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大好きのカタチ・処方箋

卒業式の練習は、毎日続く。毎日毎日、『呼びかけ』で、わたしの後の雅哉くんは、蚊の鳴くような声で、何か言っていて、島田先生も、みんなもスルーしてる。

「いつも、お兄さんお姉さんに教えて頂いてたのに!」わたしは、わたしの中にある、ありったけの声で叫んだ。島田先生が、「斉藤さん、絶叫しないで下さーい。やり直し」と言った。わたしは、やり直して、わたしの後の雅哉くんは、もはや蚊より小さな声で、なんか言っている。そして、またみんながスルー。

「ちょっと! 待った!!」わたしは、考えるより先に、手を挙げ、声を挙げ、前に歩き出し、おののく島田先生からマイクを奪い取り、「ちょっと!! 雅哉くん!! ちゃんとやってよ!!」と、わたしの声が勝手に喋り出してしまった。

そうしたら、もう止まらなくて。佐伯くんが、身振り手振りで、たぶん「落ち着け!!」と言っているのが見えてるんだけど、「雅哉くんさ、やるの? やらないの? どっち? やるんだったら、ちゃんとやりなよ! やらないなら、雅哉くんのセリフ、わたしが貰うよ!!」わたし、マイクでそう挑発的に喋り続けた。

みんながドヤドヤし出した。「かわいそうだよ!」「やめなよ! そんなこと言うの」「ひどくない?」などなど、雅哉くんをかばう意見は多数聞こえてきていたけれど、わたしは、「ねー、どっち? やるの? やらないの?」と、雅哉くんだけに話しかけていた。

島田先生が、「斉藤さん、マイクを返しなさい!」と、わたしからマイクを奪い返そうとしたけど、わたしは、「いやです! なんで、先生は何も言わないんですか? 雅哉くんの声が聞こえないの、変だなって、どうしちゃったのかな? って、みんな思ってるのに、なんで、みんな何も言わないの?」と、今度は、みんなに向かって話し出していた。

「わたしは、雅哉くんの声が聞きたい! 雅哉くんが、わたしの後に、あんな、いるんだか、いないんだか、分からないような声出してるのが嫌なんです!」わたしは、胸の前で拳を握った。「わたしは、雅哉くんも、確かにここにいるって、それが分からないと不安になるし、寂しくなるし。だから、雅哉くんがここにいる! って、ちゃんと声を出して欲しいんだ!!」わたしは、拳を突き上げた!

すると、早苗先生が拍手をしてくれた。体育館がザワザワしてきて、「わたしも! 雅哉くんの声聞きたい!」「雅哉くん、一緒に頑張ろう!」「雅哉!! 俺がついてるぞ!!」という歓声に変わった。

「雅哉っ!!雅哉っ!!雅哉っ!!」雅哉コールが始まり、わたしが、雅哉くんを見ると、雅哉くんがプルプル震え出していて、これはやばいプルプル? いいプルプル? などと考えて、冷や汗もタラリとした、その時、

「うおおおおおおおー!!」と、雅哉くんは叫び、わたしのところへやってきて、わたしからマイクを受け取ると、「俺は、やるぞー!! 呼びかけやるぞー!! うおおおおおおー!!」と雄叫びをまた挙げて、

「僕らはこんなに大きくなり、今日、この桜ヶ丘小学校を卒業します」と、はっきりと、ものすごく大きな声で言った。

体育館が揺れるくらいの大音量で。

島田先生が、なぜか泣いていた。泣きながら、雅哉くんを抱きしめた。

早苗先生も、わたしを抱きしめてくれた。

みんなが拍手してくれて、また最初から、卒業式の練習を始めた。雅哉くんは、マイクなしでも、大きな声で、はっきりと呼びかけをしていた。


練習が終わると、佐伯くんが来て、「おまえ、すごいな! 俺、ヒヤヒヤハラハラしちゃったよ!」と言ってきた。わたしは、なんだか出し切った感で、まるでライブの余韻に浸っているような気分になっていた。まだライブ行ったことないけど。

「下手したら、体育館裏で、ボコボコにされるとこだぜ!」佐伯くんは、なんかワル風に言いたがっていたけど、「そんなことしないよ! だって、みんな、雅哉くんが好きなんだから、雅哉くんの声が聞きたいのは同じなんだし!」と、わたしは、なんだか清々しい気持ちでいた。


「斉藤雪さん!」4組に、雅哉くんのかわいい顔がのぞいた。ギクッ!! わたしは、漢字練習帳を隠そうとしたが、「居残り勉強してるの?」と、宿題忘れで居残り勉強してるのを、雅哉くんにバレてしまった。

だって、ここのところ、雅哉くんのことが心配で、勉強が手につかなかったんだし。

「斉藤雪さんて、好きな食べ物、チョコとラーメン以外でなにかある?」雅哉くんはニコニコして聞いてきた。いつもの雅哉くんだ。「うーんと、バナナかな!」「そーなんだ!!」

「雅哉くんはさ、なんで、そんなにわたしのこと気にしてくれるの? 」雅哉くんは、「ん?」という顔で、わたしを見ていた。目が大きくて、かわいいな、雅哉くん。みんなが大好きな雅哉くん。みんなのアイドル雅哉くん。

「みんな、雅哉くんのことが大好きなんだね。そんな雅哉くんに気にしてもらえて、わたしは幸せ者だね!」雅哉くんは、ニコニコして聞いている。「でもさ、もういいよ。わたしのこと、そんなに気にしないでいいから。だって、雅哉くんは、みんなの雅哉くんだもん。みんな雅哉くんの笑顔が大好きなんだよ」

「雪ちゃん、終わった?」早苗先生が、教室に戻ってきた。「あら、1組の大木さんじゃないの。大丈夫? もう行く時間じゃないの?」と、早苗先生は、時計を見た。雅哉くんも、自分の腕時計を見ていた。

「バイバイ! 雅哉くん。習い事頑張ってね」わたしは、雅哉くんに手を振った。雅哉くんも「うん。バイバイ」と言って、手を振って教室を出て行った。

「夕方の教室って、なんか好きだなぁ」早苗先生が教室の電気を消すと、教室がオレンジ色になった。「この教室とも、もうすぐお別れか...」わたしは、鼻から思いっきり吸った。4組の匂いがした。

続く

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