見出し画像

ひとりじめしたくなるからやめてください!

「お母ちゃん」わたしは、キッチンでオムライスを作っている母に、カウンターごしに話しかけた。今日の夕ご飯は、わたしのリクエスト。「ん? なあに?」

母は、市内の福祉施設で働いている。わたしより、ずっとずっとお姉さんで、住むところがなかったり、恋人や家族から暴力を受け、心や身体に傷を負っていたり、様々な事情を持つ女性達が、母の働いている施設に住んでいるそうだ。その女性達が、一旦は、ここで、人生の休憩をして、また頑張って生きてみようと思えるようにと、母は、時には、母親代わりになったり、時には、友達のようなチームメイトのような存在になりながら、その女性達を応援しているそうだ。

母は、いまは、その施設を卒業して、社会で生きている人達とも、連絡を取り合っていて、時々、一緒にご飯を食べに行ったり、その人が困っている時には、福祉サービスを受けられるかを相談しに、一緒に市役所へ行ったりしている。だから、母のところには、毎年、その人達から年賀状が届く。

幸せそうな結婚式の写真や赤ちゃんを抱く写真。一人旅で海外へ行ったという写真。自分で作った手芸作品の写真や描いた絵の写真。いろんな写真の年賀状を見て、母は嬉しそうにして、大事にその年賀状達を箱にしまう。

そして、母は、いつも、こう言う。「この子達もね、施設にいた時は、なかなか就職が決まらなかったり、昔の傷を抱えて苦しんで泣いていたりしてたけど、いまは、こんなに元気に生きてるの。お母さん、いつも、この子達に元気や勇気をもらっちゃうわ」って。

わたしは、そんな母のことが大好きだ。

「お母ちゃん、人を好きになるって、嬉しいけど、苦しいね...」わたしは、母がケチャップライスを炒めているのを見つめながら言った。母は、火を止めると、あらかじめ、サランラップに敷いてあった薄焼き玉子に、そのケチャップライスをのせて、ラップをクルンとした。そして、わたしを見ると、

「だけど、好きはやめられないもんね!」とニッコリ笑って、お皿にのせたオムライスに、ケチャップで大きなハートを描いた。

「それ、わたしの?」「そうよ!」

「ただいま〜」兄が帰って来た。兄は帰って来るなり、キッチンで手を洗い、弁当箱を洗おうとして、横に目をやり、「なんだ? これ!!」と笑った。「それ、わたしのだかんね!」わたしは、兄に取られまいと、急いでハートのオムライスを取りに行った。

母は、もう一つのオムライスに、『海斗LOVE♡』と描いて、兄は「やめてくれよ〜」と言いながら、嬉しそうにそのお皿をテーブルまで持って行った。

その夜、わたしは不思議な夢を見た。それは、ドラえもんを描いた漫画家の藤子F不二雄先生が生きていて、わたしは藤子先生に会えたという夢。先生は、「生きてるよ〜」とニコニコして言っていて、ベレー帽をかぶり、口にはパイプをくわえていた。

なんで、こんな夢を見たのだろう...


「ドラえもん〜 ドラえもん〜 ホンワカパッパホンワカパッパ ドラえもん〜  こんなんでいいんだっけ?」わたしは、一人歌をし、独り言を言いながら、放課後、メリーウェーブで回っていた。すると、「斉藤雪さん、バカボンも好きだけど、ドラえもんも好きなの?」と声がした。

メリーウェーブを降りて、振り向くと、校庭の柵の向こう側に、雅哉くんが笑顔で立っていた。雅哉くんは、「僕も、ドラえもん好きだよ!」と元気な声で言った。

「まねしんぼ!!」わたしは、雅哉くんに近付いて、ちょっと怒って見せた。だけど、雅哉くんは、またニコニコしてから、「まねしんぼ!」と言って、しかめっ面して見せた。

「マネしないでよ!」「マネしないでよ!」「マネしたらブッ飛ばす!!」「マネしたらブッ飛ばす!!」

「もおおうっ!!マネしないで!!」わたしは、その場でジダンダ踏んだ。そうしたら、雅哉くんも同じように「もおおうっ!!マネしないで!!」とジダンダ踏んで見せて、またニカッと笑った。

わたしは、しゃがみ込んで顔を伏せて、「もうっ!! 雅哉くんなんか嫌いだよ!!」と言っちゃって、そうっと顔をあげると、雅哉くんは、同じようにしゃがみ込んで、ニコニコしながら、「もうっ!! 斉藤雪さんなんか、好きだよ!!」と言った。

わたしは、「もおおおおおーう!!」と言いながら立ち上がり、「そういうこと言われると、雅哉くんのこと、ひとりじめしたくなっちゃうから、やめて!!」と叫んだ。向こうの道に、黒い車が停まった。

雅哉くんは、道にほっぽってあったランドセルを背負うと、「じゃあ、また明日ね! バイバイ!」と手を振って、行ってしまった。

一人残されたわたしは、またしゃがみ込んで、じっとしていたけど、そのうちに、涙がポロポロ出てきた。「だって、雅哉くんは、みんなの雅哉くんだから、好きになると辛いんだもん.. でも、もう好きになっちゃったから、やめられないぃぃ...」

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?