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王子様の涙

佐伯くんは、あの後、すっかり元気を取り戻したみたい。だけど、さすがに、木村屋で駄菓子をやけ食いし、こどもビールをガブ飲みした翌日は、お腹を下してしまって、1時間目の授業中に、トイレに駆け込んでいた。

早苗先生が、「大丈夫かしら?」と心配そうにしていたけど、わたしは、早苗先生に、「先生、いまは、そうっとしておいてあげてください。全部出し切れば、必ず復活しますから」と、ちょっと大人っぽく言ってみた。早苗先生は、ちょっと沈んだ顔をして頷いていた。

1時間目の休み時間になると、佐伯くんは教室に帰って来た。「あーあ、スッキリ!!」そう言って、佐伯くんは座った。「あんた、大丈夫かい?」わたしが心配して話しかけると、「大丈夫、大丈夫! もうすっかり元気!」とガッツポーズをしてみせた。

業間休みには、クラスのみんなで、校庭でドッヂボール。わたしが投げたボールが、ゴムダンをやる5年生の子達に突っ込んだ。佐伯くんが慌てて取りに行き、なんだか照れながら、女の子からボールを受け取っていた。

そして、帰ってくると、ちょうどチャイムが鳴った。佐伯くんは、わたしにボールを渡しながら、「えへっ! あの子、ちょっと可愛かったな」と、独り言なのか、わたしに言ったのか、小さなフニャフニャした声で言った。

「けっ!!」切り替え早っ!! まったく男ってヤツァ!!


放課後、4組のドアから、顔半分出して、そうっと1組の方を覗いていると、1組の担任の島田先生が、集まっていた雅哉くんファンの女の子達に帰るようにと促しているのが見えた。

「おまえよ! それ、ストーカーになってるからやめろよな!」後ろから佐伯くんが言った。「ストーカーのストーカー!」わたしは、佐伯くんを指差して言った。

「あっ!! あの人!!」1組の廊下に、いつも雅哉くんと一緒にいるおばさんが来て、島田先生に挨拶をしている。あの人、やっぱり、雅哉くんのお母さんなのかなぁ?

あのおばさんと島田先生が1組の教室に入ったのを確認すると、わたしと佐伯くんは、4組から廊下を抜き足差し足で1組へ。1組はドアが閉まっていたけど、声は廊下まで聴こえてきていた。「うえー! うえー!」と、まるで怪獣のような声が?!

わたしと佐伯くんが、恐る恐るドアの隙間から教室の中を覗くと、雅哉くんが机に突っ伏して泣いている。おばさんが、雅哉くんの背中をさすって、「仕方ないでしょ」と言っている。島田先生が、雅哉くんの頭をなでながら、「残念だけど、後から卒業アルバム送るからな」と言っている。

雅哉くんは、さらに「うえー! うえー!」と大音量で泣き続けている。いったい、雅哉くん、どうしたのだ?!

「お、おまえ、泣くなよ〜」横で、佐伯くんがヒソヒソ声で言ってきた。「だって、雅哉くんが泣いてるんだもん〜」わたしが泣きながら佐伯くんを見ると、佐伯くんも泣いていた。

「雅哉、どうしちゃったんだよ〜」「雅哉くん、泣かないで〜」わたしと佐伯くんは、1組の廊下でコソコソ泣き続け、雅哉くんの怪獣のような泣き声とで、密かにコラボレーション。

わたしは、涙目で、廊下の掲示板を見上げた。

『本当の笑顔                                大木雅哉

僕は僕の本当の顔を知らない

鏡の中の僕が笑っても

それは本当じゃない

君に笑いかけている僕の笑顔は

本当の笑顔?

もしも本当なら

僕も見てみたい

君が見ている僕の笑顔を』


雅哉くんの詩が、潤んでぼやけて見えた。だから、わたしは、一生懸命涙を拭った。雅哉くんの詩を、ちゃんと見たかったから。


続く


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