it.html

2. イタリアはいかにして社会を精神病院から解放したのか
『精神病院はいらない!――イタリア・バザーリア改革を達成させた愛弟子3人の証言』編著者、大熊一夫氏インタビューhttps://synodos.jp/international/18272/2

3. イタリアにて~日本でもできると感じた理由~上野秀樹 |大阪精神医療人権センター

https://www.psy-jinken-osaka.org/archives/etic/2555/


4. 精神病院を廃止した国「イタリア」 | 医療法人 唯愛会 就労支援施設 リベルタ

https://www.liberuta.com/report-italy/2/


大熊一夫氏の書籍、私もこれから読み進めます。




(※この文章は私が運営しているアメブロ記事を加筆・修正したものです。)

ありがとうございます。サポートは、日本画の心理的効果の研究に使わせていただきます。自然物由来の日本画材と、精神道の性質を備える日本画法。これらが融合した日本画はアートセラピーとなり得る、と言う仮説検証の為の研究です(まじめ)。