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「なんでもいい。」/ショートストーリー

彼と彼女はとても幸せでした。
ゴールインするのも近いとふたりだけでなく周囲のひとも思っていました。

「今日は何が食べたいの。」

「なんでもいいよ。」

「料理するは大好きだからなんでも言って。たぶんつくれると思うの。」

「だから。なんでもいいよ。」

「本当になんでもいいの?」

彼はニコニコと笑っています。
このとき、彼女はキッチンで少しだけ曇った表情になっていました。

彼と彼女は婚約しました。
みんながその婚約を心から祝福しました。

「ねえ。どのドレスがいいかしら。迷ってしまうわ。」

彼女は満面の笑みでドレスを次々と見ています。

「なんでもいいよ。」

ドレスを選んでいた彼女の手が止まりました。

「結婚指輪はどれがいい。裏に小さなダイヤがはいっているのも最近の流行りらしいの。」

「なんでもいいよ。」

それを聞いた彼女の目から涙が溢れました。
彼は訳がわかりません。
彼女の涙の意味が。

結局。
彼と彼女の結婚はなくなりました。

どうです。あなたにはわかりますか?

「なんでもいいよ。」という彼の言葉が彼女を知らず知らずのうちに傷つけていたのです。

なんでもいいよって少しも考えてくれないのね。
私たちふたりのことなのに。
とても面倒なことだと思っているのね。
本当はどうでもいいのね。


彼女はそう思い込んでしまった。
真実は。


「なんでもいいよ。君がつくる料理なら、どんな料理だって嬉しいよ。

「なんでもいいよ。君だったらどんなドレスを着ても愛らしいはずさ。

「なんでもいいよ。結婚指輪なんてひとつの形だよ。どんな指輪の君でも愛して幸せにするつもり。

彼の言葉は少しだけ足りなかった。
愛があったとしても、ちゃんと言葉にしないと伝わらない。
それに。
どんなに後から説明しても言い訳にしか聞こえなくなる。

「さあ。彼女に伝えて。別に面倒だから、なんでもいいよ。と言ったわけじゃないと。きっとまだ大丈夫。」

僕は飲み屋から飛び出しました。
婚約した彼女の気持ちがよくわからないと隣の見ず知らずの男性に愚痴を言っていたのです。

手遅れになっていないようにと祈りながら彼女のもとへ僕は走りました。
そして。
あの話しは実は彼のことではないかと思えてならないんです。




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